新潮社は9月17日、小野不由美さんの「十二国記」シリーズの新作短編集『幽冥の岸』を全国一斉発売し、同じ日に同シリーズの電子書籍版の配信を始めた。同社の電子書籍サイトは「『十二国記』シリーズ、待望の電子化。本日7作品配信開始!」と告知している。シリーズの起点となった『魔性の子』が1991年9月25日に新潮文庫から出てから35年になるが、電子書籍版はこれまで一冊も出ていなかった。
電子版は3回に分けて全点をそろえる
配信は3回に分けて行われる。この日始まった第一弾は『魔性の子』『月の影 影の海』上下、『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』『風の万里 黎明の空』上下の7作品。価格は税込みで『魔性の子』が990円、『月の影 影の海』が上737円・下693円、『風の海 迷宮の岸』が880円、『東の海神 西の滄海』が781円、『風の万里 黎明の空』が上825円・下880円となっている。
第二弾は10月15日で、短編集『丕緒の鳥』と『図南の翼』『華胥の幽夢』『黄昏の岸 暁の天』の4作品。第三弾は12月11日に、前作の長編『白銀の墟 玄の月』全4巻と、この日発売された新刊『幽冥の岸』が加わる。ここまでで新潮文庫の《完全版》がひととおり電子でもそろう。
シリーズの読み方が紙以外に広がるのは、これが初めてではない。新潮社の年表によると、2025年にはオーディオブック版とオーディブル版の配信が始まり、朗読版の『月の影 影の海』が「オーディオブック大賞2025」の文芸部門で準大賞に選ばれている。同じ年には東宝のミュージカル『十二国記 ‐月の影 影の海‐』が東京・日生劇場を皮切りに博多座、梅田芸術劇場、御園座で上演された。電子化は、その流れの最後に残っていた入り口にあたる。
新刊は戴国を描く4編、表題作は2020年に一度公開された
『幽冥の岸』は新潮文庫の書き下ろし短編集で、368ページ、825円(税込み)。収録は「戦城南」「異邦の客」「夢の結び」「幽冥の岸」の4編で、いずれも前作『白銀の墟 玄の月』に連なる戴国の物語だ。カバー装画と挿絵は、シリーズの絵を35年にわたって手がけてきた山田章博さんが担当した。装画に描かれているのは、収録作「異邦の客」に登場する琅燦だと公式サイトが明かしている。
表題作の「幽冥の岸」だけは、まったくの新作ではない。新潮社の年表によれば、2020年に実施した「一話が先に読める」プレゼントキャンペーンで一度公開されており、公開から2日間で100万を超えるアクセスを集めた。今回はそこに3編を書き下ろして加え、4編の短編集としてまとめた形になる。
新刊が出るのは2019年10月と11月に2か月連続で刊行された『白銀の墟 玄の月』全4巻以来、7年ぶりだ。その前作も、2001年の『黄昏の岸 暁の天』から18年をおいて出た長編だった。長い沈黙をはさみながら読者が離れない点はシリーズの特徴で、累計発行部数は6月のプレスリリース時点の1300万部超から、発売当日には1400万部突破と告知されている。
35年でレーベルを3度移した異例の刊行史
「十二国記」は刊行の経緯も入り組んでいる。1991年の『魔性の子』は新潮文庫のファンタジーノベル・シリーズの一冊として出た独立作品で、本編の第一作『月の影 影の海』上下は翌1992年6月11日に講談社X文庫ホワイトハートから刊行された。「十二国記」というシリーズ名がカバーに記されたのは、1994年の『風の万里 黎明の空』下巻からだという。
2000年には、若い読者層が中心だったX文庫版に加えて一般向けの講談社文庫版が始まり、2012年7月1日からは新潮文庫が《完全版》として全作を刊行し直した。『魔性の子』が実はシリーズにつながる物語だったためで、講談社版とは巻の順番が異なる。今回の電子版は、この新潮文庫《完全版》の並びで配信される。
刊行の合間には、2002年4月からNHK-BS2で放送されたテレビアニメ、2003年と2004年のPS2向けゲーム2作、台湾・韓国・北米・フランス・ドイツ・ロシアなどでの翻訳出版が続いた。2020年には小野さんが第5回吉川英治文庫賞を受けている。
発売後の催しも決まっている。丸善丸の内本店4階ギャラリーでは9月23日から10月6日まで、『幽冥の岸』のために描き下ろされたカバー装画と挿絵の原画を全点初公開する山田さんの原画展が開かれる。9月24日発売の「小説新潮」10月号にはシリーズを扱う読書ルポマンガが載り、25日発売の「芸術新潮」10月号は「十二国記」の大特集を組む。特集には萩尾望都さんと小野さんの対談が掲載される。
