俳優の中村ゆりさんが9月1日、直腸がんのため亡くなった。44歳だった。所属事務所のアルファエージェンシーが14日までに公式サイトで公表した。葬儀は近親者と同事務所の俳優、スタッフで済ませたという。事務所は「生前のご厚誼に感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます」とコメントしている。

13年前に発症、昨年1月に再発

事務所の発表によると、中村さんは13年前にもがんを患っていた。当時、事務所の社長と本人で「病名は、仕事の方々には余計な心配をおかけしてしまうので、言わないようにしましょう」と話し合い、公表を控えていたという。その後は寛解し、検査を欠かさず受けながら仕事を続けていた。

しかし昨年1月、再びがんが見つかった。手術は成功したものの、術後に転移が判明した。事務所は「その時点で根治・寛解を目指すことは難しく、がんとうまく付き合っていくための治療を続けながら、より長く、生き生きと良い人生を歩むことを目指すことになりました」と説明している。本人は病気について熱心に学び、主治医からも仕事を続けることを勧められていたという。

今年8月、復帰に向けて回復に努めるさなかに腸閉塞を再び起こし、「突然余命わずかと告知を受けました」という。事務所は最後の日々について「落ち着き、美しく優しさにあふれた笑顔を絶やさず、ご家族や近しい方々と共に最後の時を大切に過ごすことができました」と伝えた。「30代、40代は病とたたかい、持ち前の強い気力で乗りきることも多い日々でした」とも振り返り、ファンや共演者への感謝をつづっている。そのうえで、遺族への取材や自宅周辺での撮影を控えるよう求めた。

映画・舞台・時代劇と幅広く

大阪府出身。事務所が公式サイトに載せる芸歴では、映画は2003年公開の「偶然にも最悪な少年」から始まる。07年には井筒和幸監督の「パッチギ!LOVE&PEACE」でヒロインのキョンジャ役を演じた。在日コリアンの家族を正面から描いた同作は、中村さんの名を広く知らせる一作となった。

その後も是枝裕和監督「そして父になる」(13年)、岩井俊二監督「リップヴァンウィンクルの花嫁」(16年)、原発事故を題材にした「Fukushima50」(20年)、23年公開の「嘘八百 なにわ夢の陣」、24年の「市子」「あまろっく」、25年の「平場の月」と出演を重ねてきた。舞台にも立ち、16年には新国立劇場で在日家族を描いた鄭義信さん作・演出の「焼肉ドラゴン」に出演。長塚圭史さんや栗山民也さんら演出家の作品にも名を連ねた。

近年は時代劇「鬼平犯科帳」シリーズに続けて出演し、今年7月に公開された特別先行版「鬼平犯科帳 本所の銕/密告」にも名を連ねている。今冬に放送・配信予定の「鬼平犯科帳 密告」や、テレビ朝日系で今年4月に始まった「私の幸福時間」のナレーションなど、公式サイトの出演情報にはこの秋以降の仕事も並んだままだ。

直腸がん、2023年に5万人超が診断

中村さんの病名となった直腸がんは、大腸の出口側に近い部分にできるがんを指す。国立がん研究センターのがん統計によると、2023年に直腸がんと診断されたのは5万1603例(男性3万2214例、女性1万9389例)。24年の死亡数は1万6119人(男性9995人、女性6124人)だった。18年に診断された人の5年相対生存率は70.6%で、女性は71.0%となっている。5年相対生存率は、がんと診断された人が5年後に生きている割合を、同じ年齢・性別の日本人全体と比べて示す指標だ。

同センターは、大腸がんが進行すると「腸閉塞となり、便が出なくなって、腹痛や嘔吐などの症状が起こります」と説明する。腸閉塞は腸管の通りが悪くなる状態で、便やガスが出なくなり、腹痛や吐き気を伴う。事務所の発表では、中村さんは今年8月にこの腸閉塞を再び起こし、そこから病状が急変した。

訃報が伝わった14日夜、X(旧ツイッター)では「中村ゆりさん」「直腸がん」が日本のトレンドに入り、映画やドラマで見てきたその演技を惜しむ投稿が相次いだ。