広島大学と大阪大学、理化学研究所などの共同研究グループは9月17日、微生物「分裂酵母」のゲノムが細胞の中でどんな形をとり、どう動くのかを計算機の上で再現する「ゲノム・デジタルツイン」を世界で初めて構築したと発表した。研究を進めたのは広島大学RcMcD(核内クロマチン・ライブダイナミクスの数理研究拠点形成)の粟津暁紀准教授、上野勝准教授、楯真一教授、理研生命機能科学研究センターの新海創也上級研究員、大阪大学大学院生命機能研究科の平岡泰教授(いずれも発表時点の肩書き)らで、論文は米科学アカデミー紀要(PNAS)に日本時間9月9日午前3時付で掲載された。
131か所に目印を付け、4751個の細胞を追った
研究グループはまず、ゲノム全体を約9万塩基おきに区切り、131か所それぞれに蛍光の目印を仕込んだ分裂酵母の細胞株を131系統作った。そのうえで、目印を付けたゲノムの1か所と、細胞核の外側にあって細胞分裂のときに染色体を引っ張る「スピンドル極体(SPB)」、核の中でリボソームの部品を作る「核小体」の3つを、同じ細胞の中で立体的に追い続けた。DNAの複製を終えて分裂の準備に入ったG2期の細胞4751個からデータを取り、スピンドル極体を基準にした相対的な動きのマップをゲノム全域について完成させた。
ゲノムの立体構造そのものは、これまでもHi-C法(細胞を固定してDNA同士の接触の起こりやすさを網羅的に数える手法)で調べられてきた。ただしHi-C法で得られるのは多数の細胞を平均した静止画にあたる情報で、時間とともにどう揺れ動くかは分からない。一方、顕微鏡で生きた細胞を見るライブイメージングは動きを直接とらえられるが、1回の実験で追えるのは数か所にとどまる。この「構造は分かるが動きが分からない」「動きは分かるが全体が見えない」という食い違いをどう埋めるかが、長らく課題となっていた。
「デジタルツイン」とは何か
デジタルツインは、現実にある対象を計算機の中に双子のように再現し、実物を壊さずに条件を変えて試せるようにする考え方だ。工場の生産ラインや航空機のエンジン、都市の交通網などで先に実用化が進んできた。今回はその手法を細胞核の中に持ち込み、ゲノムを鎖のようにつないだビーズの集まりとして扱うPHi-C法で、Hi-Cの構造データと生細胞の動きのデータを一つの物理モデルに統合した。
単なる「それらしい動画」との違いは、模型の単位が現実の単位に紐づいている点にある。研究グループは、周囲の媒質の粘り具合を表す粘性抵抗係数を1秒あたり1.26×10のマイナス7乗キログラム、ビーズ1個の直径を0.0567マイクロメートルと決め、シミュレーション上の時間と距離を実際の秒とマイクロメートルに換算できるようにした。この模型は、セントロメアやテロメアが核内の特定の場所に集まるという、すでに知られている構造の特徴も再現した。
場所で違う「戻りやすさ」と、核の外から伝わる揺れ
デジタルツインを使った解析では、ゲノムの動き方が場所によって大きく違うことが示された。染色体が分配されるときに紡錘糸がつながるセントロメアと、染色体の末端を守るテロメアの近くは、DNAが固く畳まれて遺伝子の読み取りが抑えられているヘテロクロマチンの領域にあたる。ここは短い時間では動きが抑え込まれる一方、長い目で見ると大きく位置を変え、揺らぎが収まるまでの時間は約150秒だった。これに対し、遺伝子が活発に読まれるユークロマチンの領域である染色体の腕の部分は、より速く揺らぎ、収まるまでは約70秒と短かった。
さらに研究グループは、スピンドル極体の動きを周波数ごとに分解する解析を行い、約225秒の周期にあたるゆっくりした揺れが強く出ていることを確かめた。デジタルツイン上で揺れの周期を変えて試したところ、周期150秒より速い揺れはセントロメア付近で吸収されて先に伝わらないのに対し、225秒前後のゆっくりした揺れは染色体の腕を通ってゲノム全体に効率よく伝わり、染色体の大きな移動を引き起こしていた。細胞核の外側から加わる力が、ゲノムの動きを揺さぶっている構図が示された形だ。
ヒトのゲノムへの応用が次の目標
分裂酵母は染色体が3本しかなく、ヒトの23対46本に比べればはるかに単純だ。それでも、細胞核を一つの力学的な仕組みとしてまとめて扱い、力の伝わり方まで数字で追えるようにした例はこれまでなかった。研究グループは今後、細胞の形や大きさの変化、外から加わる機械的な刺激が、遺伝子の働き方やDNAの傷の修復、ゲノム構造の維持にどう影響するかの解明に使う方針だ。そのうえで、ヒトを含む染色体の多い生物のゲノムへ広げることを目指すとしている。
本研究は、科学技術振興機構(JST)のCRESTとNBDC、文部科学省の科学研究費、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤事業などの助成を受けて行われた。
