理化学研究所は9月19日、熱も圧力もかけずに常温で貼り合わせられ、5倍に伸ばしても電気を通し続ける極薄の導電フィルムを開発したと発表した。創発物性科学研究センターの李成薫(イ・ソンフン)研究員と染谷隆夫チームディレクターらが、早稲田大学の梅津信二郎教授らと共同で作製した。厚さは約300ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)で、1ミリの約3000分の1にあたる。

従来は熱と圧力が要り、皮膚や薄い素子を傷めた

開発したのは異方性導電フィルム(ACF)と呼ばれる部材である。電子部品同士をつなぐ接着シートの一種で、厚み方向にだけ電気を通し、フィルムに沿った面内方向では絶縁を保つ。この性質があるため、細かい電極を並べても隣同士が短絡しない。

従来のACFは厚さが数マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)以上あるものが多く、接合部だけが硬くなって、せっかく柔らかく作ったデバイスの柔軟性を損なっていた。貼り合わせる際に熱や圧力、紫外線を加える必要もあり、刺激に弱い生体組織や超薄型の素子を傷める恐れがあった。厚いフィルムは空気も通さないため、皮膚に貼ると汗が蒸れてかぶれの原因にもなる。今回の成果は、この三つの弱点を同時に解いたものだ。

数字で見ると差は大きい。従来品の「数マイクロメートル」は最小でも2000ナノメートル程度にあたり、今回の約300ナノメートルはその7分の1以下である。食品用ラップフィルムの厚さは一般に10マイクロメートル前後で、それと比べても30分の1ほどしかない。接着シートは薄くなるほど厚み方向の電気は通りやすくなる一方、面内方向の絶縁を保つのが難しくなる。薄さと「厚み方向だけ通す」性質の両立が、この部材の難所だった。

エタノールの揮発で貼り付け、5倍に伸ばしても通電

作り方はこうだ。銀ナノワイヤ(直径がナノメートル単位の極めて細い銀の線)をスプレーで吹き付けて規則的な円盤状のパターンを作り、その上からゴムのように伸びる高分子であるSEBS(スチレン・エチレン・ブチレン・スチレン共重合体)をしみ込ませて膜にする。高分子の濃度を調整すると、銀ナノワイヤの一部だけが表面に顔を出し、厚み方向にだけ電気が流れる構造になる。ナノ単位の構造を制御して新しい電気的性質を引き出す手法は、理研が関わった「ホウ素版グラフェン」を初めて安定して実現 東北大・理研など、次世代材料開発へ新手法とも共通する方向にある。

貼り合わせにはエタノールなどの揮発性の液体を使う。液体が蒸発する力で、大気中・常温・無加圧のまま対象に密着させる仕組みで、曲率半径500マイクロメートルの波打った曲面や、皮膚のような細かい凹凸にもなじむ。銀ナノワイヤの円盤がフィルムの伸びに追従して変形するため、500%を超える引っ張りを加えても壊れない。1000回伸び縮みを繰り返した後でも厚み方向の電気抵抗はほとんど変化せず、200マイクロメートル間隔で並べた電極同士の絶縁も保たれている。

通気性は医療用フィルムを上回る

蒸れにくさの指標である水蒸気透過率は1平方メートルあたり1日1200グラムだった。1日あたり1.2リットル分の水蒸気が通り抜ける計算で、一般的な皮膚貼付用の医療フィルムより高い値である。皮膚に長く貼り続けても汗がこもりにくい。

この数字が効くのは、貼りっぱなしにする用途だからだ。心電や体温を数日から数週間にわたって測り続ける機器では、性能より先に「かぶれて剥がさざるを得ない」ことが壁になる。通気しない膜で皮膚を覆うと、汗が逃げ場を失って角質がふやけ、かゆみや発疹を招く。1平方メートルあたり1日1200グラムという値は、汗の逃げ道を確保したまま電気を通す膜が成り立つことを示している。

実証として、配線が500マイクロメートル間隔で並ぶ伸縮配線基板に発光素子を載せ、基板全体を5倍に引き伸ばしたところ、断線も短絡も起こさずに光り続けた。さらに人の手首の皮膚の上で伸縮配線同士を直接つなぎ、手首を動かしながらでも正常に動作することを確かめている。

全身に貼る「電子皮膚」を見据える

研究チームは今後、銀ナノワイヤを自然に整列させる技術を取り入れて配線をより細かく高密度にし、材料の改良で生体への親和性と環境への耐性を高める方針だ。想定する用途は、医療・ヘルスケア分野の長期モニタリングのほか、人工皮膚や体内に埋め込む医療機器、大きく変形しても壊れないソフトロボットの回路である。

想定する読み取り先は、いま市販されているウェアラブル機器の延長線上にある。腕時計型の端末は、シャープ初のスマートウォッチ「からだメイト Watch」7月9日発売 “食べたカロリー” を自動推定のように生体データを日常的に測る段階まで来ているが、手首という一点で測る限り取れる情報は限られる。全身に貼れる薄い配線が実用になれば、測る場所を体の側に合わせられる。

6億8900万円・7年がかりの国家プロジェクトの一部

今回の成果は、単発の発見ではなく長期の助成事業の途中経過にあたる。

論文に記された助成は2件ある。ひとつは日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業のうち、国際共同研究加速基金(国際先導研究)の「全身電子皮膚による人間のデジタル化」(課題番号22K21343)。もうひとつが基盤研究(B)「究極的な皮膚一体型伸縮性センシング・刺激システム」(課題番号24K02989)である。

科研費データベースによると、前者は研究代表者が東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授、研究機関は東京大学で、研究期間は2022年度から2029年度まで。配分額は総額6億8900万円(直接経費5億3000万円、間接経費1億5900万円)と登録されている。8年度にわたる長期の枠組みで、研究概要には、複数の生体情報を長期間測り、解析結果を本人に返すことで行動変容を促す「服型の情報プラットフォーム」を目指すと記されている。

国際先導研究という枠そのものが新しい。文部科学省の説明によると、令和3年度補正予算で科研費の国際共同研究加速基金に新設された種目で、トップレベルの研究チームによる国際共同研究と、若手研究者の長期海外派遣を後押しすることを狙う。日本学術振興会は制度の目的を「優れた国際共同研究に対して基金による柔軟性の高い大規模・長期間の支援を実施することによる、独創的、先駆的な研究の格段の発展」と説明している。1課題あたりの支援額の上限や採択件数は、両機関のこれらのページには記載がない。

つまり今回の導電フィルムは、2029年度までの計画の中で「配線をどうつなぐか」という部分を解いた一段である。全身に貼る構想を実現するには、センサー本体、電源、無線通信、そして今回の接続部材がすべて薄く柔らかくそろう必要がある。研究チームが次の課題に挙げた銀ナノワイヤの整列や生体親和性の向上は、その残りを埋める作業にあたる。

成果は米科学誌サイエンス・アドバンシズのオンライン版に9月18日付(日本時間9月19日)で掲載された。