環境省は9月16日、平成29年度から令和7年度までの9年間に実施した45件の「ナッジ」実証事業の成果を横断的に分析した取りまとめを公表した。ランダム化比較試験などで効果を測った135件の実証のうち、統計的に有意な差が確認されたのは90件で、29件では効果が確認できなかった。どんな条件でナッジが効くのかを整理し、自治体や企業が使える手順書の形にまとめている。
選択の自由を残したまま背中を押す
ナッジは行動科学の知見を使い、人の思考のくせに働きかけて、選択の自由を残したまま自発的によい選択を促す手法をいう。初期設定を変える、使用量を見えるようにする、行動できる瞬間に通知する、といった小さな仕掛けが中心で、設備投資に比べて費用が小さくて済む点が注目されてきた。
環境省が取り組んできた理由は、脱炭素が技術や設備の普及だけでは進まないためだ。省エネ家電が店頭に並んでいても買い替えは起きず、節電の必要性を知っていても日々の行動は変わらない。この「知っているのに動かない」隙間を埋める道具としてナッジが位置づけられている。
同省は平成29年に関係府省庁や自治体、企業などが参加する「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」を発足させ、令和2年には人の行動を誘導することの是非を検討する倫理チェックリストを整備、令和6年には活用の方向性を定めた「ナッジ戦略」を策定してきた。今回はその9年分を初めて横断的に洗い直したものになる。
効いた実証、効かなかった実証
45事業には計410件の取り組みが含まれ、うち効果検証にあたるものが157件、さらにランダム化比較試験と自然実験に絞った135件が分析対象となった。判定の内訳は「有効」が76件、「改善」が14件、「改善傾向」が7件、「効果未確認」が29件で、残る9件は有意差の検証を主目的としないため判定の対象外とされた。
効果が出た例として挙がったのは、近隣の家庭と電気使用量を比べるレポートで家庭のエネルギー消費が1.7〜2.2%減ったケース、運転への助言で走行時の二酸化炭素排出が最大7.8%減ったケース、渋滞予測と個別の呼びかけを組み合わせて出発時刻の変更が13.03%向上したケースなどだ。人工知能による予測と節電に応じた特典を組み合わせた実証では、1日あたり1.35キロワット時の電力削減が確認された。電気使用量が前週を超えた時点で通知を送る仕組みでは3.1%の省エネにつながった。
アプリで少し背伸びした目標を宣言させ、達成時の特典と組み合わせた実証では、利用者が1日に実践する脱炭素行動の数が、何もしない統制群の平均2.03件に対し3.93件へ増えた。同じアプリで削減実績と次に取るべき行動を示しただけの場合は2.34件にとどまり、宣言と特典を重ねた方が差が大きかった。
一方、食品ロスの削減を呼びかける卓上の掲示は、完食率や食べ残しへの効果を断定できなかった。同省は、ナッジの種類を選ぶだけでは足りず、対象者の状況や行動のタイミング、実際に行動へ移れる導線まで作り込んで初めて効果が出ると総括している。
買い替えと習慣では効く手が違う
取りまとめは、対象となる行動を二つに分けた。購入や設備の更新のように頻度は低いが一度の判断の影響が大きい「投資型」が8件、日々の節電や運転のように高い頻度で繰り返す「生活習慣型」が127件である。
投資型には、比較や判断がしやすい情報提供と、初期設定をあらかじめ環境配慮側に寄せるデフォルト設計が効いた。生活習慣型には、使用量の可視化、忘れた頃に届くリマインダー、事前の目標宣言といった「続ける仕組み」が有効だった。選択肢の数や分類を変える手法は、いずれの行動でも有効と判定された事例がなかった。
環境省は今回の知見を、脱炭素の国民運動「デコ活」をはじめとする施策に活用するとしている。自治体や企業向けには、行動を妨げている原因を特定する、その原因に効くナッジを選ぶ、対象や場面に合わせて仕上げる、という3段階の手順を示した。ナッジを先に選ぶのではなく、変えたい行動の詰まりどころから逆算せよ、というのが9年分の結論である。
