国際労働機関(ILO)は9月15日、中国企業が人工知能(AI)をどう導入し、働き手にどんな影響が出ているかを調べた調査報告書を公表した。製造業、金融・保険、業務サービス、建設、教育、旅行など21社への聞き取りで、全社がすでにAIを稼働させているか、間もなく導入する具体的な計画を持っていた。ILO研究局のエッケハルト・エルンスト氏と中国人民大学の研究チームがまとめ、著作権表示を条件に自由に利用できるCC BY 4.0で公開された。
調査は2種類のデータを組み合わせている。1つは人民大学の研究者が2026年前半に実施した21社への半構造化インタビューで、従業員8人のメディア新興企業から27万人を抱える保険グループまで、規模も所有形態(国有・民間・外資)もばらつかせて選んだ。もう1つは、業種や職位の異なる中国のビジネスパーソン1,591人への意識調査である。
採用は30日から13日に、問い合わせ処理は1日6,000件から15,000件へ
数字を取っている企業では、効率化の幅が大きい。大手保険グループの人事部門は、採用にかかる日数を30日から13日に縮めた。別の保険会社では、顧客対応にあたる300人が1日にさばく問い合わせが6,000件から15,000件に増えた。人材マネジメント企業では、プロジェクトマネジャー1人が同時に持てる案件が2〜3件から5〜6件になり、主要な効率指標は1.3倍から2倍に改善した。
製造業では、先進的な生産拠点を指す「ライトハウス工場」を持つ光電子機器メーカーが、2021年に特定用途向けの小規模AIモデルを入れて生産効率を3割高めたと報告した。同社の顧客工場でもおおむね2割の改善が出ている。設備の切り替えに伴うパラメータ調整の時間は120分から60分に半減した。
ただし報告書は、こうした数字を持つ企業がむしろ少数だと指摘する。大手保険グループは事業側に正式な指標がなく、ベンチャーキャピタルやメディア企業は定量評価をまったく行っていないと答えた。生成AIが全体の生産性をどれだけ押し上げたかは「評価も数値化も難しい」というのが多くの企業の実感だという。
減っているのは定型業務 働き手の4割弱が収入減を見込む
効率化の裏側で人員が絞られた例も記録されている。光電子機器メーカーは、顧客の仕様書を読み込む作業に10人超をあてていた取引先企業で、担当が2〜3人まで減った事例を挙げた。特定の工程では人件費がおよそ8割減ったという。旅行サービス企業は、AIによるデータ処理能力を正社員5〜6人分と見積もっている。
1,591人への意識調査では、AI普及を「避けられない流れ」と見る人が56%、「AIは奪う仕事より生む仕事のほうが多い」と考える人が47%を占めた。報告書は、この47%という数字が経済協力開発機構(OECD)加盟国での同種の調査より楽観的だとしている。他方で39%は自分の収入が減ると予想し、約3分の1は社会の安定や「人間ならではの価値」への懸念を示した。男性は収入が増えるとみる人も減るとみる人も女性より多く、なかでも高技能の男性が「増える」側に偏っていた。恩恵が職位によって偏り始めている兆しだと分析している。
壁は品質・規制・人材 ILOは測り方の整備を求める
導入をさらに進める際の障害として最も多く挙がったのは、AIの出力品質だった。人材サービス企業は、顧客対応AIの正答率が、そのまま客先に出せる水準とする95%に届いていないと説明した。教育技術企業は、教材アニメの生成をAIに任せる方針を修正の手間がかかりすぎるとして取りやめている。
次に多いのが人材と現場の抵抗で、大手保険グループでは人事担当者がAIを自分の仕事への脅威と受け止め、教育技術企業は40歳を超える社員の習熟が明らかに遅いと述べた。金融業界のデータ隔離規制、多国籍企業が中国拠点に課す利用制限といった規制面の制約、既存システムとの接続、投資に見合う回収が短期では示しにくい点も続く。
報告書は、21社という標本が無作為抽出ではなく中国企業全体には一般化できないこと、生産性の数字がすべて企業側の自己申告で第三者の検証を経ていないこと、比較試験の設計がなくAI以外の要因を切り分けられないことを限界として明示した。そのうえでILOは、生産量だけでなく仕事の質や業務内容の変化まで測れる共通の枠組みを整えることや、中高年を想定した学び直しの制度、投資に踏み切れない中小企業への支援を政策課題として挙げている。
