中道改革連合の小川淳也代表は11日、国会内で記者会見し、衆院での統一会派「中道」について「願わくば来週中にも一定の結論を得て、公明党に復党する公明出身の28人と固く結束をして衆院での統一会派の結成、届け出までいきたい」と述べた。同党は9日の常任幹事会で、党という一つの器を離れ、立憲民主党出身と公明党出身がそれぞれの党に分かれたうえで会派を組む「新たな形態」へ移ることを決めている。
「1党建てより2党建て」
9日の決定によると、次期臨時国会で衆院に統一会派「中道」を結成する。所属する衆院議員は、新党への結集や公明党への再結集を通じて中道政治を前進させると明記した。11日の小川代表の説明では、立憲民主党出身の21人が新党を設立し、公明党出身の28人は公明党へ復党する。中道改革連合そのものは国会議員1人を残して当面存続させ、清算が終わった段階で組織を整理する。
小川代表は9日、「掲げた中道改革勢力の拡大という目標、旗そのものを下ろすことはない」としたうえで、「1党建てより2党建て、一輪車より二輪車という形で当初見定めた頂を目指す」と述べた。一つの政党に集約する形をあきらめ、複数の政党が会派で結束する形に切り替える、という意味である。
会派は、国会内で議院運営や委員会の割り当て、質問時間の配分などを決める際の単位になる。政党が別々でも会派を一つにまとめれば、衆院での交渉力や委員会での発言機会は人数に応じて確保できる。統一会派を急ぐ背景には、次期臨時国会の開会までに枠組みを固めたいという事情がある。
3党合流は8月末に頓挫した
経緯をさかのぼると、8月31日に中道改革連合の小川代表と階猛幹事長、立憲民主党の水岡俊一代表、公明党の竹谷とし子代表による3党党首会談が開かれた。立憲民主党からの回答を受け、公明党の竹谷代表が公明党のみが先行して合流することは控えたいとの考えを示し、3党による合流は実現しなかった。
小川代表は会談後、「大変申し訳なく、残念なことだ」と支援者に謝罪したうえで、「中道政治を守る決意が揺らぐものではない」と強調した。「一党を目指して合流協議を呼びかけたこと自体に後悔はない」とも述べている。
9月2日に党が出した声明では、「三党が一つになる形での合流には至りませんでした」としたうえで、「一つの党という形だけにとらわれることなく、より多くの方々が中道改革の理念と志のもとに力を合わせることのできる、新たな形態へと歩みを進める」と表明していた。
立憲側は「大きなかたまり」へ連携を模索
立憲民主党の田名部匡代幹事長は9日の記者会見で、中道改革連合の決定について「今回の決断を真摯に受け止めたい」と述べた。そのうえで「どういう形で大きなかたまりになれるのかを、丁寧に話し合いをしながら進めていきたい」と語り、衆院で活動してきた旧来の仲間との連携に意欲を示した。「立憲独自でやっていくなんて思いは全く持っていません」とも述べている。
公明党に対しては、前執行部が合流を約束していたことに触れ、「その約束を守れなかったことについてはおわびを申し上げたい」と陳謝した。3党の関係については「この3党だけで協力すればいいということではないが、3党でこれまでやってきたことを大事にしながら国民のための議論をしていく」との考えを示した。
政党交付金の使途は年末年始に報告する方向
小川代表は11日の会見で、結党から短期間で党の形を変えることについて「一連の経過並びに結果責任が重大であることは誰よりも自覚している」と述べた。当面は新党の設立作業に専念し、自らの責任の取り方については熟慮するとした。
政党交付金を返還すべきだとの批判には「謙虚に受け止めたい」と応じつつ、総選挙にかかった費用の精算責任があることから、年末もしくは年始に使途を報告する方向で検討していると説明した。
中道改革連合は今年1月16日、立憲民主党の野田佳彦代表(当時)と公明党の斉藤鉄夫代表(当時)が国会内で共同記者会見を開き、新党名と略称「中道」を発表して発足した。野田氏は「右にも左にも傾かずに、熟議を通して解を見出していく」、斉藤氏は「分断と対立が続く世界の中にあって、国際協調主義」と、それぞれ党の立ち位置を説明していた。シンボルカラーには両党のイメージカラーの中間にあたる青が採用され、対等な融合を象徴するとされていた。2月の総選挙を戦った新党は、8カ月で一つの党という形をたたむことになる。
