沖縄県の古謝玄太知事は10月6日、県議会の定例会で就任あいさつを行い、「普天間飛行場の一刻も早い危険性除去に向けた現実的な解決策として辺野古移設を容認する」と述べた。9月13日の知事選で公約に掲げた移設容認を、知事として議会の場で改めて示した形だ。知事選は古謝氏が42万3124票を得て、移設反対を県政の柱にしてきた玉城デニー前知事の27万6060票を14万7064票上回った。県と国の訴訟はすでに終わっており、沖縄県の基地政策は反対から容認へ向きを変えた。

就任あいさつで「現実的な解決策」と位置づけ

古謝知事が本人の公式サイトで公開した就任あいさつの全文によると、基地に関する記述は「二度と沖縄を戦場にしない平和な沖縄の維持と基地負担の軽減」という分野に置かれている。辺野古移設の容認と並べて、北部地域全体の振興・発展と、「沖縄における在日米軍施設・区域に関する統合計画」に載っている嘉手納飛行場より南の施設・区域の返還を「着実に実施」するよう国に求め、跡地利用に取り組むとした。

選挙中の公約では「既に工事が進んでいる辺野古移設を容認し」と書いていた。就任あいさつでは移設を「現実的な解決策」と言い換え、容認の理由を普天間飛行場の危険性除去に置いた。移設を止める手段を探してきた前県政とは、出発点がまったく異なる。

一方で、米軍に対して厳しい注文も付けた。あいさつの冒頭で、10月3日に那覇市内で起きた強盗殺人事件に触れ、翌4日に米軍普天間飛行場所属の海兵隊上等兵が緊急逮捕されたことを挙げて「断じて許せるものではなく」と述べた。県として米軍に捜査への全面協力と綱紀粛正、再発防止を求めたうえで、「日米地位協定の見直しを含め、実効性のある抜本的な対策」を日米両政府の責任で講じるよう要求している。移設は容認しつつ、地位協定の見直しは求めるという組み合わせになる。事件の経過は那覇市の強盗殺人事件で米海兵隊員が逮捕 茂木外相がグラス駐日米大使を召致し抗議「極めて残忍で凶悪」 外務次官も同じ日の午前に電話で抗議で伝えている。

あいさつ全体は「沖縄をまもる」「沖縄をひらく」「沖縄をつなぐ」の3本の柱と、「手取り」「子育て支援」「観光消費」をそれぞれ2倍にする三つの目標で組み立てられ、10分野120の政策を展開するとしている。基地は「まもる」の柱で「安全保障を重視しつつ、基地負担軽減を着実に進めていく」と位置づけられ、県政の中心に置かれているのは経済と暮らしの政策だ。

公約でも基地は「まもる」の一項目だった

選挙で掲げた政策も同じ組み立てだった。古謝氏の公式サイトの政策は「県民所得倍増」「支援予算倍増」「観光消費倍増」を「県民の皆様との3つの約束」として前面に置き、その上で「沖縄をまもる」「沖縄をひらく」「沖縄をつなぐ」の3本を柱にしている。辺野古移設への言及は「沖縄をまもる」の中にあり、「普天間飛行場の危険性除去のため、既に工事が進んでいる辺野古移設を容認し、普天間飛行場を含む嘉手納より南の米軍基地の返還・跡地利用を着実に進めます」と書かれている。

同じ項目では「歴史的な物価高による生活苦、健康寿命の悪化、自然災害のリスク、安全保障環境の厳しさなど」を沖縄が直面する危機として挙げ、安全保障環境を生活や災害と並べている。物価高対策としてのクーポン給付や、医療・介護・福祉の連携による健康長寿の回復も同じ項目に並ぶ。

数字を挙げた目標も経済に集中している。一人当たり県民所得は令和5年度県民経済計算の231.5万円を500万円に引き上げるとし、就任あいさつでは「今後10年間で」と期限を付けた。沖縄振興予算のうち施設整備に充てるハード交付金については、内閣府の資料をもとに、ピーク時の約932億円から現在は約390億円と半分以下に落ちていると指摘している。

「民意を守り抜く」と掲げた玉城氏との違い

玉城氏は公式サイトの2026年政策で、「辺野古新基地建設反対の県民の民意を守り抜く」と掲げ、普天間飛行場の早期運用停止・閉鎖・撤去を政府に強く求めるとしていた。日米両政府と県が参加する三者協議の場(SACWO)の設置要請や、日米地位協定の抜本的な見直しも並べ、那覇軍港の「先行返還」を求める項目も立てていた。基地政策を県政の中心に置く玉城氏と、経済を中心に置いて移設を容認する古謝氏とで、公約の組み立て方そのものが対照的だった。

玉城氏は移設に反対する根拠を一貫して「県民の民意」に置いてきた。その根拠の一つが2019年2月24日の県民投票で、県のまとめでは投票総数60万5385票のうち、埋め立てに反対する票が43万4273票(71.7%)を占めた。

それから7年後の知事選で、県民が選んだのは移設容認を政策に明記した古謝氏だった。県選挙管理委員会の確定結果では、有効投票71万2120票のうち古謝氏が59.4%、玉城氏が38.8%を得た。投票率は61.57%で、前回2022年の57.92%から上がっている。投票に行く人が増えたうえでの大差で、辺野古移設について県民が最も新しく示した意思は、容認の側だった。

県と国の訴訟はすでにすべて決着している

知事が代わる前から、県が移設を止められる場面は多く残っていなかった。県が公表していた争訟記録によると、県と国が争ってきた訴訟はいずれも終結している。

埋め立て工事の設計変更を県が承認しなかったことをめぐる代執行訴訟は、2024年3月1日の最高裁不受理決定で終わった。同じ不承認処分を争った抗告訴訟も2025年1月17日の最高裁不受理決定で終わっている。2018年の埋立承認撤回に関する訴訟や、サンゴ類の特別採捕許可をめぐる訴訟も決着済みだ。

代執行とは、知事が法令上行うべき処分を行わない場合に、国の大臣が代わってその処分をする仕組みを指す。県の記録では、2023年12月20日に福岡高裁那覇支部が県に承認を命じる判決を出し、県が応じなかったため、同月28日に国土交通大臣が知事に代わって承認処分を行った。これで設計変更が承認され、工事が進む前提が整った。

なお、県の公式サイトでは、こうした争訟記録や普天間飛行場返還問題の経緯をまとめたページが、10月14日時点で開けなくなっている。ウェブアーカイブには9月29日時点で掲載されていた状態が残っている。ページを外した理由は確認できていない。本記事の訴訟と経緯の記述は、その保存版で確認した。

1996年の返還合意から30年

県がまとめていた経緯によると、普天間飛行場の全面返還が日米間で合意されたのは1996年4月で、同月のSACO(沖縄に関する特別行動委員会)中間報告は「今後5~7年以内に、十分な代替施設が完成した後」の返還をうたっていた。1999年11月に県が「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」を移設候補地として公表し、2013年12月27日に当時の仲井眞弘多知事が埋め立てを承認した。

2014年11月には辺野古への移設阻止を公約に掲げた翁長雄志氏が知事に当選し、2015年10月13日に承認を取り消した。2018年8月に翁長氏が急逝し、その後の知事選で同じく移設阻止を掲げた玉城氏が当選した。2021年11月25日には県が国の設計変更申請を不承認とし、これが前述の代執行につながった。合意から30年を経ても普天間飛行場は返還されておらず、辺野古の工事は続いている。

焦点は政府との距離の取り方へ

就任あいさつでは、「沖縄をひとつにつなぐ実行力の最大化」として、「やんばる知事室」「宮古知事室」「八重山知事室」を置くことと、「沖縄政策協議会」の早期の開催を国に求め、沖縄振興と基地負担軽減を「政府全体の最優先課題として協議する」ことを挙げた。沖縄政策協議会は、沖縄振興策を政府と県が協議する閣僚級の場で、県の経緯のまとめでは、2013年12月17日に仲井眞知事がこの場で普天間飛行場の5年以内の運用停止などを要請している。古謝知事は公約で同協議会を「早期に再開します」としていた。

古謝氏には、参政党が7月23日に政策協定を結んで推薦を決めた。国民民主党の榛葉賀津也幹事長は投開票日の9月13日に「我が党が推薦した古謝げんた氏が見事当選を果たした」とする談話を出し、結果を「県民の皆様の期待の表れであると受け止めている」と述べている。沖縄は来年、本土復帰55年を迎える。移設を容認する知事と政府が、振興策と基地負担の軽減をどう組み合わせるかが次の焦点になる。

投票率は61.57% 6人が立候補

県選挙管理委員会の確定結果(9月16日に一部訂正)によると、知事選には6人が立候補し、得票は古謝氏が42万3124票、玉城氏が27万6060票、カネシマシュン氏が4657票、ヒガタカシ氏が3542票、屋良朝助氏が2467票、すえよしまさひろ氏が2270票だった。有効投票は71万2120票、無効投票は5584票で、投票総数は71万7704票。

選挙当日の有権者数は116万5704人、投票者数は71万7713人、投票率は61.57%だった。県選管は9月16日、沖縄市から報告された投票者数に誤りがあったとして確定値を訂正している。市部の投票率が60.67%、郡部が64.63%で、郡部が市部を上回った。市町村別では伊是名村の90.97%が最も高く、渡嘉敷村の90.70%が続いた。最も低かったのは宮古島市の52.71%だった。移設先を抱える名護市は64.89%で、前回の65.96%をわずかに下回った。