厚生労働省は9月11日、厚労省と医薬品医療機器総合機構(PMDA)が10日付で、米食品医薬品局(FDA)が主導する抗がん剤の薬事審査に関する国際協力の枠組み「Project Orbis(プロジェクト・オービス)」に正式参加したと発表した。新しい抗がん剤の審査で、FDAなど海外の規制当局と情報交換をより密接に行えるようになる。厚労省は、国内での抗がん剤の開発を促し、海外で使える薬が日本で使えない「ドラッグラグ・ロス」の解消をめざすとしている。

Project Orbisとは 各国が同じ時期に申請を受けて審査する

Project Orbisは、FDAのがん専門部門であるOncology Center of Excellence(OCE)が2019年5月に始めた。FDAの説明では、国際的なパートナーの間で抗がん剤の申請と審査を同じ時期に進める(concurrent submission and review)ための枠組みだ。最初の共同審査にはFDAとオーストラリアの医薬品行政局(TGA)、カナダ保健省が参加し、その後ほかの国の当局が「Project Orbis Partners」として加わった。

ねらいについてFDAは、規制当局どうしが協力すれば、申請が大きく遅れている国の患者も新しいがんの薬を早く使えるようになる可能性があると説明している。しかもそれは、その薬がFDAの承認を得ているかどうかを問わないとする。がんの薬の承認の根拠になる臨床試験は国をまたいで行われることが多く、FDAはこうした国際共同試験が米国での承認にとってもますます重要になっていると位置づける。同じ試験データを複数の当局が同じ時期に見る仕組みといえる。

厚労省によると、正式に参加しているのは米国のほか、カナダ、オーストラリア、英国、スイス、シンガポール、ブラジル、イスラエルの7か国。日本は2022年からオブザーバーとして関わってきた。米国を含む8か国に次ぐ9か国目の正式参加になる。FDAのProject Orbisのページでも、10月14日時点でパートナーの一覧にPMDAが載っている。

厚労省は参加の効果として、新規抗がん剤の審査でFDAなど海外当局との情報交換を「より密接に行うことが可能」になる点を挙げる。これを機に抗がん剤領域での日米協働を一段と深め、日本での抗がん剤の開発の促進と、FDAとのProject Orbis対象品目の審査協働を進めるとしている。国内の審査では、早く患者に届けるため条件と期限を付けて承認した再生医療等製品が、販売後のデータで本承認へ進む初めての例も出ている(脊髄損傷の再生医療製品「ステミラック注」、本承認を部会が了承 条件・期限付き承認から初)。

「ドラッグ・ロス」とは何か 国内開発未着手は28品目

厚労省が解消の目標に挙げた「ドラッグラグ」は、海外で承認された薬が日本で使えるようになるまでの時間差を指す。「ドラッグ・ロス」はさらに一歩進んだ状態で、日本では開発そのものが始まらず、時間がたっても使えるめどが立たないことを指す。国はこの解消を医薬品政策の柱に据えており、官民の協議会でも治験体制や薬価の論点整理が進んでいる(創薬の官民協議会部会、AI創薬や治験倍増など4テーマの論点を公表 厚労省の関連要求は1969億円)。

厚労省が4月6日に公表した未承認薬等迅速解消促進調査事業の整理結果によると、2021年1月1日から2023年3月31日までに欧米で承認された医薬品のうち、2025年3月31日時点で国内の開発に着手されていないものは28品目あった。調査は三菱総合研究所が受託し、学会からの医療ニーズと企業の見解をもとに、28品目を開発の優先度で仕分けている。

区分は次の通りだ。国内に類薬が無いか標準的な治療法が無い病気の薬など、できるだけ早く開発すべき「グループA」が5品目。選択肢として有用性が期待できる「グループB1」が1品目。開発は期待されるものの、既存の治療より医療上有用であることや欧米で一般的に使われていることが確認できない「グループB2」が10品目。国内に同程度か、より有用な類薬がある「グループC」が7品目。国内に患者がいないか類薬が複数あり、導入は不要とされた「グループD」が4品目で、学会から回答がなかったものが1品目だった。

このうちAとB1の計6品目は、医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議で評価され、必要性が高いと認められれば国内企業への開発要請や開発公募につながる。B2の10品目は、令和8年度以降の調査で引き続き情報を集める。B2で足りないとされた根拠は、既存の治療より明らかに優れていることを示す欧米などの臨床試験や、標準的な治療に位置づけられていることを示す診療ガイドラインなどだ。

28品目のうち10品目ががん領域

同じ整理結果に載る28品目の効能・効果を一つずつ見ると、10品目ががんに関わる薬だった。今回の参加が抗がん剤の枠組みである理由が、この内訳に表れている。

がんそのものを治療する薬は6品目。ブドウ膜黒色腫の「KIMMTRAK」(テベンタフスプ)、再発性・難治性の進行性腎細胞がんの「FOTIVDA」(チボザニブ)、多発性骨髄腫の「NEXPOVIO」(セリネクソル)と、再発・難治性の多発性骨髄腫の「PEPAXTI」(メルファランフルフェナミド)、ER陽性・HER2陰性・ESR1変異型の進行乳がんの「ORSERDU」(エラセストラント)、RET融合陽性の非小細胞肺がんの「GAVRETO」(プラルセチニブ)が並ぶ。

診断や手術で使う薬が2品目ある。前立腺がんをPETで調べる放射性診断薬「PYLARIFY」(ピフルフォラスタット(18F))と、卵巣がんの手術中に悪性の病変を見つける補助をする光学イメージング剤「CYTALUX」(パフォラシアニン)だ。残る2品目は、がん治療に伴う副作用への対策で、化学療法による骨髄抑制を軽くする「COSELA」(トリラシクリブ)と、発熱性好中球減少から起きる感染症の発生率を下げる「ROLVEDON」(エフラペグラスチム)が挙がっている。

残る18品目は、CDKL5欠損症に伴う発作やカンジダ症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、多発性硬化症、片頭痛などの薬で、がん以外の領域にまたがる。28品目の3分の1あまりががん領域という構成になる。

がんの10品目、検討会議に進むのは2品目

10品目を優先度の区分に当てはめると、すべてが「すぐに開発を求める薬」とされたわけではないことが分かる。

グループAに入ったのは、PYLARIFYとKIMMTRAKの2品目。AとB1の6品目のうち、がん領域はこの2品目で、未承認薬検討会議での評価に進むのはここまでだ。FOTIVDAとNEXPOVIOの2品目はB2で、開発の必要性は高いとされながら、評価に必要な根拠が足りないとして調査が続く。

最も多いのはグループCの4品目で、COSELA、CYTALUX、ROLVEDON、PEPAXTIが入った。国内に同程度か、より有用な類薬があるという整理だ。ORSERDUとGAVRETOの2品目はグループDで、導入は不要とされた。同じ多発性骨髄腫の薬でも、NEXPOVIOはB2、PEPAXTIはCと、区分が分かれている。

この内訳からは、「ドラッグ・ロスの品目数」がそのまま「日本の患者が困っている薬の数」ではないことが読み取れる。28品目には、国内にすでに代わりの薬があるとされた品目も含まれる。一方、厚労省が今回のProject Orbis参加で掲げたのは、FDAとの「対象品目の審査協働」と国内開発の促進で、これから申請される新しい抗がん剤が対象になる。過去に生じた28品目の整理と、これからの新薬を海外と同じ時期に審査する仕組みとでは、対象とする薬が異なる。

年間99万例が新たにがんと診断

国立がん研究センターの集計によると、2023年に新たにがんと診断されたのは99万3469例(男性55万6059例、女性43万7406例)。2024年にがんで死亡したのは38万4111人(男性22万1786人、女性16万2325人)だった。一生のうちにがんと診断される確率は男性61.1%、女性50.1%で、いずれも2人に1人にあたる。2018年に診断された人の5年相対生存率は男女計で64.8%だった。

国内の人口構成も変わりつつある。内閣府の令和8年版高齢社会白書によると、令和7年の65歳以上人口は3622万人で、総人口に占める高齢化率は29.4%と過去最高になった(高齢化率29.4%で過去最高 令和8年版高齢社会白書、2070年には「2.6人に1人」が65歳以上)。白書は令和52年に高齢化率が38.7%に達すると見込む。どの薬が国内で使えるかは、医療にかかる人が増えるほど関わる人の多い問題になる。

厚労省は発表の結びで、PMDAとともに「引き続きドラッグラグ・ロスの解消に向けて取り組むとともに、各国の薬事規制当局との協力を進めてまいります」としている。