世界貿易機関(WTO)の事務局は9月14日、ドルなどの資産に価値を連動させたデジタル資産「ステーブルコイン」が国際貿易の決済で果たしうる役割を分析した報告書「ステーブルコインと世界貿易」を公表した。国境をまたぐ支払いを速く安くする効果は認めつつ、信用状などの貿易金融を置き換えるものではないと結論づけている。報告書は経済調査統計局とサービス貿易・投資局がまとめ、WTOが同日初めて開催した「世界貿易・技術デー」の関連行事で発表された。
市場の9割を2銘柄が占める
ステーブルコインは、民間の事業者が発行し、米ドルやユーロといった参照資産に対して価値が一定に保たれるよう設計されたデジタル資産だ。もともとは値動きの激しい暗号資産の変動を抑える目的で作られたが、近年は支払いや送金、企業の資金管理、企業間の決済にも使われ始めている。
報告書によると、米ドルに連動する銘柄が価値ベースで市場の約98%を占め、銘柄数でも約3分の2にのぼる。発行体別ではテザー社のUSDTとサークル社のUSDCの2つで市場の約9割に達し、この2銘柄の2025年の取引高は33兆ドルと前年比72%増だった。準備資産に直接ひも付く流通額は2020年の約240億ドルから2025年には2700億ドル超へと、5年で11倍を超えている。ユーロ建ては2024年初めの5000万ユーロから2026年1月には4億5000万ユーロ(約5億2500万ドル)に増えたものの、規模はなお小さい。
実際の支払いは世界の決済額の0.02% アジアが6割
ただし報告書は、取引の大半が暗号資産市場の内部にとどまっていると指摘する。年間35兆ドルとされる取引高の中身は、取引所での売買や自分の口座間での資金の付け替え、自動化されたブロックチェーン上の処理が大半を占め、仕入れ先への支払いや海外送金といった実際の決済は年約3900億ドルにすぎない。世界の決済額のおよそ0.02%にあたる。もっともこの3900億ドルは、2024年の水準から2倍以上に増えている。
地域の偏りも大きい。アジアが約2450億ドルで世界のおよそ6割を占め、北米が950億ドル、欧州が500億ドルと続く。中南米とアフリカはそれぞれ10億ドルに満たない。報告書は、利用が「香港、日本、シンガポールといった一部の金融・デジタル資産の拠点」からの支払いに集中していると記している。用途別では企業間取引(B2B)が約2260億ドルと全体の約6割を占め、2025年に前年比733%増と急伸した。
信用状は置き換えられない
報告書が繰り返し強調するのは、決済と貿易金融は別物だという点だ。貿易金融とは、輸出入の代金を銀行が立て替えたり支払いを保証したりする仕組みで、信用状、荷為替手形、貿易ローン、サプライチェーンファイナンスなどがある。品物を作って船に積み、相手に届くまでの数週間から数か月の間、代金を受け取れない輸出者に資金を回し、代金を取りはぐれる危険を銀行が引き受ける役割を担う。
ステーブルコインは資金を動かす手段であり、信用の供与も保証も保険もリスクの移転も行わない。報告書は、モノの貿易には資金繰りや書類による管理、担保が必要なのに対し、ネット経由で提供されるサービスの貿易は決済が速く安くなる恩恵を直接受けやすいとして、分野によって使いどころが異なるとみている。
規制はばらばら 日本は登録制で2社
普及の条件として挙げたのは、技術よりも制度の側だ。準備資産の質と透明性、額面での払い戻しを求める権利、運営体制、サイバー対策、消費者保護、法的な位置づけをめぐって各国の規制が食い違っており、国境をまたぐ利用の不確実性と、発行体や利用者が負うコンプライアンス費用を押し上げていると分析する。銀行システムや企業の資金管理基盤、電子的な貿易書類とつながらなければ、既存の手順を簡素にするどころか技術の層を1つ増やすだけになりかねないとも記した。途上国については、外貨建てステーブルコインが広く使われれば自国通貨が使われなくなり、金融政策が効きにくくなるほか、海外の民間発行体への依存が強まる恐れがあるとしている。
日本は2023年6月1日に施行された改正資金決済法で、法定通貨に価値を連動させたステーブルコインを「電子決済手段」と位置づけ、その売買や仲介を業として行う事業者に電子決済手段等取引業の登録を義務づけた。金融庁の登録一覧によると、2026年8月27日時点の登録業者はSBI VCトレードとコインチェックの2社で、扱う銘柄はUSDC、RLUSD、JPYSCの3つだ。
報告書の発表イベントでは、国際決済銀行(BIS)のパブロ・エルナンデス・デ・コス総支配人が基調講演した。WTOのンゴジ・オコンジョイウェアラ事務局長は報告書の序文で「国境を越える決済が効率化すれば、取引費用が下がり、国際貿易への参加や世界市場へのアクセスが改善する」としたうえで、「適切な規制の枠組み、相互運用が可能な決済基盤、そして信頼と安全と包摂を育てる国際協力が伴って初めて、その機会は十分に生かせる」と述べている。関連行事が開かれた「世界貿易・技術デー」は「AIと貿易」を掲げ、会場での参加登録が600人を超えた。同事務局長は同じ場で、昨年の世界のモノの貿易量が4.6%増え、その伸びの約42%はAI関連製品の貿易によるものだとの推計を示した。
