経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、情報処理推進機構(IPA)は9月16日、災害時に住民の居場所をつかむ「チェックインシステム」の導入ガイドラインと標準仕様書のVer1.0案を公表した。集会所や小売店などの施設にQRコードを貼り、住民がスマートフォンで読み取ると、氏名など基本4情報と場所、時刻が記録される。自治体が使いやすいよう仕様をそろえたもので、10月19日まで意見を募集している。
能登で職員を疲れさせたのは「名簿づくり」だった
出発点は令和6年の能登半島地震である。発災直後は指定避難所に多くの住民が身を寄せた一方、車の中や集会所で寝起きする「避難所外避難者」が大量に発生した。職員自身も被災しているなか、誰がどこにいるのかを速やかにつかめず、安否確認や支援対象者の洗い出しに大きな負担が生じた。外出の機会が減ったことで高齢者の心身が弱る「フレイル」の危険も表面化し、避難所の外にいる人の健康状態を追う行政コストも膨らんだ。
石川県はこのとき、Suicaなど交通系ICカードを使って避難者の居所を把握しようと試みている。だが利用者にとっての利点をうまく示せず、発災後に急いで入れたために現場の手順変更や職員教育が追いつかなかった。手書きの名簿とデジタルデータを突き合わせる作業でも、表記のゆれや記入漏れの処理に膨大な工数がかかり、本格導入には至っていない。ガイドラインは、これを能登固有の失敗ではなく広域災害ならどこでも起きる共通課題だと位置づけ、発災後に仕組みを立ち上げるのでは間に合わない、と結論づけた。平時から使い慣れた道具をそのまま非常時に使う「フェーズフリー」という考え方である。
施設は個人情報を預からない設計
チェックインシステムの中核は、住民が自分でQRコードを読み取る、という一点にある。職員による聞き取りや名簿の作成を前提にしない。施設の側も受付対応や個人情報の管理は担わず、QRコードを置く場所を提供するだけでよい。民間の店舗や地域の拠点に責任と手間を負わせない設計にしたことで、置ける場所を一気に増やせる。
集めた「誰が・いつ・どこにいたか」は、被災者の居所や支援状況を関係機関で共有する「広域被災者データベース」へ渡す。チェックインシステム自体は情報を一元管理する台帳ではなく、あくまでその入力を補う道具という整理だ。平時は健康づくりや地域通貨との連携、見守り通知に使い、非常時は同じ読み取り動作を支援物資の受け取り受付や所在確認に切り替える。
実証「のとピッと」は8450人が登録
石川県は能登地域6市町で、チェックインシステム「のとピッと」の実証を進めてきた。小売店や公共施設など900か所以上にQRコードを設置し、住民はスマートフォンかマイナンバーカードでチェックインすると、歩数などに応じて地域で使える特典を受け取れる。2026年6月末時点の登録者は8450人。1人が1日あたり平均2.02回チェックインしている。登録者1044人に尋ねたアンケートでは、今後も「毎日使いたい」が57%、「時々使いたい」が38%で、合わせて95%が継続の意向を示した。石川県は2026年度末に、対象地域の住民票人口に対して30%の登録を得ることを目標としている。
費用の見通しも示された。能登半島地震の際の類似の取り組みでは、300人を登録するのに約60人日の行政コストがかかっている。この実績から目標の登録者数を人手でまかなう場合を試算すると約6600人日、金額にして約1億3000万円になる。対してチェックインシステムを平時から回す場合の運用費は年間4000万円と見積もった。職員が被災しながら名簿を作る負担を、平時の運用費に置き換える計算である。
位置と時刻を扱う以上、条例と審査会が関門になる
扱うのは氏名など基本4情報に加えて位置情報と時刻情報で、個人情報保護法や自治体の個人情報保護条例との整合が要る。ガイドラインは、都道府県や自治体の個人情報保護審査会への付議が必要になる場合があるとして、導入スケジュールと並行して事前に調整するよう求めた。平時の特典付与や見守りと、非常時の所在把握では目的が異なるため、目的外利用にならない整理も課題に挙げている。
石川県はこの点で、個人情報保護委員会へのヒアリングを踏まえた利用目的の文言案をまとめた。委員会からは、法令で定められた自治体の業務範囲に含まれるなら将来実施を予定している取り組みでも利用目的に掲げてよい、データの提供先が未定なら事業者名ではなく「防災・福祉関連事業者」のようなカテゴリで書くのが望ましい、との見解が示されたという。これを受けて石川県の文言案は、サービス運営や利用状況の分析に加え、地域交通・観光・健康福祉の分野でのデータ分析と事業者への提供、災害その他緊急時の安全確保を、あらかじめ5項目の利用目的として列挙している。
標準仕様書には機能要件、非機能要件、データモデル、ユースケース、動作フローの別紙6点が付く。石川県で実際に開発したシステムを母体とするオープンソースソフトウェアも、IPAの公式GitHub(github.com/ODSIS-EDCS)で公開済みだ。意見の提出先はIPAデジタル&AIシステムズ・デザインセンターで、募集は10月19日までとなっている。
