総務省は14日、情報通信法学研究会AI分科会の令和8年度第1回会合の配付資料を公開した。7日にオンラインで開かれた会合の議題は「選挙とAI」で、明治大専門職大学院ガバナンス研究科長の湯淺墾道氏が、来年3月1日に施行される改正公職選挙法のAI規定について発表した。湯淺氏は、AIで作った画像に表示を義務づける新しい条文が、表示の具体的な方法を定めていないと指摘している。

日本で初めて、公選法にAIの条文が入った

改正公職選挙法の新第142条の5は、選挙運動のために使う文書図画と、選挙の公示・告示日から投票日までに頒布される落選運動用の文書図画について、そこに載せた画像・映像が人工知能関連技術を利用して作成・改変されたものである場合、その旨を受信者の端末画面に「正しく表示されるようにしなければならない」と定める。AIの定義は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)の第2条を引いた。

公職選挙法は有権者、メディア、選挙管理機関、政党・候補者という4者を主な名宛人としてきたが、AIに関する規定はこれまで存在しなかった。岩隈道洋・中央大国際情報学部教授は資料で、この表示義務を「AIと選挙に関する本邦では初めての法規制」と位置づけている。改正は、公職選挙法と情報流通プラットフォーム対処法を一括して改める法律(令和8年法律第58号)として今年7月に成立した。前年の改正で附則に継続的な立法対応が定められており、それを具体化した形になる。

条文には例外もある。改変の内容が社会通念に照らして軽微なものや、実際に撮影されたものと誤認されるおそれのないものは、表示義務の対象から外れる。明るさの補正やイラスト風の加工まで一律に表示を求めれば、日常的な選挙運動が成り立たなくなるためだ。

「正しい表示」とは何か 位置も方法も書かれていない

湯淺氏が課題に挙げたのが、この「正しく表示されるようにしなければならない」という文言である。条文は表示の具体的な方法を例示しておらず、画面のどこに、どのような形で、どの程度の大きさで示せば義務を果たしたことになるのかが読み取れない。デジタルすかしのような技術的な手法を使ってよいのかも定まっていない。

比較対象として資料が挙げたのが、米ユタ州の選挙法だ。同州法は、選挙に影響を与える目的の広告に合成メディアが含まれる場合、定められた文言を表示または音声で入れるよう具体的に規定している。さらにオンラインで公開されるデジタル音声・映像広告には、改ざん検知型のデジタル来歴情報を埋め込み、最初の作成者、後から編集した者、生成AIを使ったかどうかを開示する義務がある。日本の新条文が「表示せよ」とだけ書いているのに対し、何をどう記録して見せるかまで踏み込んでいる。

湯淺氏はまた、政府には情報の真偽を判定する責務がなく、今回の制度は表示義務、利用者の責務、事業者の対策という三つの組み合わせで選挙の公正を確保しようとする設計だと整理した。利用者の責務は新第142条の7第1項に置かれ、選挙に関してインターネットなどを利用する者は、候補者に関して虚偽の事項を公にしたり、事実をゆがめて公にしたりして選挙の公正を害してはならないと定めている。

取り締まる側の体力と、破る側の匿名性

執行面の課題も挙がった。湯淺氏は、表示義務の例外をどの基準で判定するかに加え、虚偽事項公表罪の適用が実際には難しいこと、選挙管理委員会の人員や予算が不足しており、委員会が国と自治体に分かれている分権的な仕組みがその不足に拍車をかけていることを指摘した。違法行為をどう認知するかという入り口の問題も残る。

岩隈氏は、選挙用の目立つ表示であれば一定の効果はあるとの見方を示す一方、選挙ポスターのように掲示場所や公印で真正性を示す方法はインターネット上では取りにくいと述べた。そのうえで、悪意のある偽画像は表示義務にかかわらず選挙期間中に流通しうること、表示義務を初めから守らない発信者の特定は難しいと考えられることを課題に挙げている。

同時に改正された情報流通プラットフォーム対処法では、総務大臣が指定する大規模特定電気通信役務提供者に対し、選挙の公正を害するおそれのある情報の流通による悪影響を軽減する措置を、サービスの特性に応じて講じる義務を課した。年1回公表する事項にも、その実施状況が加わる。岩隈氏は、誹謗中傷や著作権侵害の対策として既に実装されている手法を応用することは可能だとしつつ、プラットフォームの基本的な仕組みや収益構造に反する措置までは踏み込みにくいとの見方を示した。

改正法の施行は来年3月1日である。林芳正総務相は11日の記者会見で、施行までの間も大規模プラットフォーム事業者に改正法の趣旨を踏まえた対応を期待すると述べていた。総務省は施行に向け、各党協議会の合意内容に基づく指針の策定を進めている。表示の具体的な方法が条文に無い以上、この指針に何が書かれるかが、義務の輪郭を決めることになる。