警察庁は10月15日、米マイクロソフトと一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)と連携して、日本を標的にしたフィッシングの「犯罪インフラ」をテイクダウン(停止)させたと発表した。マイクロソフトなどが10月6日に米国の裁判所へ民事訴訟を起こし、8日に出た裁判所の命令に基づいて止めた。日本の警察が捜査で得た情報を民間企業に渡し、企業が外国の民事手続きで基盤を断つという形で、国内の刑事手続きだけでは届きにくい海外の拠点に手を伸ばした。
警察と民間、2025年10月から実態解明
警察庁の広報資料によると、関東管区警察局サイバー特別捜査部とマイクロソフト、JC3は2025年10月から、日本を狙ったフィッシングの実態解明を進めてきた。その結果、フィッシングを支える犯罪インフラを特定した。マイクロソフト等は今月6日、米国の裁判所に訴訟を起こし、8日に裁判所の命令が出た。この命令に基づいてテイクダウンを実施したという。
フィッシングは、銀行や通販サイト、宅配業者などを装ったメールやSMSで偽のサイトへ誘い、IDやパスワード、カード番号などを入力させて盗む手口だ。「犯罪インフラ」は、こうした偽サイトや送信に使われるドメイン(ネット上の住所)、サーバー、アカウントなどを指す。テイクダウンは、それらを差し押さえたり使えなくしたりして機能を止めることをいう。
警察庁の資料は、相手方のサービス名や訴訟の対象までは明らかにしていない。一方、マイクロソフトとJC3は前日の14日、それぞれ日本の警察庁と組んで進めた調査の結果として、フィッシングを支える闇市場の解体に乗り出したと公表している。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年5月 | インドでのサポート詐欺の摘発を契機に、警察庁とマイクロソフトの連携が深まる |
| 2025年10月 | 関東管区警察局サイバー特別捜査部とマイクロソフト、JC3が実態解明に着手 |
| 2026年4月 | マイクロソフトの副会長兼社長が来日し、首相を表敬訪問 |
| 2026年9月 | 警察庁が日本マイクロソフトと連携協定を締結 |
| 2026年10月6日 | マイクロソフト等が米国の裁判所に提訴 |
| 2026年10月8日 | 裁判所の命令が出て、犯罪インフラを停止 |
| 2026年10月14日 | マイクロソフトとJC3が闇市場の解体を公表 |
| 2026年10月15日 | 警察庁が発表 |
出典: 警察庁広報資料、マイクロソフト、JC3、Microsoft On the Issues
止めたのは中国語の闇市場「YAM Store」など3サービス
マイクロソフトのデジタル犯罪対策部門(DCU)の発表によると、マイクロソフトと医療分野の国際的な非営利団体Health-ISACは、米フロリダ州南部地区連邦地方裁判所の命令に基づき、「YAM Store」「CoGUI」「Iron Man」の3サービスを支えていたドメインを差し押さえ、接続先を切り替えた。マイクロソフトはすでにYAM Storeに関連する2万件を超えるアカウントを無効化し、なりすましや詐欺に使われた10万件を超えるドメインをブロックしている。JC3も同じ内容を公表している。
3サービスは、中国語で運営されるサイバー犯罪の市場を構成していた。YAM Storeはオンラインショップのように運営され、不正に取得されたマイクロソフトやグーグルのアカウント、詐欺に使う既製のツールを売っていた。正規の団体が更新をやめて失効したドメインを取得し、ウェブサイトを作り直して団体が活動しているように装い、業務用のMicrosoft 365のアカウントを不正に手に入れて転売する例もあった。マイクロソフトは調査のため、おとり購入をして仕組みを確かめたという。
CoGUIは、企業や金融機関、政府機関を装った既製の偽サイトや文面を犯罪者に提供していた。マイクロソフトは、日本語の利用者からログイン情報と支払い情報を盗むために作られた通販大手アマゾンの偽サイトを例に挙げている。CoGUIは特に日本と米国の利用者を狙うサービスとして広く使われ、2026年半ばには新しいIron Manに置き換わり始めていた。Iron Manには、銀行や小売り、医療機関、交通当局、警察、政府機関などを装う2,300を超えるテンプレートがあった。
1月以降で10億通超、日本は主な標的
マイクロソフトによると、3サービスは2026年1月以降、世界の7万5,000を超える組織を標的に、10億通を超える悪意あるメッセージの送信を可能にした。このうち、マイクロソフトの顧客を狙ったものだけで7億5,000万通を超える。標的は150か国以上の消費者や医療機関、金融機関などに及び、運営者は数千万ドル規模の利益を得ていたという。
マイクロソフトの脅威分析部門の報告は、これらのフィッシング道具の開発者を「Storm-2990」、YAM Storeを「Storm-3119」という名称で追跡しているとした。道具を買った攻撃者は、日本、米国、オーストラリア、インドの医療、金融、卸売り、IT(情報技術)などの組織を狙っていた。報告には、日本の金融サービス会社を装い、「定期的なセキュリティー確認で再認証が必要になった」として偽の「公式サイト」へ誘う文面の例も載っている。
調査の始まりは日本だった。マイクロソフトによると、2025年後半、日本の人々を狙う悪意あるメッセージについて警察庁が同社に情報を提供したのがきっかけで、その後も警察庁は情報提供と捜査面の支援を続けた。JC3は130を超える会員組織から集めた情報をもとに、ばらばらに見えた事案が日本の企業や金融機関を狙う大規模な詐欺の一部であることを示し、日本での被害の規模を裏付けた。調査にはこのほか、セキュリティー企業のResecurityのほか、Cloudflare、Oracle、Proofpoint、TRM Labsも加わり、米シークレットサービスなど各国の法執行機関とも情報を共有したという。
国内の被害、ネット銀行の不正送金は年104億円
日本でのフィッシングの被害は膨らみ続けている。警察庁の「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等」によると、フィッシング対策協議会に寄せられたフィッシングの報告件数は2025年に245万4,297件で、右肩上がりの増加が続いている。インターネットバンキングに係る不正送金は4,747件、被害総額は約103億9,700万円で、手口の約9割をフィッシングが占めた。警察庁は、2025年に法人の被害が急増した背景として、銀行員などを装って電話をかけ偽サイトへ誘導する「ボイスフィッシング」の急増を挙げている。
2026年上半期のフィッシングの報告件数は約73万件だった。警察庁はAI(人工知能)技術の発達で文章の自然さや偽装の精度が大きく上がり、見抜きにくいフィッシングが増えていると指摘する。犯行時には、乗っ取った家庭の機器を中継して発信元を隠す手口も使われている(レジデンシャルプロキシとは 家庭のIoT機器が犯罪の踏み台に 総務省がISPによる注意喚起を提言)。
警察庁とマイクロソフトの連携には前例がある。マイクロソフトによると、インドの中央捜査局(CBI)は2025年5月28日、マイクロソフトを装って日本の高齢者を狙ったサポート詐欺の拠点など19か所を捜索し、6人を逮捕、違法なコールセンター2か所を閉鎖した。マイクロソフトはJC3と協力して背後の組織を突き止め、警察庁とCBIに通報していた。警察庁は今回の資料で、この捜査を連携が深まった契機に挙げている。
海外の拠点に民事手続きで迫る
フィッシングの道具や基盤の多くは海外にあり、運営者の特定や逮捕は国内の捜査だけでは難しい。今回の手法は、捜査機関が集めた情報をもとに、民間企業が米国の裁判所で民事訴訟を起こし、命令を得てドメインなどを差し押さえるものだ。刑事手続きのように運営者の身柄を押さえるわけではないが、犯行に使う基盤そのものを国境を越えて止められる。
今回は、詐欺の個々の送り手ではなく、道具やアカウントを売る「供給元」を狙った点に特徴がある。マイクロソフトは、被害者の目に触れるのは一通の詐欺メッセージだけでも、それを可能にしているのは背後で犯罪を支える事業者だとして、3サービスを断てば犯罪者がアカウントや道具、基盤を手に入れにくくなると説明する。一方で、3サービスは巨大な犯罪ネットワークの一部にすぎないとも認めている。JC3は今回の協力を、日本を対象とした調査が150か国以上を対象とする犯罪の仕組みの解明につながった事例とし、官民連携と国際連携が欠かせないことを示すものだとしている。
利用者の側でできる対策は変わらない。警察庁は「メール等に記載のリンクを安易にクリックしない」「公式サイトや公式アプリからアクセスする」といった日常の意識が重要だとしている。マイクロソフトは企業向けに、パスワードを使わないパスキーの導入や、多要素認証を組織全体で使うことを勧めている。
