政府は10月13日の閣議で、「公害健康被害の補償等に関する法律(公健法)の一部を改正する法律案」を決定した。公害病と認定された患者が、その病気がもとで亡くなった場合に遺族へ支払う「遺族補償費」について、夫にだけ課されている「妻の死亡時に60歳以上であること」という年齢要件を撤廃する。妻には年齢要件が無く、男女で受給の条件が異なっていた。施行は2027年4月1日。環境省は第222回臨時国会に提出するとしており、参議院の議案情報には内閣提出法律案の14番として掲載されている。

夫だけに「60歳以上」、妻には要件なし

公健法は1973年に制定された法律で、大気汚染や水質汚濁による健康被害を受けた人に、汚染の原因をつくった事業者などの負担で補償給付を行う。制度は1974年9月に始まった。環境再生保全機構は制度の趣旨を、本来は当事者同士の民事上の解決に委ねられるべき公害の健康被害について補償を行い、被害者を迅速・公正に保護するものだと説明している。費用は、ばい煙を出す施設などを設置する事業者から「汚染負荷量賦課金」「特定賦課金」として徴収し、被害が出た地域の46の県・市・区に納付する仕組みだ。

補償給付には、医療費にあたる療養の給付、障害補償費、遺族補償費、遺族補償一時金、療養手当、葬祭料などがある。

遺族補償費は、認定患者が指定疾病に起因して亡くなったとき、遺族の請求に基づいて支給される。法第30条によると、受け取れるのは亡くなった人の配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹のうち、死亡の当時その人の収入で生計を維持していた人だ。ただし配偶者以外の多くには年齢の条件があり、父母と祖父母は60歳以上、子・孫・兄弟姉妹は18歳に達した後の最初の3月31日まで、または60歳以上であることが求められる。

配偶者のうち、妻にはこうした条件が無い。一方、夫は「60歳以上であること」が条文に明記され、父母・祖父母と同じ扱いになっている。届け出をしていない事実婚の夫も同じだ。受給できる遺族の順位は配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順で、配偶者が最も先にくる。妻を亡くした夫が59歳以下なら、配偶者として受け取ることはできない。

遺族補償費の額は、第31条で「遺族補償標準給付基礎月額」に相当する額と定められている。この月額は、労働者の賃金水準などを考慮して、環境大臣が中央環境審議会の意見を聴いて決める。

制度創設時の考え方と、見直しの理由

環境省の概要資料によると、夫に年齢要件を設けたのは、制度をつくった当初の考え方による。遺族補償費は、亡くなった患者が本来得られたはずの収入(逸失利益)などの損失を埋めること、そして壊された遺族の生活を立て直すことを目的としている。この見地から「通常自ら独立して生計を営み得る年齢の層の者」は対象から外してきた。働き盛りの夫は自分で稼げる、という前提だ。

これに対し政府は、二つの理由で前提が成り立たなくなったと説明する。一つは、女性の労働参加が進むなど就業構造が変わり、男女で年齢要件に差を設ける合理的な理由を見いだすことが難しくなりつつあること。もう一つは、亡くなった患者の逸失利益は、遺族が独立して生計を立てられるかどうかにかかわらず、妻が亡くなった場合にも夫が亡くなった場合にも同じように存在することだ。

改正案はこの差を、夫の要件を消す形で解消する。環境省が示した措置事項は「夫のみに課せられた年齢要件を撤廃する」の1点で、父母や子などの年齢要件を変えるとの記載は無い。なお、施行日より前に亡くなった患者の遺族にも新しいルールが及ぶかどうかは、今回確認できた資料からは読み取れなかった。

労災保険の見直しに合わせ、2027年4月に同時施行

今回の改正は、労災保険の見直しと連動している。環境省の概要資料によると、2026年の通常国会(第221回)で労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)が成立した。これにより、労災保険などの遺族補償年金で設けられていた年齢要件の男女差が、2027年4月1日から撤廃される。

公健法の遺族補償費は、労災保険の制度と同じ年齢要件を持っている。このため環境省は、労災保険と同じ2027年4月1日の施行を目指すことを、通常国会を待たずに臨時国会へ法案を出す理由に挙げている。

同じ臨時国会には、統一地方選、2027年4月11日と25日に 政府が期日特例法案を閣議決定で伝えた選挙期日の特例法案なども内閣から提出されており、参議院の議案情報では公健法改正案の2つ後の16番に並んでいる。

対象になりうる人は

公健法の補償は、地域によって二つに分かれる。「第一種地域」は、著しい大気汚染でぜん息などが多発した地域で、全国41地域が指定されていた。環境再生保全機構によると、大気汚染の改善などを踏まえ、1988年3月1日に41地域すべての指定が解除され、それ以降は新たな患者の認定が行われていない。ただし、それまでに認定された患者とその遺族には、今も認定の更新や補償給付が続いている。「第二種地域」は、水俣病やイタイイタイ病のように原因物質との関係がはっきりした病気が多発した地域で、現在5地域が指定されている。

環境省は、改正で夫に遺族補償費の支給が新たに想定されうる主な母集団として、旧第一種地域の現存する認定患者の数を年代別に示した。2026年3月現在で計2万5,446人。このうち女性は1万3,386人で、40代が3,125人、50代が3,463人と多い。

年代 女性 男性 計
30代 87 116 203
40代 3,125 4,055 7,180
50代 3,463 4,346 7,809
60代 1,483 1,421 2,904
70代 2,154 1,011 3,165
80代 2,168 876 3,044
90代〜 906 235 1,141
旧第一種地域(大気汚染)の現存する認定患者の年代別人数(2026年3月現在、単位は人)

出典: 環境省「公害健康被害の補償等に関する法律の一部を改正する法律案の概要」

これらの女性患者が指定疾病がもとで亡くなった場合、夫が生計を維持されていたなどの要件を満たせば、59歳以下であっても遺族補償費を受け取れるようになる。ただし、この人数は夫がいるかどうか、夫の年齢や生計の状況を問わない数で、実際に新たな受給者が何人生まれるかを示すものではない。男性の認定患者は1万2,060人だった。

旧第一種地域は指定解除から38年がたち、環境省の年代別の表も30代から始まっている。新たな認定が無いため、この地域の認定患者は減り続ける。改正は第二種地域を含む遺族補償費の仕組み全体で、配偶者の男女の扱いをそろえるものになる。