文部科学省の科学技術・学術審議会宇宙開発利用部会は10月16日、第109回会合の資料として「文部科学省における中長期を見通した宇宙開発利用の推進方策」の素案を示した。国内の民間事業者によるロケット開発が進んでいることを踏まえ、国が維持してきた基幹ロケットの役割と位置づけを定義し直すとしたほか、技術が成熟した衛星を「公共衛星」とする考え方の整理、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人材と基盤的経費の強化などを盛り込んだ。素案の日付欄は「令和8年●月●日」と空欄のままで、部会での議論を経て取りまとめる。
宇宙基本計画の改定を前に、文科省の役割を整理
素案は、取りまとめの経緯として、高市総理が今年6月の宇宙開発戦略本部で宇宙基本計画の改定を指示し、今後、内閣府の宇宙政策委員会などで議論が予定されていることを挙げた。宇宙基本計画は今後20年を見据えた10年間の宇宙政策の基本方針で、現行の計画は令和5年6月に改定された。宇宙産業の市場規模を「2020年に4.0兆円」から「2030年代の早期に2倍の8.0兆円に拡大」する目標を掲げている。
令和8年7月に策定された「日本成長戦略」では、「航空・宇宙」が17の戦略分野の一つに位置づけられた。素案は、こうした宇宙分野への期待に応えるには、国の宇宙開発利用の基盤を支えてきた文科省とJAXAの貢献を一層強めることが欠かせないとしている。宇宙開発利用部会は平成24年の設置以来100回を超える審議を重ねており、今回は文科省が果たすべき役割や基本的な方向性を中長期の視点から集中的に議論した結果を、方策の形にまとめた。
背景として素案が示した数字は次の通り。世界の宇宙経済の規模は2005年の約1,770億ドルから2025年には約6,860億ドルに達したとの試算があり、2035年には約1兆8,000億ドルに広がるとの見通しもある。2025年には軌道投入を目的としたロケットの打ち上げが世界全体で300回を超え、米国では192回、中国では91回の軌道投入が行われた。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 世界の宇宙経済の規模(2005年) | 約1,770億ドル |
| 世界の宇宙経済の規模(2025年) | 約6,860億ドル |
| 同(2035年の見通し) | 約1兆8,000億ドル |
| 世界の政府による宇宙関係支出(2025年) | 約1,410億ドル |
| 軌道投入を目的としたロケット打ち上げ(2025年、世界) | 300回超 |
| うち米国/中国の軌道投入(2025年) | 192回/91回 |
出典: 文部科学省「中長期を見通した宇宙開発利用の推進方策(素案)」(素案が引く試算はSpace Foundation、世界経済フォーラム/マッキンゼー、内閣府宇宙政策委員会の基礎資料)
素案の多くの項目は「〜すべきではないか」という問いかけの形で書かれている。方向性を部会に示し、委員の意見を受けて詰めていく段階の文書であることを示している。
基幹ロケットの役割を「再定義」
柱の一つ目は宇宙輸送だ。基幹ロケットは、国が自立して宇宙へ物資を運ぶ能力を保つために開発・維持してきたロケットで、素案は現行のH3ロケットとイプシロンSロケットを「我が国としては現存する唯一の実用大型ロケット」と位置づけ、開発を引き続き進めるとした。
H3については、複数の衛星を相乗りで打ち上げるライドシェア機構の開発で打ち上げ機能を広げるほか、増強型の第2段エンジンを開発して打ち上げ能力を高める。イプシロンSについては、早期の打ち上げ再開につなげる方策として、飛行実績のある第2段モーターを適用した開発を進める。能力強化のために新たに開発中の第2段モーターは、地上燃焼試験で起きた燃焼異常の原因調査と対策の検討を続ける。種子島と内之浦の射場は、老朽化した設備の更新と能力増強の計画を進める。
そのうえで素案は、国内の民間事業者が開発中のロケットについて、開発の進み具合や今後の打ち上げの見通し、衛星の打ち上げ需要を踏まえ、基幹ロケットと民間ロケットの役割や位置づけを改めて検討すべきだとした。具体策では「状況の変化を踏まえた基幹ロケットの役割や位置づけを再定義」し、市場獲得を意識した官民全体の輸送戦略を関係府省と検討すると明記した。
民間ロケットについては、スタートアップの大規模な実証を支える中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3基金事業)による開発支援を続ける。この基金をめぐっては、文科省が10月7日に文科省、民間ロケット支援でインターステラに39.3億円を追加配分 4社から絞り込んだ基金事業と公表している。将来に向けては、再使用やサブオービタル(宇宙空間に達した後に地上へ戻る弾道飛行)を含む次世代の輸送技術や、宇宙空間からの再突入・大型回収技術の研究開発に取り組む。洋上の活用も含めた射場の整備は、法制度の整備も念頭に関係府省と一体で進める。JAXAが持つ大型のエンジン燃焼試験設備は、民間の利用が増えていることを踏まえて更新・増強し、民間事業者の研究開発などに使えるようにする。
衛星は「公共衛星」の考え方を整理
二つ目の柱は衛星開発だ。国内でも複数の民間事業者が衛星の開発・運用やデータ提供を手がけるなか、素案は文科省・JAXA、衛星を使う省庁、民間事業者の役割を整理する必要があるとした。文科省とJAXAは限られた資源を、民間単独では技術的に実現が難しい衛星や、科学分野、国家安全保障など国策上必要な次世代衛星の受託開発に振り向けるべきだとしている。
新たに打ち出したのが「公共衛星」という考え方だ。JAXAが開発・運用してきた衛星のうち、技術が成熟して実用性を持ち、実態として社会インフラとして機能しているものの、商業市場が小さいため民間に運用を任せられない衛星を想定する。素案は、こうした衛星の開発・整備・運用・更新の役割分担や、保有・運用の主体の在り方を検討するとした。あわせて、後継機に機能を引き継げる後期運用段階の衛星で、ほかの運営主体への移管の見通しが立たないものは、適切な時期の運用停止も含めて在り方を検討する。
開発面では、次期の合成開口レーダー(SAR)衛星と次期AMSRを、令和7年度に検討した「衛星地球観測重点テーマ」に基づいて検討する。降水レーダ衛星(PMM)の開発・運用、技術試験衛星9号機(ETS-9)による静止衛星技術の確保、衛星搭載用の高度計LiDARの開発、超低高度軌道で運用できる衛星技術の実証なども並べた。データの活用では、地球観測衛星のデータのアーカイブを整え、フォーマットの統一やAIの学習に使えるデータセットの整備を進めて、民間事業者が使いやすくするとしている。
月面探査とISS後の低軌道、宇宙科学
三つ目の柱は宇宙科学・探査だ。月面については、米国が2026年3月に月面基地の重点化と官民協働を示したことに触れ、日本はアルテミス計画を国際協力の基本としつつ、民間事業者が継続して月面へ行ける力を確保すべきだとした。日米宇宙協力の中核と期待される有人与圧ローバーは2024年4月の取り決めを踏まえて研究開発を続け、米国人以外で初めてとなる日本人宇宙飛行士の月面着陸の早期実現に向けて国際調整を進める。月面開発の初期段階にあたる2030年代前半に必要な分野で、日本発の新たな技術の種を生み出すとも書いた。
地球を回る低い軌道での活動では、2030年ごろを見据えて国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の運用と利用を着実に続ける。2031年以降は国際的な動向を踏まえて在り方を議論し、民間の商業宇宙ステーションへ移る「ポストISS」でも、日本が自律的に低軌道へ行ける手段を確保するため、政府間の枠組みづくりを進めるとした。新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」による物資補給も続ける。同じ部会の資料では、JAXAの諏訪理宇宙飛行士がクルードラゴン宇宙船運用14号機でISSに長期滞在することも報告された(宇宙飛行士の諏訪理さん、クルードラゴン運用14号機でISSへ 2027年3月以降に打ち上げ 4127人が応募した選抜を経た初飛行)。
宇宙科学では、令和8年9月に改訂されたJAXAの「宇宙科学・探査ロードマップ」に沿い、世界の第一線級の成果を狙う「戦略的中型計画」と、成果を継続して出し人材を育てる「公募型小型計画」「小規模計画」を組み合わせる。素案は物価や人件費の高騰、人材不足で開発期間が延びていると指摘した。対策として、科学衛星の基本部分(バス)を共通化してミッションの頻度を上げ、費用を抑える体系への転換を検討する。サンプルリターンやX線天文学など、日本が強みとしてきた分野で成果を出し続けるとした。
JAXAの人と予算、「真に担うべき役割」
最後の柱がJAXA自身の強化だ。素案は、JAXAが日米連携のアルテミス計画、宇宙戦略基金事業の業務、関係府省からの衛星開発の受託、災害時の緊急観測など多様な貢献を求められ、事業規模は5年前と比べて大幅に増えたと記した。一方で、運営費交付金などJAXAの当初予算は減少傾向にあり、物価高騰で実質的な予算は目減りしていると指摘した。射場の維持管理や衛星の運用、施設・設備の改修・更新などにあてる基盤的経費の確保を「喫緊の課題」と位置づけている。
具体策としては、採用数の増加、キャリアパスの構築、処遇の向上を進め、射場運営やロケット運用、安全保障を担う人材を確保する。複数の機関に所属して働く仕組みや兼業も広げる。JAXAの資源には限りがあるとして、十分に成熟した技術の事業化などをJAXAの外に任せる可能性も含め、研究開発法人として「真に担うべき役割」を整理するとした。熱真空試験設備(スペースチャンバー)などJAXAが持つ大型の試験設備は民間にも開き、利用料の徴収を含む利用の在り方を検討する。
安全保障では、民生と防衛の両方に使えるデュアルユース技術の研究開発で、文科省としても関係府省と連携し、防衛のニーズを踏まえた取り組みに貢献すべきだとした。経済安全保障推進法に基づいて令和7年12月に特定重要物資に指定された「人工衛星」と「ロケットの部品」について、国内で自律的に製造・調達できるサプライチェーンを関係府省と検討する。素案は取りまとめの時期を示していない。宇宙基本計画の改定に向けた政府の議論と並行して、部会で中身を詰めることになる。
