金融庁の企業会計審議会監査部会(部会長・堀江正之日本大学商学部特任教授)は16日、公認会計士や監査法人が企業の財務諸表を監査する際の規範である「監査基準」の改訂案(公開草案)を公表した。企業が将来にわたって事業を続けられるかどうか(継続企業の前提)について、監査人が経営者の評価を確かめる期間を延ばし、監査報告書への記載も広げる。11月16日午後5時まで、e-Govパブリック・コメントなどで意見を募集している。改訂後の基準は2028年3月決算の監査から適用する。
監査基準と「継続企業の前提」とは
監査基準は、上場企業などの財務諸表が適正に作られているかを公認会計士が確かめる際のよりどころとなる基準だ。公開草案は前文で、企業会計の基準とともに「適正なディスクロージャーを確保するための資本市場の重要なインフラストラクチャー」と位置づけている。企業会計審議会は金融庁に置かれた審議会で、国際的な監査基準や国内外の動向を踏まえ、これまでも必要に応じて改訂してきた。
今回の主な対象である「継続企業の前提」は、企業が将来にわたって事業活動を続けるという前提を指す。財務諸表は通常この前提で作られるため、資金繰りの悪化などで前提が揺らぐと、投資家にとって重要な情報になる。公開草案によると、この前提に関する規定は企業破綻が相次いだことなどを背景に、2002年(平成14年)の監査基準改訂で導入された。
2009年(平成21年)の改訂では、前提に重要な疑義を生じさせる事象や状況があっても、経営者の対応策を考えてなお「重要な不確実性」が認められる場合に注記が必要かどうかを判断する形に改めた。その結果、対応策を理由に注記に至らない例も出てきたため、有価証券報告書の「事業等のリスク」で、こうした事象(重要事象等)の内容や対応策を分かりやすく書くよう求める内閣府令の改正が行われた。監査人はこの記載を「その他の記載内容」として通読し、検討することになっている。
評価の期間を「公表の承認日後1年」に
公開草案が最初に挙げる改訂点は、監査人が経営者の評価を検討する期間だ。現行の監査基準は、前提に重要な疑義を生じさせる事象や状況があると判断した場合に、「合理的な期間」について経営者が行った評価と対応策を検討するよう求めている。国内の監査実務では、この期間は少なくとも決算日から1年間とされてきた。
改訂案はこれを、少なくとも「財務諸表の公表の承認日」後1年間とする。決算日から財務諸表の公表が承認されるまでには通常一定の期間があるため、その分だけ先の時点まで評価の対象が延びることになる。公開草案は理由として、より将来の事象や状況を評価することで監査済みの財務諸表が意思決定に一段と役立つことと、改訂された国際監査基準との整合性を挙げた。
会計の側でも動きがある。公開草案によると、企業会計基準委員会(ASBJ)が継続企業に関する会計基準の開発を進めており、経営者が前提を評価する期間を、期末日後、少なくとも財務諸表の公表の承認日後1年を経過した日までとすることを検討している。なお「公表の承認日」という言葉を使っていない会計基準もあり得るため、適用される会計基準に定義があればそれに従い、無ければ監査人が適切に判断するのが適当だとしている。
不確実性が無くても監査報告書に記載
2つ目の改訂点は監査報告書の書き方だ。現行の基準は、継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められ、その事項が財務諸表に適切に記載されている場合に限り、監査報告書に独立した区分を設けて記載するよう求めている。改訂案はこの要件を維持したうえで、重要な不確実性が認められない場合についても、独立した区分を設けて記載することとした。
新旧対照表によると、改訂されるのは報告基準の「六 継続企業の前提」の1項だ。現行は不確実性がある場合だけを定めていたが、改訂案は「重要な不確実性が認められないとき」と「重要な不確実性は認められるが、財務諸表に適切に記載されていると判断して無限定適正意見を表明するとき」の2つを並べ、いずれも経営者の評価を検討したうえで監査報告書に記載しなければならないとしている。
上場企業などの監査では、さらに踏み込む。重要な不確実性があると記載する場合や、経営者が不確実性は無いと結論づけるにあたって重要な判断をしている場合には、監査人が経営者の評価をどう検討したかを監査報告書で説明するよう求める。国際監査基準と同様の扱いだ。公開草案は、記載を意味のあるものにするには「当該財務諸表の監査に固有の情報」を書くことが重要だとし、監査人、監査役等、経営者のそれぞれに改訂の趣旨を理解した運用を求めた。
| 項目 | 現行 | 改訂案 |
|---|---|---|
| 経営者の評価を検討する期間 | 実務上、少なくとも決算日から1年間 | 少なくとも財務諸表の公表の承認日後1年間 |
| 監査報告書への記載(重要な不確実性あり) | 独立した区分に記載 | 変更なし |
| 監査報告書への記載(重要な不確実性なし) | 規定なし | 独立した区分に記載 |
| 経営者の評価をどう検討したかの説明 | 規定なし | 上場会社等の監査で、一定の場合に記載 |
| 不正への対応 | 監査基準と不正リスク対応基準で対応 | 基準は改訂せず、実務の指針で対応 |
不正対応は基準を改めず、実務の指針で
もう一つの論点は不正だ。公開草案によると、国内外で重要な虚偽表示の原因となる不正が起き、監査人の役割と責任に疑問が呈されたことから、不正に関する国際監査基準が改訂された。監査人の責任の明確化、リスクの識別と評価に関する手続きの拡充、監査役等とのコミュニケーション強化などが柱で、監査報告書に不正に関連する「監査上の主要な検討事項」を書く場合には、不正に関する事項だと分かる見出しを付けることなども求めている。
国内でも不正会計事案が相次ぎ、監査部会の審議では、不正に関する監査の基準の適用状況を改めて確認すべきではないか、財務諸表を作る経営者の責任も検討が必要ではないか、といった意見が出たという。部会はこれを受け、国際監査基準と国内の監査基準や不正リスク対応基準との整合性を点検した。
結論は、基準そのものは改訂しないというものだった。2013年(平成25年)に設けられた不正リスク対応基準が、不正の疑いを示す状況を見つけた際に経営者へ説明を求め、追加の手続きを行うことなどを既に定めており、国際監査基準が新たに設けた対応を「先駆けて」取り入れているためだと説明している。見出しの付け方など個別具体的な対応は、実務の指針で対応するのが適切とした。
あわせて公開草案は、不正の責任は一義的には財務諸表を作る経営者が負うとし、企業統治のあり方を含めた幅広い取り組みが重要だと指摘した。2008年4月の内部統制報告制度の適用、2017年3月の監査法人のガバナンス・コードの策定、2023年4月の上場会社等の監査に関する登録制の導入などに触れたうえで、監査人に対し、上場会社に限らず全ての監査で職業的専門家としての懐疑心の重要性を再認識するよう求めている。
2028年3月期から、会計士協会が指針づくりへ
改訂後の監査基準は、2028年3月決算に係る財務諸表の監査から実施する。公開草案は、実施にあたって関係法令の整備を行うことが適当だとしている。また、実務に適用するための指針について、日本公認会計士協会に対し、関係者と協議のうえ早急に作成するよう要請した。
意見の受け付けは11月16日午後5時(必着)まで。e-Govパブリック・コメントのほか郵便でも受け付け、電話による意見は受け付けない。氏名または名称、職業または業種、連絡先、理由を付記する必要がある。金融庁は、意見を寄せた人の氏名や名称は開示請求があれば意見の内容とともに開示するとしており、匿名を希望する場合は意見の冒頭に明記するよう求めている。個別の回答はしない。問い合わせ先は金融庁企画市場局企業開示課。
公開草案は改訂の目的を、継続企業の前提について監査人により適切な対応を求めるとともに、説明と情報提供を一層充実させることだと説明している。改訂案どおりに決まれば、重要な不確実性が無い企業の監査報告書にも継続企業の前提に関する区分が設けられ、投資家は監査人が経営者の評価をどう確かめたかを読み取れるようになる。
