公正取引委員会は10月1日、中小受託取引適正化法(取適法)の運用基準と、フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス法)の考え方を改正したと発表した。発注した仕事の成果物とは別に、受託側に生じた知的財産やノウハウを対価を払わずに譲渡・許諾させる行為を、どこまで違反とみるかを書き直したものだ。6月24日に公取委・中小企業庁・特許庁が公表した「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」(知財取引指針)を踏まえ、同じ日に公表した改正案に20件の意見が出て、技術的な修正を加えたうえで確定した。
「知的財産権」から「知的財産権等」へ ノウハウと技術データが入った
改正の軸は、用語の置き換えにある。運用基準と考え方の両方で、これまで「知的財産権」と書いていた箇所が「知的財産権等」に変わった。その定義は「知的財産権及び技術上又は営業上の秘密等(ノウハウを含む。)」と新たに書き込まれた。特許権や著作権のように権利として登録・成立するものだけでなく、図面や加工データ、現場のノウハウといった権利の形をとらないものも、同じ枠で扱われることになる。
製造委託の違反行為事例でも、この置き換えが見て取れる。金型の製造を委託した発注者が、海外で安く作らせるために受託側の作った資料を対価なしで出させる、という例の見出しは「設計図等の無償譲渡要請」から「設計・加工データ等の無償提供要請」に改められた。本文の「図面、加工データ等」も「設計・加工データ等」に直されている。図面という紙の形を想定した書き方から、データでやり取りされる現在の実態に寄せた表現だ。
発注時の明示義務についても記述が増えた。知的財産権等の譲渡・許諾等を発注内容(給付の内容)の一部とするときは、その範囲を明示する必要があるとしたうえで、「代金の額の決定に当たり、委託した情報成果物等とともに、当該知的財産権等の譲渡・許諾等の範囲を勘案する必要がある」との一文が加わった。逆に、譲渡・許諾を発注内容とせず別の取引として受けるときは、範囲と対価を明確にするよう留意する必要があるとした。下請法は今年1月に「取適法」へ 施行後の勧告14件のうち9件は「金型の保管費用」 トリドールには1億4741万円の返還指示のとおり、取適法は2026年1月1日に施行された新しい法律で、運用基準はその条文の読み方を公取委が示した文書にあたる。
違反例を2つ新設 グッズ化とプロモーション動画の著作権
対価を払わずに知的財産権等を譲渡・許諾させる行為は、取適法では第5条第2項第2号、フリーランス法では第5条第2項第1号が禁じる「自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」に当たる。この「不当な経済上の利益の提供要請」の事例に、情報成果物の作成委託の分野で2つの例が加わった。
1つは、ポスターに使うキャラクターデザインの作成を委託し、作成作業の対価とポスターへの利用許諾の対価を勘案した代金を支払ったあと、そのデザインでキャラクターグッズも作ることにしたが、その利用についての対価を一切払わなかった場合だ。発注内容に含まれない用途まで無償で使ったことになる、という整理である。
もう1つは、プロモーション動画の作成を委託する際に、動画の著作権の譲渡が発注内容に含まれるかを明確にしていなかったにもかかわらず、納品時に著作権の譲渡も求め、受託側が対価の説明を求めたのに、代金の内訳や算定根拠を具体的に説明せず「発注内容に含まれていた」として無償で譲渡させた場合だ。既存の例はテレビ番組の未使用映像素材に関するもの1つだけだったため、発注内容の線引きが曖昧なまま権利を取る類型が、新たに名指しされた形になる。
公取委は意見への回答のなかで、代金交渉そのものについても踏み込んだ。発注内容の一部に知的財産権等の譲渡・許諾が含まれている場合に、受託側が対価の考え方の説明を求めたのに、具体的な理由の説明や情報の提供をせず一方的に決めた総額を提示することは、取適法第5条第2項第4号の「協議に応じない一方的な代金決定」に当たるおそれがあるとした。知的財産権等が含まれているのに、その対価を考慮せず通常より低い代金を定めることが買いたたき(取適法第5条第1項第5号)に当たるおそれがある点も、改めて示されている。
直前のキャンセルも「やり直し」の違反例に
今回の改正は知的財産の扱いだけにとどまらない。発注内容の変更とやり直しを禁じる規定の解釈でも、受託側が負担するものの書き方が「費用」から「費用・損失」に広げられた。作業が無駄になったり追加の作業が必要になったときに発注者が負担すべき範囲に、実際にかかった費用だけでなく受託側に生じた損失も含まれることが、条文の解釈として明記された。
さらに、発注者が費用・損失を負担せずにやり直しを求めることが認められないケースとして、新しい項目が1つ加わった。相当の期間にわたって仕事のために受託側に予定を確保させておきながら、発注者の都合で実施の直前に発注を取り消し、その日に受託側が別の仕事をできなくさせた場合である。フリーランス法の考え方にも、ほぼ同じ内容の項目が新設された。実施日が決まっている業務を抱えるフリーランスや小規模事業者にとって、直前のキャンセルが具体的な違反例として示された点が実務上の変化になる。
1年あまりの検討を経た指針から
今回の改正は、2025年8月以降に公取委・中企庁・特許庁が開いてきた「知的財産取引適正化ワーキンググループ」(座長は桜坂法律事務所の林いづみ弁護士)の議論に端を発する。同グループは2026年3月11日に報告書を公表し、これを踏まえて3月30日に知財取引指針の案と附属資料の契約書ひな形の案が示された。4月28日を期限とした意見募集では47件の意見が出て、原案を一部変更したうえで6月24日に指針が確定した。中企庁は同じ日に、受託中小企業振興法第3条第1項に基づく振興基準を改正し、この指針を引用している。
運用基準と考え方の改正案は、指針の確定と同じ6月24日に意見募集が始まり、7月23日が期限だった。寄せられた20件のなかには、成果物と知的財産が一体で作られる製造業では対価を総額で定めるほうが合理的な場合も多く、見積書や発注書にどこまで内訳を書けばよいかの基準が明確でない、という事業者の指摘もあった。公取委は、取引の内容や性質、成果物の特性、業界の商慣習などに照らして総額で包括的に設定することが合理的な場合もあるとしつつ、譲渡・許諾の範囲は受託側が理解できる程度に明示する必要があるとの立場を示した。知的財産権等を扱う取引の事例は、今後必要に応じて中小受託取引適正化法のテキストなどで示す予定だとしている。
受託側が知的財産でどこまで対価を得られているかは、統計にも表れている。中小企業の特許出願は全体の13.4%に低下 前年の16.0%から 企業数では99.7%を占めるのに 特許行政年次報告書2026年版で示したように、権利として押さえる動きそのものが広がっているとは言いがたい。今回の改正は、権利の形になっていないノウハウやデータも対価の対象だと行政の解釈として書き込んだもので、実際に代金交渉の場で使われるかどうかが次の焦点になる。
