三重県議会は10月16日の本会議で、悪質なカスタマーハラスメント(カスハラ)を行った客に知事が禁止命令を出し、命令に従わない者に罰則を科す「三重県カスタマーハラスメント防止条例案」(議案第98号)を原案どおり可決した。議会が公表した審議結果によると、表決に加わった45人全員が賛成し、反対はなかった。
県は、知事が9月14日に議会へ示した提案説明で、この条例を「悪質なカスハラ行為への禁止命令違反に罰則を科す全国初の条例」と位置づけている。施行は2027年4月1日で、県の議案概要によると一部の規定は公布の日から施行する。
「何人も、カスハラを行ってはならない」
条例の骨格は、県が6月に公表した「最終案」で確かめられる(以下、条文の内容は最終案による。議会に提出された議案の本文そのものは確認できていない)。最終案は5章21条と附則からなり、総則、カスハラ防止施策の推進、特定カスタマーハラスメント、雑則、罰則の順に並ぶ。県が9月に示した議案概要の章立ても同じ5つである。
第2条はカスハラを、顧客等による就業者への行為のうち「申出の内容又は行為の手段若しくは態様が社会通念上相当な範囲を超えて行われる著しい迷惑行為」で、就業者の就業環境を害するものと定義する。「顧客等」には商品やサービスを受ける人だけでなく、受ける可能性がある人、その親族や同居人、事業に関係する者も含む。守られる「就業者」は、雇われて賃金を受ける人に加え、事業者の役員や代表者、業務に従事する代表者の同居の親族まで広げている。
そのうえで第4条は「何人も、カスタマーハラスメントを行ってはならない」と定める。ただ、この一般的な禁止そのものに罰則は付いていない。罰則の対象になるのは、後で述べる「特定カスタマーハラスメント」に出された知事の禁止命令に違反した場合に限られる。
第5条には、条例を使う際に「顧客等からの要望の申出や権利行使等が不当に妨げられることのないよう十分に留意しなければならない」という注意規定を置いた。正当な苦情まで萎縮させるのではないかという懸念への手当てで、三重県知事は6月4日の定例会見で、この規定を挙げて「正当な苦情については配慮する必要がある」と説明している。
県、顧客等、事業者、事業者団体、就業者には、それぞれ努力義務としての責務を課した。県は防止の指針と計画を作って公表し、情報提供や啓発、消費生活と就業環境の相談に当たる。事業者には、基本方針の策定と公表、体制の整備、対応の手引の作成などに努めるよう求め、従業員がカスハラを受けたときは速やかに安全を確保し、相手に中止を求めるよう定めた。自社の従業員が取引先に対して客の立場でカスハラをしないよう措置を講じる努力義務もある。
罰則に至るまで、申し出から審査会、禁止命令の順
罰則の対象を絞り込むのが第3章の「特定カスタマーハラスメント」である。最終案の第15条は、次の4つの類型を挙げる。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 正当な理由なく、長時間・反復して、金銭や物品の要求、謝罪・面会の要求、拒否された後の著しく対応困難な要求を行う |
| 2 | 正当な理由なく、大声や虚偽の申し立てなど就業者を著しく不安にさせる方法で、1の要求を行う |
| 3 | 正当な理由なく、長時間・反復して、卑わいな言動やつきまといを行う |
| 4 | 正当な理由なく、就業者を著しく羞恥させたり不安を覚えさせたりする方法で、3の行為を行う |
出典: 三重県雇用経済部「三重県カスタマーハラスメント防止条例 最終案」
手続きは段階を踏む。まず事業者が、従業員の安全確保や相手への中止要求をしたにもかかわらず特定カスハラが止まらないとき、規則で定める手続きに従って知事に申し出る。申し出られるのは事業者で、従業員個人ではない。
知事は申し出を受けると、特定カスハラを行った客に対し、その事業者に特定カスハラをしないよう命じることができる。ただし命令の前には、知事の附属機関として置く「三重県カスタマーハラスメント防止対策審査会」の意見を聴かなければならず、審査会に諮ることは相手の客にも通知する。審査会は関係者に資料の提出や説明を求めることができ、審査の対象者に書面で意見を出す機会を与えることもできる。
禁止命令の効力は、命令した日から1年以内である。知事は、一般に周知する必要があると認められる範囲で命令の内容を公表できる。そして第21条が、この命令に違反した者を「五十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に処すると定めている。
知事は同じ会見で手続きの流れを問われ、申し出は証拠を添えて行うため「録画とか録音は非常に大事になってきます」と述べた。審査会には弁護士や学識経験者に入ってもらい、条例で禁じた特定カスハラに当たるかを確かめたうえで禁止命令を出し、それに違反した場合に罰則をかける「立て付け」だと説明している。
公表や過料ではなく「罰金」を選んだ理由
罰則を罰金という刑事罰にした理由について、知事は同じ会見で経緯を語っている。県は当初、悪質な客の氏名公表も考えたが、名誉毀損との関係があって難しいと判断した。次に行政罰の過料を検討したが、行政庁の判断だけで科せる過料より「司法の手続をかました方がいいだろう」と考え、罰則規定を設けることにしたという。
刑事罰を条例に盛り込むには検察との協議が要る。知事は会見で、罰則について法務省・検察庁と約10カ月にわたって調整し、検察庁から「今の県の案で特段の問題がない」との回答を得たと明らかにした。司法手続きを経ることで、カスハラをしたとされる人の人権も守れると述べている。
知事は条例をつくる動機について、東京都や北海道などのカスハラ条例は罰則がなく「理念条例にとどまっています」と指摘し、国の法改正も同様だとの認識を示した。カスハラで心を病み、職を辞さざるを得ない人がいる実態を踏まえ、抑止力として罰則付きで対応する方がよいと判断したという。労働組合のほか、県の聞き取りでは交通事業者、小売事業者、医療関係者からも同様の声があったと説明した。一方で「本当は国で作ってもらうのがいい」「日本全体でそうするべきではないか」とも語っている。
条例案は中間案の段階で意見を募り、2026年3月11日から4月10日までに69件の意見が寄せられた。県はこれを踏まえて6月に最終案を公表し、9月14日の追加提案で議会に提出した。
国の義務化は事業主向け、条例は客の側にも踏み込む
カスハラをめぐっては、国の改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から事業主にカスハラ対策の措置が義務づけられた。厚生労働省のリーフレットは、職場のカスハラを「顧客等の言動」で、業務の性質などに照らして「社会通念上許容される範囲を超えた」ものにより、労働者の就業環境が害されるもの、と三つの要素で定義している。国の制度の中身はカスハラ対策義務化、2026年10月1日に施行 企業規模の例外なく全ての事業主が対象 勧告に従わなければ公表、報告しなければ20万円以下の過料で整理している。
国の法律が義務を課す相手は事業主で、相談体制の整備などを求める内容だ。三重県の条例も事業者に対策を求める点は共通するが、それに加えて、悪質な行為を繰り返す客本人に知事が命令を出し、従わなければ刑事罰を科す道を設けた。条例の対象は県内で事業を行う事業者とその就業者で、法人や団体は従業員を使用するものに限られる。
消費者庁も10月1日、客の側に自分の言動を振り返ってもらう啓発冊子を公表している(カスハラ防止、消費者庁が「客の側」向けの冊子を公表 事業主の対策義務化と同じ10月1日 9つの質問で自分の言動を振り返る)。三重県の条例は、こうした客の側への働きかけを、禁止と罰則を伴う形で条例に定めた。
録音・録画機器に補助、小規模事業者が対象
県議会は同じ10月16日、条例に合わせた一般会計補正予算(第5号、議案第97号)も全会一致で可決した。県内の小規模事業者が録音・録画機器を導入する費用を補助するため、2,000万円を計上した。財源は国庫支出金で、県の財政課の資料によると物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金を活用する。
財政課の概要によると、新設する「カスタマーハラスメント防止対策促進補助金」の対象は、県内に主たる事業所を置く事業者のうち、卸売業・小売業・サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)は従業員5人以下、製造業その他は20人以下のところだ。補助の対象は録音・録画機器の新規導入にかかる機器購入や設置工事の費用で、補助率は2分の1、上限は20万円(下限5万円)とした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 予算額 | 2,000万円(新規) |
| 対象事業者 | 卸売・小売・サービス業(宿泊・娯楽業を除く)は5人以下、製造業その他は20人以下 |
| 対象経費 | 録音・録画機器の新規導入(機器購入、設置工事等) |
| 要件 | カスハラ防止の基本方針を策定・周知済み、県のカスハラ防止セミナーの受講実績、対象機器が未導入 |
| 補助率・上限 | 2分の1、上限20万円(下限5万円) |
出典: 三重県総務部財政課「令和8年度9月補正予算(その2)の概要」
補助を受けるには、カスハラ防止の基本方針を作って周知していること、県が開くカスハラ防止セミナーを受講していること、対象機器をまだ導入していないことの3つをすべて満たす必要がある。知事は提案説明で、条例案の提出に先立ち事業者向けの相談窓口も設けたと述べている。
施行までの約半年で、県は条例が求める指針と計画、申し出の手続きを定める規則、審査会の組織を定める。指針には、カスハラの内容、各主体の責務、県の施策、事業者の取組を盛り込むと最終案の第11条は定めている。
