消費者庁は10月1日、カスタマーハラスメント(カスハラ)の防止に向けた消費者向けの啓発冊子「より良いコミュニケーションのヒント ひと呼吸おいて考えてみよう その一言 ~カスタマーハラスメント防止に向けて~」を公表した。消費者教育推進課が、令和7年度に実施した「カスタマーハラスメントに係る消費者の意識(心理、行動)に関する調査」を踏まえ、有識者の知見を加えてまとめたものだ。

公表した日は、改正労働施策総合推進法の施行で、カスハラを防ぐ措置が全ての事業主の義務になった日と同じである。

法律が縛るのは事業主、冊子が向くのは客の側

厚生労働省のリーフレットによると、10月1日から事業主が必ず講じなければならない措置は10項目ある。毅然とした態度で対応し労働者を保護する方針の明確化と周知、相談窓口の設置と担当者の対応力の確保、事実関係の迅速な確認、被害者への配慮、再発防止、悪質な事案への対処方針の事前決定、相談者のプライバシー保護、相談を理由とする不利益取扱いの禁止などだ。

ただし、義務がかかるのは事業主であって、迷惑行為をした客に罰則が及ぶわけではない。法律が客の側に向けているのは、労働者の責務として定めた「他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うこと」という一文で、働く人が買い物客や利用者の立場に回ったときを指す。事業主にも、労働者がそうした注意を払うよう研修などで配慮する責務が置かれた。

つまり、客としてふるまう場面を直接規律する仕組みはない。消費者庁の冊子はその空白に働きかけるもので、冊子の冒頭は「事業者に対する申し入れは、消費者の正当な権利行使です」と断ったうえで、「ちょっとした『勘違い』や『すれ違い』が原因となり、更にはその時の状況などもあり、言動がエスカレートしてしまう時もある」と書いている。義務化の中身は、カスハラ対策、10月1日から全ての事業主に義務 「社会通念上許容される範囲を超えた顧客の言動」が対象 相談があった企業は19.5%から27.9%へ で詳しく整理している。

9つの質問で自分の傾向を振り返る

冊子の前半は、買い物や食事のときの言動を自分で振り返るシートである。「1:ほとんど当てはまらない」から「5:とても当てはまる」までの5段階で、9つの質問に答える形式だ。質問はA・B・Cの3群に分かれている。

A群は「早くするように、無理に急がせることがある」「お店のルールや方針に不満を感じることがある」「SNSやインターネット上で攻撃的な書き込みをすることがある」。B群は「対応者がやっている仕事や手続きを、無理やり中断させることがある」「何度も同じクレームを繰り返すことがある」「対応者に攻撃的な態度をとることがある」。C群は「お店や対応者に対する要望が、矛盾することがある」「要求が、曖昧になることがある」「ごくごくささいなことなのに、それに腹を立てることがある」である。

4と5が多かった群に応じて、A群は「思い込みが優先しがちかも」、B群は「気持ちがダッシュしがちかも」、C群は「もやもやが満タンになりがちかも」と名づけ、解説が付く。A群なら「お客様側からは見えていない事情があるのかもしれないと想像してみましょう」、B群なら「自分の正当性を強い言葉で主張するよりも、相手への共感を示す柔らかい言葉を添えたほうが、結果的に、あなたの目的には近道かもしれません」という書き方だ。誰かを評価したり良し悪しを判定したりするものではない、と冊子は注記している。

不満は「構造的」と「感覚的」に分かれる

監修したのは東洋大学大学院の社会心理学専攻長・教授の桐生正幸氏と、予防医学者で一般社団法人ココロバランス研究所代表理事の島田恭子氏の2人である。

桐生氏はまとめの章で、消費者が店などのサービスに感じる不満は大きく二つに分かれると説明している。一つは説明不足や対応の遅れといった、サービスの仕組みや運用にかかわる「構造的な不満」。もう一つは言葉遣いや態度、場の雰囲気など、対人接触の中で生じる「感覚的な不満」だ。前者は「サービスとして適切か」という評価の観点から、後者は「自分がどう扱われているのか」という感情的体験から生じるものと位置づけている。

この二分は事業者側の対策にもつながる。桐生氏は、構造的な不満には待ち時間の見通しや手続の理由、対応の基準を組織として見直して納得感と透明性を高めること、感覚的な不満には対応者の第一声の印象や表情、視線、説明の間の取り方への細かな配慮を挙げ、苦情対応の技術を伝えるだけの社内研修では足りないとしている。

事例はコールセンターから飲食店まで4場面

冊子の中心は、コールセンター、公共交通機関、小売業、飲食業の4場面を扱うケーススタディである。

コールセンター編は、半年前に予約した航空券の座席を上げようと電話した会社員が、20分待たされたうえに「座席の変更は承りかねます」と告げられ、「半年も前に予約したのに優遇もないのか」「上の者を出せ」と語気を強めていく筋立てだ。解説では、待ち時間によるいらだちの蓄積、「自分は正しい要求をしている」という思い込み、怒りに支配されて本来の目的を見失う流れを矢印で示す一方、店側についても長い待ち時間への説明と謝罪が少ないこと、代替案を出すタイミングが遅いことを並べている。島田氏は、強い怒りを感じると目の前の障害だけに意識が集中する「近視眼的思考」に陥ると指摘し、自分の状態を一歩引いて観察する「メタ認知」と、本来の目的に立ち返る「目的志向」を挙げている。

厚労省も事業主向けに「消費者の心理や障害特性、認知症の症状に係る啓発資料のご案内」というリーフレットを出し、顧客への理解を深める研修の材料として、消費者庁の別の啓発冊子「ぼのぼのと考えよう カスハラってなんのこと?」を紹介している。カスハラ対策を講じる際は、消費者の心理や障害特性などについての資料の配付や研修の実施により労働者の顧客等への理解を深めることが望ましい、とされているためだ。同じリーフレットは、障害特性を理解するための内閣府の対応指針や、認知症に関する資料もあわせて挙げている。

冊子はワークシートを含めて消費者庁のサイトから無料でダウンロードできる。紙の冊子も上限100部で申し込みを受け付けており、送付は11月以降の予定である。