『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受けた作家の村上龍(むらかみ・りゅう)さんが10月17日、自宅で亡くなった。74歳だった。有限会社村上龍事務所と株式会社幻冬舎編集本部が23日、連名の「ご逝去のお知らせ」で公表した。死因は公表されていない。

家族葬で見送り、弔問や取材は辞退

発表によると、葬儀は家族葬として執り行った。遺族の希望で、弔問、香典、供花、弔電、供物はいずれも辞退するとしている。あわせて「ご遺族ならびに近親者への取材やお問い合わせなどは、くれぐれもお控えくださいますようお願い申し上げます」と求めた。お別れの会などの予定は、発表には書かれていない。

発表文は村上さんの歩みを「『限りなく透明に近いブルー』に始まり、常に若い世代に向けて衝撃的な作品を発表し続けた」とまとめ、「早すぎる逝去の報せを受け、深い悲しみに堪えません」と結んでいる。発表には3ページの著作物一覧が添えられ、1976年のデビュー作から2023年の『ユーチューバー』まで、小説・エッセイ・絵本などが発表順に並ぶ。

大学在学中のデビュー作で芥川賞

村上さんは1952年、長崎県生まれ。発表に付いたプロフィールによると、大学在学中に書いた『限りなく透明に近いブルー』で1976年に第19回群像新人文学賞を受け、続いて第75回芥川賞を受賞した。芥川賞を主催する日本文学振興会の受賞者一覧でも、第75回(1976年上半期)の受賞作として、掲載誌「群像」とともに載っている。

同作は単行本と文庫を合わせて約350万部が売れた。1980年には『コインロッカー・ベイビーズ』で第3回野間文芸新人賞を受けた。

小説の映画化には自ら関わった。バブル経済期の東京で女性たちの孤独を描いた『トパーズ』と、少女の再生の旅を描いた『KYOKO』は、村上さん自身が監督と脚本を務めて映画にした。

「降伏しなかった日本」から職業図鑑まで

1994年には、第2次世界大戦で日本が降伏しなかった世界を舞台にした『五分後の世界』を発表した。1997年の『イン ザ・ミソスープ』で第49回読売文学賞、2000年の『共生虫』で谷崎潤一郎賞を受けた。2005年の『半島を出よ』は、第58回野間文芸賞と第59回毎日出版文化賞の2つを受賞した。2010年の『歌うクジラ』は毎日芸術賞を受けている。

小説以外の仕事も多い。2003年の『13歳のハローワーク』は、「好きなこと」を入り口に600種類以上の職業を紹介した職業図鑑で、発行部数は180万部を超えた。2010年には続編の『新 13歳のハローワーク』を出した。エッセイ『すべての男は消耗品である。』は1987年から2018年まで書き継がれ、全12巻になった。2012年には小説『55歳からのハローライフ』を出している。

主な受賞は次のとおり。

年 作品 賞
1976 限りなく透明に近いブルー 群像新人文学賞(第19回)・芥川賞(第75回)
1980 コインロッカー・ベイビーズ 野間文芸新人賞(第3回)
1997 イン ザ・ミソスープ 読売文学賞(第49回)
2000 共生虫 谷崎潤一郎賞
2005 半島を出よ 野間文芸賞(第58回)・毎日出版文化賞(第59回)
2010 歌うクジラ 毎日芸術賞
村上龍さんの主な受賞作(年は作品の発表年)

出典: 村上龍事務所・幻冬舎編集本部「村上龍氏 ご逝去のお知らせ」のプロフィールと著作物一覧、日本文学振興会「芥川賞受賞者一覧」

著作物一覧にはこのほか、1995年の『村上龍映画小説集』に平林たい子文学賞と記されている。

「カンブリア宮殿」を20年

村上さんは作家活動と並行して、テレビ東京の経済トーク番組「カンブリア宮殿」に出演した。2006年4月の放送開始から、俳優の小池栄子さんと2人で企業のトップをゲストに迎えてきた。幻冬舎などの発表は、村上さんが約20年にわたってメインインタビュアーを務めたと記している。

テレビ東京は2026年1月16日、放送開始から20年の節目に番組を改め、「番組初となるMC交代」を行うと発表した。4月2日の放送から、村上さんの後任として作家の金原ひとみさんがメインインタビュアーに就き、音楽クリエイターのヒャダインさんとともに聞き手を務めている。金原さんは就任にあたり、「自分にとっても村上龍さんと小池栄子さんというお二人とともにあるのが当たり前になっていた番組」とのコメントを寄せていた。

発表によると、遺作は2023年の小説『ユーチューバー』だった。著作物一覧には、1976年のデビュー作から同作までの47年間に出た87点(全12巻の『すべての男は消耗品である。』は1点として数えた)が並ぶ。