厚生労働省は10月19日、事業者が職場で労働者の健康づくりに取り組む際の手順を定めた「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」を改正し、公示した。適用は同日から。これまでの指針は運動や食事など生活習慣の改善による病気の予防を中心にしていたが、改正後は、がん検診や女性特有の健康課題などの検査を受けるよう勧めること、結果に応じて精密検査や専門医の受診を勧めることを、事業者が講じる措置として明記した。検診の費用助成や受診のための特別休暇も、取り組みの例に挙げている。
予防を「一次」と「二次」に分けて書き込む
指針は労働安全衛生法第70条の2第1項に基づいて国が公表するもので、同法第69条第1項が事業者に「講ずるよう努める」ことを求めている労働者の健康の保持増進のための措置について、原則的な実施方法を示している。法律上は努力義務で、指針自身も、全ての措置の実施が難しい場合は「可能なものから実施する等」、事業場の実態に合わせて取り組むことが望ましいとしている。
今回の改正の中心は、予防の考え方を2段階に分けて書き込んだことにある。新しい指針は、生活習慣の改善などによって病気の発症を防ぐことを「一次予防」、健康診断などによる病気の早期発見や早期治療を「二次予防」と定義した。そのうえで、健康の保持増進は一次予防を主として取り組むが、二次予防を行うことで、病気の発症や重症化、病気による死亡を防ぐことができると位置づけた。二次予防は、事業場の実情に応じて医療保険者などと連携しながら進めることが適当だとしている。
厚労省は公示の中で、改正の狙いを、二次予防を健康保持増進措置として「指針上に明確に位置づける」とともに、医療保険者などとの連携や、治療と就業の両立支援の取り組みを明記して、労働者の健康保持増進対策を一層進めることだと説明している。
指針の冒頭にある「趣旨」の項には、がんに関する記述が新たに加わった。がんは日本の死因の第1位で、年間に亡くなる人の約4人に1人ががんで亡くなっており、生涯のうちに約2人に1人がかかると推計されているという内容だ。対象となる労働者についても、「就業形態にかかわらず」全ての労働者とする文言が加わった。
対象は5つのがんと女性特有の健康課題など
改正後の指針は、事業者が実施する健康保持増進措置の項目を4つに整理した。改正前は「健康指導」と「その他の健康保持増進措置」の2つで、健康教育は「その他」の中に含まれていた。新しい指針は健康教育を独立した項目として先頭に置き、二次予防の取り組みを新たな項目として加えた。
| 項目 | 主な内容 |
|---|---|
| 健康教育 | 生活習慣の改善などの一次予防に加え、がん検診などの科学的根拠や意義、精密検査を受ける必要性、自治体や医療保険者の検診の利用を教える |
| 健康指導 | 運動指導、メンタルヘルスケア、栄養指導、口腔保健指導、保健指導。本人の同意を得て検査結果を把握した場合は、精密検査の受診勧奨や治療に向けた保健指導 |
| 二次予防に関する取組 | 5つのがんの検診と精密検査の受診勧奨。女性特有の健康課題、歯科疾患、骨粗しょう症、眼科疾患などの検査と専門医への受診勧奨 |
| その他 | 健康相談、啓発活動や環境づくり、治療と就業の両立支援指針などの内容 |
5つのがんは、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんを指す。健康増進法に基づいて市区町村が実施する検診として、国が「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」で推奨しているものだ。女性特有の健康課題としては、月経不順、月経困難症、過多月経、月経前症候群、更年期障害などを挙げている。
費用助成や特別休暇を例示
二次予防の進め方として、指針は2つの方法を示した。一つは、事業者が自ら、または医療保険者と連携して実施する健康診断の機会を使い、検診などを受ける機会を設けること。もう一つは、労働者が住む市町村で実施されている健康増進法に基づく検診を受けるよう勧め、受診のための休暇を与えることなどだ。いずれも事業場の実態に合わせて実施するとしている。
受診や精密検査を後押しするための取り組みとしては、次のようなものを「効果的」として並べた。啓発パンフレットの配布、ポスターやサイトへの社内掲示、全ての労働者を対象にしたメールや社内通達、健康診断の実施者に精密検査の受診勧奨を業務委託すること、医療保険者が実施する健康診断の案内、自治体の検診や健康相談の利用勧奨、がん検診などの費用助成、がん検診などを受けるための特別休暇の付与、労働者が安心して受診できるようにするための治療と就業の両立支援の周知である。
検査の質についての注意も加わった。職場で検診の機会を設けるときは、健康増進法に基づく「健康増進事業実施者に対する健康診査の実施等に関する指針」が定める検診プログラムの要件や、がん検診を含む健康診査の精度管理に留意するよう求めている。
医療保険者との連携と健康情報の扱い
改正後の指針は、健康保険組合などの医療保険者との連携を随所で求めている。医療保険者が実施するがん検診などを利用することや、定期健康診断の結果の記録など、労働者の健康状態を把握できる数値を医療保険者と共有し、事業場の内外の集団と比べて取り組みの決定に生かすことが重要だとした。事業者が経営の視点から健康管理を考え、取り組みを将来の収益性を高める投資として戦略的に実践することも、労働生産性の向上の観点から重要だとする記述が加わった。
一方で、健康情報の扱いには配慮を求めている。がん検診などの結果を踏まえた保健指導は「労働者本人の同意を得て検査結果を把握した場合」に限って挙げられている。健康測定などの事務に従事した人は、労働者から得た健康情報を本人の健康保持増進に必要な範囲を超えて使ってはならず、事業者を含む第三者が本人の同意を得て情報を取得した場合も同じだとしている。
治療と仕事の両立については、2026年2月10日に告示された「治療と就業の両立支援指針」に基づいて必要な措置を講じることが望ましいとする項目を新たに設けた。
1988年の制定から13回目の改正
この指針は1988年(昭和63年)9月1日に制定された。今回は13回目の改正で、直近では2026年2月10日に第12号として改正されていた。2月の改正後の指針は、高年齢労働者が転倒などの労働災害に遭うのを防ぐため、体の機能のセルフチェックやフレイルチェック、ロコモ度テストなどの健康測定を例に挙げており、これらの記述は今回の改正後も残っている。
指針は、事業者が健康づくりを進める手順も定めている。まず事業者が健康保持増進方針を表明し、推進体制を整え、事業場の課題を把握する。そのうえで目標を設定して措置を決め、具体的な実施事項と日程を盛り込んだ計画を作り、実施した結果を評価して次の目標や措置に反映させる。課題の把握や目標の設定には、定期健康診断の結果や、医療保険者から提供される集団間の比較データなど、客観的な数値を使うことが望ましいとしている。推進の単位は事業場ごとだけでなく、企業単位で取り組むことも考えられるとした。
今回の改正で、指針が扱う範囲は、生活習慣病の予防やメンタルヘルスケアから、がんなどの早期発見と、治療しながら働き続けるための支援までに広がった。指針は努力義務の手順を示すもので、どの取り組みをどこまで実施するかは、衛生委員会などで労働者の意見を聴きながら、各事業場が実態に即して決めることになる。衛生委員会の設置義務がない小規模事業場でも、労働者の意見が反映されるようにすることが必要だとしている。
