文化審議会(会長・日比野克彦氏)は10月16日、華道の「立花(りっか)」、日本酒の「吟醸造り」、「京料理(会席)」の3件を重要無形文化財に新たに指定し、それぞれの保持者として、華道家元池坊の池坊專永(いけのぼう・せんえい)氏(93)、杜氏(とうじ)の農口尚彦(のぐち・なおひこ)氏(93)、京都の料理屋「瓢亭(ひょうてい)」の髙橋英一氏(87)を認定するよう、文部科学大臣に答申した。同日開かれた文化財分科会で審議・議決した。

3件はいずれも重要無形文化財の「生活文化の部」に属する。文化庁の資料によると、同部の指定件数と保持者数はいずれも10月1日時点で0件・0人で、今回の3件・3人が初めての指定・認定になる。3件とも「同分野の既認定者」はいない。官報で告示されると正式に決まる。

生活文化の部で初の指定 3人とも「各個認定」

文化財保護法は、演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で、歴史上または芸術上価値の高いものを「無形文化財」と定めている(第2条)。そのうち重要なものを文部科学大臣が重要無形文化財に指定し、指定に当たっては、そのわざを高度に体得している保持者または保持団体を認定しなければならない(第71条)。指定と認定は官報で告示し、本人に通知して行う。

保持者の認定には3つの方式がある。個人を認める「各個認定」、2人以上が一体となって体得している場合にその団体の構成員を認める「総合認定」、個人的な特色が薄く担い手が多い場合に団体を認める「保持団体認定」である。文化庁は各個認定の保持者を「いわゆる『人間国宝』」と説明しており、今回の3人はいずれも各個認定にあたる。

各個認定の保持者には、技の錬磨向上と伝承者の養成のための経費として「重要無形文化財保存特別助成金」が1人年額200万円交付される。生活文化の部の認定は、毎年1回、保持者の死亡による認定の解除数や生活文化の実態などを踏まえ、文化審議会の専門調査会での調査検討を経て答申される。

重要無形文化財 保持者 生年(年齢) 住所
立花 池坊專永 1933年(93歳) 京都府京都市
吟醸造り 農口尚彦 1932年(93歳) 石川県能登町
京料理(会席) 髙橋英一 1939年(87歳) 京都府京都市
生活文化の部で初めて指定・認定される3件(年齢は2026年10月16日現在)出典: 文化庁「文化審議会の答申(重要無形文化財の指定及び保持者の認定)」

立花 池坊專永氏、終戦の年に四十五世家元を継ぐ

立花は、七つ道具などと呼ばれる「役枝(やくえだ)」を持つ、華道の伝統的な様式の一つだ。文化庁の解説によると、室町時代に座敷飾りなどで飾られた「たて花」から発展し、江戸時代前期に成立した。季節感などを考えて花材を選び、枝を配する寸法を測り、役枝に応じて捌(さば)く・切る・透かす・撓(た)めるなどして整え、花器に立てて山や野、水辺などの自然を一瓶に表す。答申は、華道の古い形を残すもので、生活文化の歴史上特に重要な地位を占め、芸術上も特に価値が高いとした。

池坊氏は1933年、華道家元池坊四十四世家元・池坊專威氏の長男として京都府に生まれた。1945年に父が亡くなり、四十五世家元を継いだ。四十四世家元の高弟だった藤井和氏に師事して修行を重ね、1969年に家元継承後初めての主宰となる全国華道展を開き、1974年には初の個展「こころをいける」を開いた。1977年に池坊中央研修学院を開設し、様式「生花新風体」を、1999年には「立花新風体」を発表している。

答申は、池坊氏が「相生真(あいおいのしん)」や「一色物(いっしきもの)」などの古典様式とその技法を守りながら、幅広い作風の立花を花展などで発表してきた点を挙げた。2024年には登録無形文化財「華道」の保持団体である日本いけばな伝統文化協会の会員になっている。

吟醸造り 農口尚彦氏、全国新酒鑑評会で金賞26回

吟醸造りは、手間と原料を惜しまずに投じて、味と香りを突き詰めた酒(吟醸酒)を造るわざである。文化庁の解説は、精米が酒質と深く関わることが見いだされ、近代以降に精米機が発達した結果、味や香りを造り出す高度なわざが確立し、吟醸造りと呼ばれるようになったと説明している。

農口氏は1932年、能登杜氏だった農口由太郎氏の子として、石川県珠洲郡木郎村(現・鳳珠郡能登町)に生まれた。中学校を卒業して酒造りの世界に入り、70年以上にわたって従事してきた。28歳で製造責任者である杜氏に就き、杜氏歴も60年以上に及ぶ。1961年から1998年まで菊姫合資会社で、その後は鹿野酒造(1998〜2012年)、農口酒造(2013〜2015年)で杜氏を務め、2017年からは農口尚彦研究所で杜氏を務めている。

吟醸造りのわざを競う全国新酒鑑評会では、1967年に初めて金賞を受けてから、最上位の金賞を計26回獲得した。答申は、農口氏を昭和50年代(1975〜84年)以降の吟醸酒ブームを牽引(けんいん)した功労者の一人とし、各地の酒の愛好会で評価を得て吟醸酒の名声を高めたと評価した。多くの杜氏を育てたことも挙げている。2021年には登録無形文化財「伝統的酒造り」の保持団体の会員となり、2026年には石川県指定無形文化財「日本酒杜氏」の保持者に認定された。

京料理(会席) 髙橋英一氏、瓢亭の出汁を鮪節に改める

京料理(会席)は、京都の気候風土や伝統行事、風俗慣習を会席料理の内容に反映させ、京都にちなんだ美術工芸品などを部屋のしつらいに生かして、料理屋の伝統と個性を表現し客をもてなすわざだ。会席料理は本膳料理や茶懐石などの影響を受けて江戸時代に形づくられ、京都では寺社の門前や街道沿いの茶屋などが独自に発展させてきた。わざは、献立の考案から調理、器との調和を考えた盛り付けまでの「調理」と、客室の「しつらい」の両方から成る。答申は、地方的な特色が際立つ点も価値に挙げた。

髙橋氏は1939年、京料理の料理屋・瓢亭の第13代主人・髙橋嘉一氏の子として生まれた。1961年に同志社大学を卒業して東京と大阪の日本料理店で修業し、1964年に瓢亭に入った。1967年、父の死去に伴い28歳で店を継いだ。瓢亭は茶事での茶懐石と、茶懐石の要素を取り入れた会席料理で知られる。答申は、髙橋氏が京料理の要である出汁(だし)の質を高めるため、材料を鰹(かつお)節から鮪(まぐろ)節に変えた取り組みを紹介した。

京都料理芽生会の会長を務めた際には、失われかけていた京野菜に目を向け、研究者や若手の農業者と保全に取り組んだ。雑誌『専門料理』での連載を通じて京料理のわざを公開し、料理学校などでも後進を指導している。2013年に京都府指定無形文化財「会席料理」の保持者に認定され、2022年に登録無形文化財「京料理」が登録された際には保持団体・京料理技術保存会の会長に就いた。2025年には文化功労者に選ばれている。

「登録」から「指定」へ 3人とも登録無形文化財の担い手

今回の3人には共通点がある。いずれも、文化財保護法の登録制度による登録無形文化財の保持団体に、会員や会長として関わってきたことだ。池坊氏は「華道」(日本いけばな伝統文化協会)、農口氏は「伝統的酒造り」(日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会)、髙橋氏は「京料理」(京料理技術保存会)の担い手である。

華道、酒造り、料理は、これまで保持団体を単位とする登録無形文化財として扱われてきた。今回の答申は、そうした分野のなかから、特定の様式やわざ(立花、吟醸造り、会席)と、それを高度に体得した個人を、重要無形文化財とその保持者として国が指定・認定するものとなる。農口氏と髙橋氏は、すでに石川県と京都府の無形文化財の保持者にも認定されており、国の指定が重なる形になる。

文部科学大臣が答申どおり指定・認定すれば、官報で告示される。生活文化の部はこれで3件・3人になる。文化庁の参考資料によると、総合認定と保持団体認定はなお0件のままである。