茂木外相は10月16日の記者会見で、ロシア当局が北海道新聞の記者を拘束した事案について、日本時間の同日未明、ロシア側から「領事通報」があったと明らかにした。ただ、日本政府はなお本人と接触できておらず、茂木氏は「一刻も早く領事面会、これを実現すべく、全力で取り組む」と述べた。これに先立つ15日、高市首相は記者会見で、日本政府がロシアでスパイ活動を行っているのかと問われ、「そのような事実はございません」と否定した。ロシア連邦保安庁(FSB)が13日に拘束を発表してから3日。政府の対応は、本人の安全と状況の確認に集中している。
外相「領事通報はあった。だが本人とはまだ接触できていない」
外務省が公表した16日の会見記録によると、茂木氏は、共同通信の記者からロシア側の領事通報を踏まえた今後の措置を問われ、「日本時間の本日の未明、ロシア側から本件に対する『領事通報』、基本的には拘束から3日以内ということになっておりますが、それがあったところであります」と答えた。
領事通報は、外国人を逮捕・拘禁した国が、その人の本国の領事に拘束の事実を知らせる手続きだ。日本政府はこれまで、ロシア側から何の説明も受けていないと抗議してきた。通報が届いたことで、ロシアは拘束の事実を外交上の正式な経路で日本側に伝えたことになる。
一方、通報の中身について茂木氏は、「プライバシーにも関わる問題ですから公表しないことになっております」として明らかにしなかった。そのうえで「まだ本人と接触できておりませんので、一日も早い領事面会を行いまして、先ほど言ったような状況確認をすることが何よりも必要」と述べ、ロシア側に強い働きかけを続け、邦人保護に万全を期すとした。
茂木氏は、ここまでの経過も説明した。ロシア側の発表を受けて翌日に中村仁威欧州局長が駐日ロシア大使を外務省に呼んで申し入れたことに加え、「現地においても様々なルートを通じて、ロシア側に対する強い働きかけを実施してきた」という。
首相「スパイ活動の事実はない」 邦人保護に注力
高市首相は15日、簗前農林水産相の後任人事を説明する会見を開いた。首相官邸が公表した会見録によると、農水相人事の質問に続いて、時事通信の記者が拘束問題を取り上げた。記者は、日本側が領事面会も実現できていない中で、ロシア側が「当該記者が日本政府と連携してスパイ活動を行っていた」という趣旨の発信をしていると指摘し、日本政府が反論も抗議もしないのはなぜか、解放に向けてどう取り組むかを尋ねた。
首相は「既に官房長官会見でもお答えをしていると思いますけれども」と前置きし、「外務省が今一生懸命動いて、ロシア当局に対して申し入れもし、そしてこの面会も含めてですね、求めているという状況でございます」と説明した。そのうえで「とにかく今は邦人の保護という、とても大事なことでございますので、そこに注力をしたい」と述べた。
記者は続けて「日本政府はロシアでスパイ活動を行っているのでしょうか」とただした。首相は「そのような事実はございません」と明確に否定した。ただし、ロシア側が示す容疑については「それぞれ国内法も違いますから、その容疑とおっしゃっていることの詳細もまだわかりません」と述べ、「日本は日本の立場をしっかりと伝えていく」と答えるにとどめた。
政府の公式な説明は、首相と外相のいずれも、容疑の中身に踏み込むより先に、本人との接触と身柄の安全を優先する姿勢で一致している。
条約が定める「3日以内の通報」「4日以内の面会」
茂木氏が言及した「基本的には拘束から3日以内」という期限には、条約上の根拠がある。日本と旧ソ連が1966年7月に東京で署名した「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の領事条約」だ。外務省の条約集に掲載された条文と議定書で確認できる。
条約は第32条で、相手国の国民が逮捕・拘禁されたときは、受け入れ国の当局が「直ちにその旨を適当な領事官に通報するものとする」と定める。領事官には、拘禁された自国民を「遅滞なく」訪問し、通信する権利がある。
条約と一体の議定書は、これに具体的な日数を付けている。主な取り決めは次の通りだ。
| 項目 | 議定書の定め |
|---|---|
| 拘束の通報 | 逮捕・拘禁の時から、通信手段の状況に応じて1日から遅くとも3日まで |
| 領事の訪問・通信 | 逮捕・拘禁の時から、本人の所在する場所に応じて2日から遅くとも4日まで |
| その後の訪問・通信 | 引き続き行使できる(有罪判決を受け服役中の場合も含む) |
議定書の取り決めに照らすと、通報の次に来るのは領事の訪問、つまり面会だ。茂木氏は会見で「一日も早い領事面会」を繰り返した。茂木氏は面会で確認したい点として、本人の健康状態と、本人が事実関係をどう認識しているかを挙げた。
拘束発表から通報までの経過
拘束が明らかになってからの日本政府の主な動きを、外務省と首相官邸の公表資料で整理すると次のようになる。
| 日付 | 動き |
|---|---|
| 10月13日 | FSBがサハリン州で邦人1人を拘束したと発表 |
| 10月14日 | 中村欧州局長がノズドリェフ駐日ロシア大使を召致し、一方的な発信に強く抗議。邦人との接触の機会を迅速に設けるよう要求 |
| 10月15日 | 高市首相が会見で、日本政府のスパイ活動を否定し、邦人保護に注力すると表明 |
| 10月16日未明 | ロシア側から日本側へ領事通報(茂木外相が同日の会見で公表) |
14日の召致について外務省は、中村局長が拘束された邦人の人道的で公平・公正な取り扱いを強く求め、日本政府が説明を受けていない中でロシア側が拘束と発信を一方的に行ったことに強く抗議したと発表している。大使は日本側の立場を本国に伝えると応じた。召致の詳しい内容は外務省、ロシア大使を召致 北海道新聞記者の拘束に抗議、択捉島への中国関係者訪問もで伝えた。
外務省の発表は拘束された人物を「邦人1名」としているが、同日、国民民主党は「北海道新聞特派員」の拘束に強い懸念を示す緊急要請書を出し、新聞労連と北海道新聞労働組合も連名で、記者が記者査証(ビザ)を受けてロシア国内で取材活動をしていたと説明する声明を出した。国民民主党は政府に対し、拘束の根拠の明確化をロシアに求めることや、速やかな領事面会、早期解放に全力を尽くすことを要請している。
抗議の「格上げ」は面会の後に判断
16日の会見では、抗議の水準も問われた。産経新聞の記者は、8月にプーチン大統領が北方領土を訪れた際には外相が自ら抗議したことを挙げ、今回も事案が明らかになり次第、抗議の主体を大臣レベルに引き上げる考えがあるかを尋ねた。
茂木氏はこれに直接は答えず、「まだ、事実関係、これも領事面会が行われておりませんので、本人の健康状態を確認する、それから事実認識を確認する等々を行っていく必要がある」と述べた。そのうえで「状況に応じて、最も適切な働きかけを行っていきたい」とした。現時点では局長による召致が日本政府の正式な抗議の形で、それ以上の措置は領事面会で本人の状況を確かめた後に判断する、という順序を示した形だ。
首相と外相の説明をあわせると、日本政府は当面、ロシア側の容疑の主張に正面から反論するよりも、領事面会の実現を最優先に置いている。ロシア側が議定書の定める面会の期限に沿って日本の領事の訪問を認めるかどうかが、次の焦点になる。
