日本芸術院会員で、演劇評論家の渡辺保(わたなべ・たもつ、本名・渡辺邦夫=わたなべ・くにお)さんが9月9日に亡くなった。日本芸術院がホームページのお知らせ「渡辺保会員の逝去について」で公表した。年齢、死因、葬儀の扱いは、お知らせには書かれていない。

芸術院が「会員の逝去」として公表

芸術院のお知らせは「令和8年9月9日、渡辺保会員(第二部第九分科所属)が逝去されました」と伝え、「謹んでご冥福をお祈りいたします」と結んでいる。お知らせの本文はこの2文だけで、経歴や葬儀の日程は載っていない。

芸術院の会員名簿では、渡辺さんは現会員一覧から外れ、物故会員一覧に移った。個人ページには、筆名の渡辺保とともに本名の渡辺邦夫が載り、没年月日として令和8年9月9日が記されている。

芸術院の資料と、後述する文部科学省の文化功労者の発表には、渡辺さんの生年や年齢、著書の題名は載っていない。本紙はこの記事で、これらの一次資料で確かめられた経歴に限って記した。

演劇の評論家が「文芸」の部に

日本芸術院令は、会員を三つの部に分けて所属させる。第一部は美術、第二部は文芸、第三部は音楽、演劇、舞踊を受け持つ。渡辺さんが所属した第二部第九分科は「評論・翻訳」の分科で、演劇を論じる評論家として、演劇を受け持つ第三部ではなく、文芸の部に属していた。

芸術院の現会員一覧によると、11月1日時点の会員は114人で、このうち第二部は25人。評論・翻訳の分科には、三浦雅士さん、亀山郁夫さん、辻惟雄さんの3人が残る。

日本芸術院は、日本芸術院令で「芸術上の功績顕著な芸術家を優遇するための栄誉機関」と位置づけられている。院長1人と会員120人以内で組織し、会員は部会が選挙で推薦し、総会の承認を経た候補者を、院長の申し出により文部科学大臣が任命する。令は会員を「終身とする」と定めている。

2017年に恩賜賞・日本芸術院賞

芸術院の歴代授賞者一覧によると、渡辺さんは平成28年度(第73回)の恩賜賞・日本芸術院賞を受けた。部門は第二部の評論で、授賞理由は「演劇全般,特に伝統演劇の本質を綿密かつ精緻に探究した長年にわたる評論の業績に対し」とされている。授賞の日付は2017年6月19日だった。

この回の授賞者は9人で、このうち日本芸術院賞に加えて恩賜賞も受けたのは、渡辺さんと、書の髙木聖雨さん、洋楽の一柳慧さんの3人だった。同じ回には、歌舞伎の市川左團次さん、能楽の大槻文藏さん、小説の髙樹のぶ子さんらが日本芸術院賞を受けている。

同じ年の12月15日には、芸術院の会員に任命された。個人ページの発令年月日による。在籍は2026年9月に亡くなるまで、約8年9か月だった。

紫綬褒章から文化功労者まで

芸術院の個人ページには、勲章・褒章として、2000年(平成12年)の紫綬褒章、2009年(平成21年)の旭日小綬章、2024年(令和6年)の文化功労者が記されている。

文部科学省が2024年11月3日発令として公表した「令和6年度 文化功労者」の一覧では、渡辺さんの職名等は「日本芸術院会員」「演劇評論家」、専攻は「評論(演劇)」とされている。氏名の欄には本名が旧字体の「渡邊 邦夫」で載り、「(筆名 渡辺 保)」と添えられている。芸術院の会員になってから約7年後の選定だった。

芸術院と文部科学省の資料で確かめられる歩みは、次のとおり。

年月日 出来事
2000年 紫綬褒章
2009年 旭日小綬章
2017年6月19日 恩賜賞・日本芸術院賞(平成28年度・第73回、第二部・評論)を受ける
2017年12月15日 日本芸術院会員に任命
2024年11月3日 文化功労者(同日発令)
2026年9月9日 死去
渡辺保さんの主な経歴(日本芸術院と文部科学省の資料で確認できたもの)

出典: 日本芸術院「会員詳細」「歴代授賞者一覧」、文部科学省「令和6年度 文化功労者」

今年5人目の物故会員

芸術院の物故会員一覧で、2026年に亡くなった会員は渡辺さんを含めて5人になる。3月3日にマンガのつげ義春さん、4月24日に詩歌の岡野弘彦さん、7月1日に日本画の那波多目功一さん、9月9日に渡辺さん、10月12日に小説・戯曲の黒井千次さんが亡くなった。5人のうち4人が第二部(文芸)の会員だった。

10月に亡くなった黒井さんは、2014年から6年間、芸術院の院長を務めた(作家の黒井千次さん死去 日本芸術院の元院長、2014年に文化功労者)。