『あしたのジョー』などで知られる漫画家で、公益社団法人日本漫画家協会会長のちばてつや(本名・千葉徹弥=ちば・てつや)さんが10月22日、都内の病院で亡くなった。87歳だった。協会が27日に訃報を公表し、本人の事務所であるちばてつやプロダクションも公式サイトで逝去を伝えた。葬儀は家族葬で執り行った。喪主は妻の幸子(ゆきこ)さん。
協会と事務所が公表、葬儀は家族葬で
日本漫画家協会の訃報によると、ちばさんは2026年10月22日に都内の病院で亡くなった。葬儀は故人の遺志により近親者のみで執り行った。協会は、供花・供物・香典・弔電・弔問はいずれも辞退するとしている。
協会は訃報の中で、ちばさんが協会の理事長と会長を歴任し「長きにわたり様々な事業で多大なるご協力をいただきました」と記した。そのうえで「漫画の普及、創作活動の振興ならびに漫画と漫画家の地位向上など漫画界全体に対して多大なる貢献をされました」と功績をたたえた。
ちばてつやプロダクションは公式サイトで、逝去の時刻を10月22日午後6時と明らかにした。発表文は「87年の生涯を現役として、画業70年の長期に渡り、数多くの読者の皆様にご支持頂けましたことは、漫画家として本当に幸せな人生でした」とつづり、関係者と読者への感謝を述べている。弔問、供花、供物、弔電は辞退するとしている。死因は公表されていない。
旧満州から引き揚げ、1956年に単行本デビュー
事務所の公式プロフィールによると、ちばさんは1939年(昭和14年)1月11日、東京・築地の聖路加病院で生まれた。同じ年の11月に朝鮮半島を経て、1941年1月に旧満州の奉天(現在の中国遼寧省瀋陽)へ渡った。1945年に終戦を迎え、翌1946年に中国から引き揚げた。
1950年に友人の作る漫画同人誌「漫画クラブ」に加わり、1956年に単行本の作品でプロとしてデビューした。協会の歴代理事長の紹介では、このデビューを「貸本向け単行本」によるものとしている。1958年には「ママのバイオリン」で雑誌の連載を始め、1961年に「ちかいの魔球」で週刊の少年誌に進んだ。講談社の著者紹介によると、「ちかいの魔球」は福本和也さんの原作で、「週刊少年マガジン」に連載された。
主な作品として、事務所は「1・2・3と4・5・ロク」「ユキの太陽」「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」「みそっかす」「あしたのジョー」「おれは鉄兵」「あした天気になあれ」「のたり松太郎」を挙げる。
代表作の『あしたのジョー』は、高森朝雄さんが原作を手がけたボクシング漫画。講談社の作品ページは、単行本第1巻の紙版の発売日を1970年3月7日としている。受賞歴を見ると、少年向けの「おれは鉄兵」で1976年に講談社出版文化賞の児童まんが部門を、1977年には「のたり松太郎」で小学館漫画賞の青年一般部門を受けており、少年向けと青年向けの両方で評価を得た。
漫画家として文化勲章、2014年には文化功労者
受賞と顕彰は、事務所のプロフィールと協会の紹介に次のように並ぶ。
| 年 | 受賞・顕彰 |
|---|---|
| 1962年 | 第3回講談社児童まんが賞(「1・2・3と4・5・ロク」「魚屋チャンピオン」) |
| 1976年 | 第7回講談社出版文化賞児童まんが部門(「おれは鉄兵」) |
| 1977年 | 第23回小学館漫画賞青年一般部門、第6回日本漫画家協会賞特別賞(いずれも「のたり松太郎」) |
| 2001年 | 日本漫画家協会賞文部科学大臣賞 |
| 2002年 | 紫綬褒章 |
| 2009年 | 第33回講談社漫画賞講談社創業100周年記念特別賞 |
| 2012年 | 旭日小綬章 |
| 2014年 | 文化功労者 |
| 2017年 | 練馬区名誉区民 |
| 2022年 | 日本芸術院会員 |
| 2024年 | 菊池寛賞、文化勲章 |
2024年度の文化勲章は、内閣府によると同年11月3日付で発令され、7人が受章した。文部科学省と内閣府の受章者名簿には、「マンガ家」「漫画」の欄に千葉徹弥(筆名・ちばてつや)さんの名前が、商法学や日本画、チェロなどの受章者と並んで載っている。主要経歴の欄には「文化功労者」「日本芸術院会員」と記されている。
理事長6年、会長8年 協会を率いる
ちばさんは日本漫画家協会で長く要職を務めた。協会の「協会歴代理事長」によると、2000年6月から12年間理事長を務めた「アンパンマン」のやなせたかしさんの後を受け、2012年7月に第6代の理事長に就いた。2018年6月までの6年間務め、同年からは会長として協会を代表してきた。理事長は2018年6月から里中満智子さんが務めている。
歴代理事長の紹介は、ちばさんについて「文星芸術大学で教授、学長を務め後進の育成にも尽力」したと記している。理事長と会長を合わせた在任は14年余りに及び、会長の在任中の逝去となった。
協会の初代理事長は、政治漫画を中心に描いた近藤日出造さんで、1964年12月から1976年5月まで務めた。その後、杉浦幸雄さん、加藤芳郎さん、小島功さん、やなせさんが続き、ちばさんは6人目の理事長だった。紹介によると、小島さんは「漫画家の職能団体を設立する必要性」を感じて協会創立の立役者となり、やなせさんは協会のビルを寄贈した。ちばさんは、こうした先輩たちが築いた協会を、理事長と会長として引き継いだ。
名誉区民の練馬区、献花台を設置
ちばさんは東京都練馬区に住み、2017年に練馬区の名誉区民に選ばれた。区の当時の発表によると、区議会が同年6月9日に選定への同意を議決した。区は板橋区からの分離・独立70周年を機に、画家の野見山暁治さんとちばさんの2人を選んだ。発表は、ちばさんが2015年に西武池袋線大泉学園駅北口の「大泉アニメゲート」で、『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈のモニュメントの設置に協力したことなどを挙げている。
吉田健一練馬区長は10月27日にコメントを出し、「『あしたのジョー』をはじめ数々の名作を生み出し、日本の漫画文化の発展に多大な足跡を残されました」と悼んだ。区立美術館の企画展「あしたのジョー、の時代展」や「ねりま漫画サロン」などの事業に協力を受けたことにも触れ、「地元商店会や子どもたちにも常に温かなまなざしを向けてくださり、多くの区民に親しまれてきました」と述べた。
区は練馬区役所本庁舎1階のアトリウム(練馬区豊玉北6丁目12番1号)に献花台を設けている。期間は10月28日正午から11月4日午後5時までで、開庁時間に限る。平日は午前8時から午後10時まで、土日祝日は午前8時45分から午後10時まで献花できる。
