外務省は10月23日、山口県宇部市の長生炭鉱で2025年8月と2026年2月に見つかった人骨等について、日本政府と韓国政府がそれぞれ実施したDNA型鑑定の結果、身元の特定には至らなかったことを両国政府間で確認したと発表した。韓国外交部が同日出した共同報道資料によると、鑑定した遺骨5点は男性2人のもので、韓国側が集めた遺族のDNAと照合したが、血縁関係は確認されなかった。長生炭鉱では1942年2月の水没事故で183人が亡くなっており、海底の坑道から遺骨が引き上げられたのは事故から83年後の2025年が初めてだった。
日本の発表は結果だけ、数は韓国側が公表
外務省の発表は3段落の短いものだ。日本政府が韓国政府との間で、昨年8月と本年2月に発見された人骨等について身元特定のためのDNA型鑑定に係る協力を進めてきたこと、両政府がそれぞれ実施した鑑定の結果、身元特定に至らなかったことを確認したことを記し、最後に「国交正常化以来これまで築かれてきた日韓関係の基盤に基づき、日韓関係を未来志向で安定的に発展させていくために、本件を含め、引き続き韓国政府との間で緊密に協力していきます」と結んだ。遺骨の点数、鑑定で分かった人数、照合に使った遺族の数はいずれも書かれていない。
具体的な数字を示したのは韓国側である。韓国外交部の資料は「共同報道資料」と題し、2025年8月に発掘された遺骨4点は同一の男性1人、2026年2月に発掘された遺骨1点は別の男性1人のものと分析されたとした。
茂木敏充外相は23日夕の記者会見で受け止めを問われ、「昨年2025年8月の人骨の発見から今般の結果発表に至るまで、韓国政府との間で緊密に意思疎通を行ってきましたが、身元特定には至りませんでした」と述べた。
遺族98人分のDNAと照合、血縁は確認されず
韓国外交部によると、韓国政府は遺骨のDNA分析と並行して遺族のDNAの確保を続けてきた。これまでに韓国人犠牲者136人のうち101人の遺族を確認し、犠牲者98人分の遺族からDNAを採取して分析した。そのうえで、日韓両政府がそれぞれ保有する遺族のDNAと照合したが、家族関係が成立せず、遺骨の身元は確認されなかったという。韓国政府は今後も遺族のDNAを追加で確保するよう努め、日本側とも緊密な意思疎通を続ける方針を示した。
DNA型鑑定は、遺骨から取り出したDNAの型を遺族のものと突き合わせ、親子やきょうだいなどの血縁があるかを調べる手法である。照合する相手の遺族のDNAが手元に無ければ、遺骨のDNAが読み取れても身元は分からない。韓国人犠牲者136人のうち、遺族のDNAが集まったのは98人分で、残る38人分は照合の対象になっていない。日本人犠牲者の遺族について日本政府がどれだけDNAを保有しているかは、外務省の発表には示されていない。
遺骨の発掘に取り組んできた市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は23日、両政府の発表を受けて地元で記者会見を開いた。同会の公式サイトによると、会見中に「大韓民国長生炭鉱水没事故犠牲者遺族会」の楊玄会長から声明が寄せられ、「痛恨の思いと深い悲しみを禁じ得ません」としたうえで、日韓両政府に遺骨の返還と追悼に向けた具体的な対策を求めた。
1942年の水没事故、海底坑道に遺骨が残った
刻む会の公式サイトによると、長生炭鉱は宇部市東部の床波海岸にあり、1932年から本格的に操業していた海底炭鉱だった。1942年2月3日朝、坑口から1000メートル以上沖の坑道で異常出水が始まり、坑道が水没した。韓国行政安全部の資料も、犠牲者は計183人で、うち朝鮮人が136人だったと記している。遺骨は長く海底の坑道に残されたままになっていた。
日本政府は2023年12月1日の答弁書(参議院・福島みずほ議員の質問主意書への答弁)で、遺骨は「海底に水没している状態」で、埋没位置や深度が明らかでないため、「現時点では、御指摘の『遺骨発掘』を実施することは困難」と答えていた。旧朝鮮半島出身労働者の遺骨問題については、2005年5月の日韓協議で「人道主義、現実主義及び未来志向」の三つの原則に基づいて取り組むことで合意している。
政府が発掘を見送る中、刻む会は潜水調査を重ねた。同会のサイトによると、2025年8月25、26日の日韓共同の潜水調査で遺骨が見つかった。福岡厚生労働相(当時)は8月29日の会見で、坑道内で人骨のようなものが確認され、27日に山口県警の形態学的検査で人骨と判明したと説明した。2026年2月6日には、韓国行政安全部が坑道でさらに1点を発掘・収容したと発表した。翌7日には潜水調査中に外国人ダイバー1人が亡くなり、上野厚労相(当時)が2月10日の会見で哀悼の意を表した。
首脳会談で調整を確認、5月に鑑定協力で一致
政府間の協力は、2026年1月13日の日韓首脳会談で表に出た。外務省によると、高市早苗首相と李在明(イ・ジェミョン)大統領は、長生炭鉱で発見された遺骨に関し「DNA型鑑定についての協力に向け、日韓間の調整が進展していること」を歓迎した。外務省は5月18日、技術面・制度面の調整を経て、両国政府が身元特定のためのDNA型鑑定の協力で一致したと発表した。2月に見つかった1点も、この対象に含まれた。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1942年2月3日 | 海底坑道が水没し183人が死亡(うち朝鮮半島出身者136人) |
| 2023年12月1日 | 政府答弁書「遺骨発掘を実施することは困難」 |
| 2025年8月25〜26日 | 日韓共同の潜水調査で坑道内から遺骨が見つかる(27日に人骨と判明) |
| 2026年1月13日 | 日韓首脳会談でDNA型鑑定協力に向けた調整の進展を歓迎 |
| 2026年2月6日 | 坑道で遺骨1点を新たに発掘・収容。翌7日にダイバー死亡事故 |
| 2026年5月18日 | 日韓両政府がDNA型鑑定の協力で一致 |
| 2026年10月23日 | 日韓双方の鑑定で身元特定に至らずと発表 |
出典: 外務省、厚生労働省、参議院、韓国外交部・行政安全部、長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会の公表資料
次の遺骨が見つかった場合の協力は未定
今回の結果で、鑑定の対象になった遺骨5点の身元は分からないままとなった。茂木外相は会見で、今後新たな遺骨等が見つかった場合には「関係省庁及び韓国政府との間でどのような協力が可能か、改めて意思疎通を行っていきたい」と述べるにとどめ、同じ枠組みで鑑定を続けるかは明言しなかった。
遺骨の収容そのものについても、政府の姿勢は変わっていない。2026年2月3日の答弁書(参議院・小池晃議員の質問主意書への答弁)は、収容は安全性に関する専門的な知見を踏まえて対応するとしたうえで、「現時点では、その安全性に関する懸念がないとの専門的な知見は得られていない」として、市民団体の「長生炭鉱遺骨収容プロジェクト二〇二六」への財政支援を行う予定はないと答えた。
2月の答弁書は、ボーリング調査を行う予定もないとしている。身元の特定を前に進めるには、遺骨を引き上げることと、照合の相手となる遺族のDNAを増やすことの両方が要る。韓国政府は後者を続けるとしている。前者について日本政府は、安全性への懸念がないとの知見が得られていないことを理由に、収容への財政支援を見送っている。
