外務省は10月4日、沖縄県那覇市で10月3日に発生した強盗殺人事件に関して米海兵隊員が逮捕されたことを受け、茂木敏充外務大臣がジョージ・グラス駐日米国大使を外務省に召致して抗議したと発表した。同じ4日の午前には船越健裕外務事務次官も、日本国内を出張中だったグラス大使に電話をかけて抗議しており、外務省は2件を別々の報道発表として公表した。

大臣と次官が同じ日に抗議した

茂木大臣は冒頭、「本件のような極めて残忍で凶悪な事件の発生は極めて遺憾であり、強い憤りを覚える」として強く抗議した。そのうえで捜査への全面的な協力を求め、「このような惨事が二度と繰り返されることのないよう」米軍関係者の綱紀粛正と事件の再発防止の徹底を強く求めた、と外務省は記している。

グラス大使からは、本件により人命が失われたことに対して改めて深い遺憾の意が表明され、米国政府は日本当局の捜査に全面的に協力し、事件の発生防止のためにできることは全て行う、との発言があったという。

先に行われた電話でのやり取りでは、船越次官が「極めて遺憾である」として強く抗議するとともに、捜査への全面的な協力、米軍人等の綱紀粛正、再発防止を強く求めた。グラス大使は深い遺憾の意を表明し、日本当局の捜査に全面的に協力し、再発防止のためできることは全て行うと答えている。

外務省の2件の発表は、被疑者の氏名・年齢・所属部隊や、どの当局が逮捕したのかには触れていない。本稿ではこれらを確認できていないため書かない。

公務外の罪は日本側が先に裁判権を持つ

日米地位協定は、在日米軍の構成員・軍属とその家族が日本国内で犯した罪について、日米双方が裁判権を持つ場合の優先順位を第17条で定めている。米側が第一次裁判権を持つのは、もっぱら米国の財産・安全だけに対する罪、米軍構成員らの身体・財産だけに対する罪、そして「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」に限られる(第17条3(a))。それ以外の罪については「日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する」(同3(b))。公務外の一般の刑事事件は、日本の捜査機関と裁判所が先に扱う建前になっている。

ただし身柄の扱いは、裁判権とは別に書かれている。第17条5(c)は、日本が裁判権を行使すべき被疑者の拘禁について「その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする」と定める。裏を返せば、日本側が先に身柄を確保した場合はこの条文が働かず、起訴前でも日本側が拘禁を続けられる。日本側が裁判権を持つかどうかと、起訴までどちらが被疑者を留め置くかは、別々に決まる仕組みである。

起訴前の引き渡しは1995年の合意で道が開かれた

米側が身柄を持つ場合に起訴前の引き渡しを求める仕組みは、1995年に沖縄県で起きた少女暴行事件を受けて作られた。同年10月の日米合同委員会合意は、米国が「殺人又は強姦という凶悪な犯罪の特定の場合に日本国が行うことがある被疑者の起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても好意的な考慮を払う」とし、日本側は重大な関心を持つ場合に合同委員会で移転を要請すると定めている。

外務省の説明では、この合意に基づく起訴前の身柄引き渡しの要請はその後6件行われ、うち5件で引き渡しが実現した。応じられなかった1件は2002年11月に沖縄県で発生した婦女暴行未遂・器物損壊事件で、被疑者の身柄は起訴後に日本側へ引き渡されている。2004年4月の日米合同委員会合意では、起訴前引き渡しの対象となる事件について米軍当局が速やかに捜査を行えるよう、捜査権限を持つ米軍司令部の代表者が日本側の取り調べに同席することが認められた。

外務省は、派遣国が接受国の起訴時まで被疑者を拘禁するという考え方はNATO地位協定も採っているとし、米韓地位協定では12種類の凶悪な犯罪は韓国側の起訴時まで、それ以外の犯罪は判決確定後まで米側が拘禁できると比較している。

外務省の発表に書かれていないこと

外務省の2件の発表は、沖縄県政や基地政策には触れていない。沖縄県の知事選の結果と新知事の基地政策については沖縄県知事選で初当選の古謝玄太氏、公約に「辺野古移設を容認」と明記 県政の基地政策は転換へで報じている。

また、日本側が起訴前の身柄引き渡しを米側に要請するかどうか、要請の対象になる状況なのかについても、今回の2件の発表には記載がない。外務省が公表したのは、大臣と次官がそれぞれ抗議した事実と、捜査への全面的な協力・米軍関係者の綱紀粛正・再発防止の徹底という3つの要求が2件に共通して書かれていることまでである。