木原稔官房長官は20日午後の記者会見で、タレク・ラーマン・バングラデシュ人民共和国首相夫妻が10月26日から29日まで実務訪問賓客として訪日すると発表した。滞在中に高市早苗首相がラーマン首相との首脳会談を行う予定だという。ラーマン氏は2026年2月の総選挙で約20年ぶりに政権へ戻ったバングラデシュ民族主義党(BNP)の総裁で、BNP政権の首相としては初めての訪日になる。
官房長官「価値や原則を共有する地域の重要なパートナー」
官房長官は冒頭発言で「10月26日から29日まで、タレク・ラーマン・バングラデシュ人民共和国首相及び同令夫人が実務訪問賓客として訪日する予定です」と述べ、続けて「滞在中、高市総理はラーマン首相との首脳会談を実施する予定です」と説明した。訪問の位置づけについては「今般の訪日を通じ、価値や原則を共有する地域の重要なパートナーであるバングラデシュとの間で戦略的パートナーシップを強化し、進化した『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた連携を進めることが期待をされます」と語った。会見で明らかにされたのはこの日程と首脳会談の予定までで、個別の議題や署名を予定する文書には触れていない。
バングラデシュ首相の訪日は久しぶりではない。外務省が記録する要人往来では、2023年4月にシェイク・ハシナ首相が「公実賓」として訪日し、2025年5月には暫定政権を率いたモハマド・ユヌス首席顧問が訪日している。2026年3月にはイクバル・ハサン・マハムド電力・エネルギー・鉱物資源相が来日した。ただし過去の首相の訪日には「公賓」「公式実務賓客」の注記が並んでおり、今回の「実務訪問賓客」という表記は、同じ記録の中では首相の訪日として見当たらない区分である。
元大統領と元首相の長男、2月の総選挙でBNPが3分の2超
ラーマン首相の経歴は、バングラデシュの政治史と重なっている。外務省の基礎データによると、同氏はジアウル・ラーマン元大統領と、BNP総裁で元首相のカレダ・ジア氏の長男である。2025年12月にBNP総裁代行として、事実上の亡命先だった英国から17年ぶりに帰国した。その直後にジア総裁が逝去したことを受けてBNPの新総裁に就任し、2026年2月の総選挙でBNPが3分の2以上の議席を獲得して、約20年ぶりにBNP政権が成立した。
この総選挙には、長く政権を担ったアワミ連盟(AL)が参加していない。2024年8月、学生を中心とした大規模な抗議活動によりハシナ首相が辞任してインドへ国外脱出し、モハマド・ユヌス氏を首席顧問とする暫定政権が2026年2月の総選挙実施を決めた。ALは、この暫定政権による活動禁止措置のため総選挙に参加できなかった、と外務省は記している。
バングラデシュの政体は議院内閣制で、議会は一院制の総議席350。大統領はミルジャ・フォクルル・イスラム・アラムギル氏で、任期は5年、2期までとされる。外相のコリルル・ラーマン氏は2026年9月から1年間、第81会期の国連総会議長を務めている。人口は約1億7568万人(2025年、世界銀行)で、日本の約4割の面積に日本の1.4倍を超える人が住む。
「戦略的パートナーシップ」は2023年4月から、防衛協定は2月に発効
日本とバングラデシュは1972年2月10日に国交を樹立した。同年3月3日に駐日バングラデシュ大使館、7月1日に在バングラデシュ日本国大使館が開設されている。両国関係は2023年4月に「戦略的パートナーシップ」へ格上げされ、経済だけでなく安全保障・防衛を含む分野へ広がった。
安全保障分野の積み上げは短期間で進んだ。2023年11月には、政府安全保障能力強化支援(OSA)で初の案件となる警備艇の供与に関する交換公文に署名した。2026年2月には日・バングラデシュ防衛装備品・技術移転協定に署名し、同月に発効している。両国間にはこのほか、青年海外協力隊派遣取極、航空協定、文化協定、租税条約、投資保護協定、技術協力協定、税関相互支援協定がある。首脳会談を目前にして、協議の土台となる枠組みは一通りそろった状態にある。高市首相の外交では、高市首相、マルコス大統領と20分の電話会談 11月のASEAN関連首脳会議とAZEC首脳会合で協力確認のように、11月のASEAN関連首脳会議を控えた地域外交が続いている。
援助額は2位の米国の約2.9倍、日本が最大の二国間援助国
経済協力では、日本がバングラデシュにとって最大の二国間援助国である。OECDの開発援助委員会(DAC)加盟国の2024年の支援額は、日本が14億6160万ドル、米国が5億470万ドル、フランスが2億4770万ドルで、日本は2位の米国の約2.9倍にあたる。
日本の援助の中身は円借款に大きく寄っている。2023年度の実績は有償資金協力が3241億9100万円、無償資金協力が60億9600万円、技術協力が38億6100万円で、2023年度までの累計は有償が3兆3617億6400万円、無償が5183億8100万円、技術協力が1081億1300万円である。
| 援助の形態 | 2023年度 | 2023年度までの累計 |
|---|---|---|
| 有償資金協力 | 3241.91億円 | 3兆3617.64億円 |
| 無償資金協力 | 60.96億円 | 5183.81億円 |
| 技術協力 | 38.61億円 | 1081.13億円 |
バングラデシュへの主要援助国(DAC加盟国、2024年)(百万米ドル)
数値で見る(単位: 百万米ドル)
| 項目 | 百万米ドル |
|---|---|
| 日本 | 1,461.6 |
| 米国 | 504.7 |
| フランス | 247.7 |
資金の行き先は大型インフラである。外務省は、ダッカ都市高速鉄道(ダッカMRT)、ダッカ国際空港第三ターミナル、マタバリ深海港といった案件を通じて経済成長と連結性の向上を支援してきたと説明する。これらを中心に据えた「ベンガル湾産業成長地帯(BIG-B)」構想は、ベンガル湾からインド北東部へ産業の価値連鎖をつなぐもので、インド北東州を含む地域の連結性という観点からも意味を持つと位置づけられている。
署名済みのEPAは国会で審議中、まだ発効していない
訪日に先立ち、通商の枠組みも動いている。両国は2026年2月6日に日・バングラデシュ経済連携協定(EPA)に署名した。バングラデシュにとっては初の自由貿易協定で、日本にとっても後発開発途上国(LDC)との最初の二国間EPAである。交渉は2022年12月の共同研究の立ち上げから始まり、2024年3月に交渉開始、7回の交渉会合を経て2025年12月に大筋合意へ至った。ただし外務省の協定一覧では発効済みの協定に発効年月が記されるのに対し、この協定は「2026年2月署名」とだけ記されている。承認案件が国会に提出された経緯は日・バングラデシュEPA、承認案を国会に提出 日本初の後発途上国とのEPAで伝えた。
協定の概要(外務省・財務省・農林水産省・経済産業省)によると、鉱工業品では最大56.6%の関税がかかる鉄鋼について約9割の品目で18年以内に関税を撤廃し、自動車部品はタイヤやエンジンなど多くの品目で15年以内に撤廃する。乗用車の完成車は、将来にわたって他国に劣後しない特恵待遇を確保した。農林水産品はコメなど重要5品目を関税の削減・撤廃から除外した一方、和牛肉、ぶり、たい、ほたて、りんご、ぶどう、緑茶、醤油といった輸出重点品目で即時から18年以内の撤廃を得た。サービス貿易では、バングラデシュがWTOの分類に基づく約150分野のうち約100分野で自由化を約束した。これまで約束していたのは16分野だった。
経済の実態を見ると、日本企業の存在感はまだ小さい。バングラデシュから見て日本は輸出先11位、輸入先9位、対内直接投資13位にとどまる。進出日本企業数は2005年の61社から2025年10月時点で338社へ増えたが、2025年度の貿易額は日本からの輸出が約3459億円(鉄鋼及び鉄鋼製品、輸送機器など)、日本への輸入が約2457億円(縫製衣料製品、皮革・履物など)で、在留邦人は1037人である。バングラデシュ経済は名目GDPが約4563億ドル、1人当たりが約2597ドル、成長率は約3.5%、物価上昇率は約8.8%(いずれも2025年、世界銀行)。2025年度の縫製品輸出額は約393億4000万ドルで輸出収入の81.49%を占め、海外労働者送金は過去最高の328億ドルに達した。輸出収入の8割が縫製品、外貨の柱が海外送金という構造は、日本から売れるものと買えるものを限定する。
援助で築いた立場を、通商と安全保障の約束に変える局面
今回の首脳会談を日本の利益に照らして見ると、やることは明確である。EPAの概要は、バングラデシュが「中印ASEANに囲まれた要衝であり、魅力的な成長市場である一方で、日本企業のプレゼンスは他国に劣後」しており、日本政府の存在感の高さを「レバレッジとして円滑なビジネス環境のための法的基盤を整備することが急務」だと、政府自身の言葉で書いている。援助で築いた立場を、企業が使える約束へ振り替える段階にある。
数字はその必要性を裏づけている。日本は円借款を累計3兆3617億円積み、2024年の支援額は2位の米国の約2.9倍を出している。それでいて日本は、バングラデシュから見て輸出先11位、輸入先9位、対内直接投資13位にとどまる。支援の規模と通商上の見返りが釣り合っていない。EPAを発効させ、2月に発効した防衛装備品・技術移転協定を実際の案件に進めることが、この差を埋める手段になる。
相手の政権が若いことも、条約と協定を急ぐ理由になる。BNP政権は2月の総選挙から8か月で、長く政権を担ったALが活動禁止措置で選挙に参加できなかった経緯を抱えている。政権が交代しても残る協定という形に関係を落とし込むほど、日本側の投資とインフラ案件は守られる。ダッカMRT、ダッカ国際空港第三ターミナル、マタバリ深海港は、日本の公的資金で造ったベンガル湾の拠点であり、BIG-B構想が描くインド北東部への連結は、そのまま日本とインドを結ぶ経路になる。首脳会談でEPAの早期発効と案件の継続をどこまで書き込めるかが、この訪日の成果を測る基準になる。
