高市早苗首相は10月20日午前10時5分から約20分間、フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領と電話会談を行った。外務省の発表によると、首相は11月のASEAN関連首脳会議に向け、ASEAN議長国であるフィリピンと協力していきたい旨を述べた。アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)での協力についても、中東情勢の混乱が長引く中で経済・エネルギーの強靱化に向けて関係国が協力することが重要だとして、首脳会合を共催するフィリピンと協力していきたい旨を伝えた。マルコス大統領は日本の取り組みに謝意を示し、11月の首脳会議に向けて協力していきたいと応じた。

両首脳は、5月のマルコス大統領の国賓訪日以降、両国関係が幅広い分野で着実に進展していることを歓迎し、地域の平和と安定のために協力していくことで一致した。首相官邸の「総理の一日」にも同日の電話会談が記載されている。

発表が挙げた議題は2項目 新たな合意文書はない

外務省が公表した会談の概要は、「冒頭」と「二国間関係」の2項目だけで構成されている。分量は本文にして10行に満たない。新たな合意文書や、次の会談・訪問の日程についての記述はない。

「冒頭」には、首相がASEAN関連首脳会議とAZECの2件を取り上げたことが書かれている。AZECについて首相が述べたのは、中東情勢の混乱が長引く中で経済・エネルギーの強靱化に向けた関係国の協力が重要だ、という文脈である。つまりこの電話会談は、脱炭素の枠組みをエネルギー調達の安定という観点から持ち出した形になっている。

「二国間関係」は、5月の国賓訪日以降の進展を歓迎し、地域の平和と安定のために協力することで一致した、という2文にとどまる。5月28日の首脳会談の発表には東シナ海・南シナ海の情勢への「深刻な懸念」や北朝鮮、中東情勢が並んでいたが、今回の発表にはこうした地域情勢の記述がない。20分という時間と、11月の多国間会議を控えた時期を踏まえれば、個別の案件を詰める会談ではなく、議長国との事前の意思確認という位置づけだと読める。

電話による首脳会談は、高市内閣では珍しくない。9月26日には午後9時から約20分間、トランプ米大統領との電話会談が行われている(高市首相、トランプ大統領と20分間の電話会談 米中首脳会談の詳細な説明を受ける 1週間で2度の首脳会談「日米同盟の絆の強さを示すもの」)。今回も所要時間は同じ約20分だった。

フィリピンは2026年のASEAN議長国 7月の外相会議はマニラで開かれた

今回の電話会談の前提にあるのは、フィリピンが2026年のASEAN議長国を務めているという事実である。ASEANは加盟国が持ち回りで議長国となり、議長国が首脳会議と関連会議を主催する。日本が「議長国であるフィリピンと協力していきたい」と伝えたのは、11月の会議の議題設定や取りまとめを担うのが同国だからだ。

議長国としての会議運営は、すでに外相レベルで動いている。茂木敏充外相は7月21日から24日までフィリピンを訪問し、ASEAN関連外相会議に出席した。その滞在中の7月23日、現地時間午後6時(日本時間午後7時)から約30分間、マリア・テレサ・ラザロ外相と会談している。外務省の発表では、ラザロ外相が外相会議への茂木外相の参加に謝意を伝え、国交正常化から70周年の記念日に会談できたことは喜ばしいと述べた。茂木外相は議長としてのラザロ外相の采配に敬意を表し、「包括的・戦略的パートナーシップ」に基づいて二国間関係を強化したい旨を述べた。

2026年は日本とフィリピンの国交正常化70周年にあたり、両国は「2026年日・フィリピン友好年」として記念ロゴマークを決めている。記念の年と議長国の年が重なったことで、二国間の節目と多国間の議事運営が同じ年に並んだ。

5月の国賓訪日で関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げ

電話会談で両首脳が起点に置いた5月の訪日は、国賓としての訪問だった。首脳会談は5月28日午後5時50分から約60分間行われ、続いて共同記者発表と夕食会が開かれた。両首脳は共同声明「未来を共に織りなす:平和、繁栄、可能性」を発出している。

この会談で両国は、関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げすることで一致した。外務省の発表は、これがフィリピンにとって初めての格上げだと明記している。国際環境の変動に左右されず二国間関係を強化する決意の表れだと位置づけられた。

訪日の機会には、新租税条約の署名に加えて複数の政府間文書が結ばれた。無償資金協力「人材育成奨学計画」(JDS)の交換公文、2027年国際園芸博覧会への参加契約書、農林水産省とフィリピン農業省の農業協力覚書、総務省とフィリピン情報通信技術省のAI協力に関する共同意向声明、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とフィリピン宇宙庁の宇宙協力に関する共同宣言文書、経済産業省とフィリピンエネルギー省の備蓄協力に関する共同声明である。外務省は、国土交通省とフィリピン環境・天然資源省の水資源管理の覚書、個人情報保護委員会とフィリピン国家プライバシー委員会の個人情報保護の覚書も近日中に署名予定だと記していた。

経済面では、日・フィリピン経済連携協定(EPA)と日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定のアップグレードに向けた検討を進めることを確認し、首相はフィリピンの環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への加入要請を歓迎し、加入プロセスの早期開始への支持を表明した。

安全保障は協定の整備と装備の移転が軸 ACSAは7月に発効

安全保障分野では、5月の首脳会談で秘密軍事情報保護協定の交渉を正式に開始することで一致した。軍の機密情報をやり取りする際の扱いを定める協定で、これがないと共有できる情報の範囲が限られる。両首脳は次回の外務・防衛閣僚会合(2プラス2)の早期開催でも一致した。

装備の移転も議題になった。マルコス大統領は日本の防衛装備移転制度の改正に前向きな評価を示し、両首脳は「あぶくま」型護衛艦やTC-90練習機などの移転に向けて防衛当局間のやり取りを加速させることで一致した。外務省の発表が「制度の改正」と記した日本側の措置の中身は、完成品の移転を5類型に限ってきた制限の撤廃である(防衛装備の輸出、完成品の「5類型」撤廃 救難・輸送・警戒・監視・掃海に限ってきた制限をなくす 武器に当たる完成品は協定を結ぶ17か国に限定 令和8年版防衛白書)。海洋分野では、巡視船の供与と共同訓練によるフィリピン沿岸警備隊の能力向上支援を継続することを首相が表明した。

部隊間の協力の土台となる協定は、すでに動いている。7月23日の外相会談と同じ日に、日・フィリピン物品役務相互提供協定(ACSA)の効力発生のための外交上の公文の交換が行われた。食料や燃料、輸送といった物品と役務を自衛隊とフィリピン軍の間で相互に提供するための枠組みで、この協定は第221回国会(令和8年特別会)に提出された条約の一つで、7月23日の公文交換で効力発生の手続きが整った。日米とフィリピンの3か国の協力も続いており、10月13日にはシンガポールでサイバー分野の高級事務レベル会合が開かれている(日米豪印と日米比、シンガポールでサイバー会合 同じ日に2つの枠組みで協議)。

新租税条約は署名から5か月 国会への提出はまだ

一方、5月28日に署名された新租税条約は、まだ発効していない。正式名称は「所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とフィリピン共和国との間の条約」で、東京で遠藤和也駐フィリピン大使とミレーン・ガルシア=アルバノ駐日フィリピン大使が、両首脳の立ち会いの下で署名した。1980年に発効し2008年に一部改正が発効した現行条約を、全面的に改正するものである。

主な変更は、源泉地国で課税できる上限(限度税率)の引き下げである。配当は持分保有割合90%以上・保有期間6か月以上の場合に5%という区分が新設され、使用料は映画フィルム等の15%という区分がなくなって一律10%になる。

所得の種類 現行条約 新条約
配当(持分90%以上・6か月以上) 区分なし 5%
配当(持分10%以上・6か月以上) 10% 10%
配当(その他) 15% 15%
利子(政府受取等) 免税 免税
利子(その他) 10% 10%
使用料(映画フィルム等) 15% 10%
使用料(その他) 10% 10%
日・フィリピン租税条約における源泉地国の限度税率(持分は日本法人支払の場合は議決権、フィリピン法人支払の場合は資本を指す)出典: 外務省「日・フィリピン新租税条約の署名」(令和8年5月28日)

このほか、税務当局間の協議で2年以内に解決しない事案を仲裁に付託する制度、租税に関する情報交換の対象の拡大、租税債権の徴収に関する相互支援(徴収共助)の導入、条約の特典を受けることが取引の主要な目的の一つだと認められる場合に特典を認めない濫用防止措置が入る。

発効には両国それぞれの国内手続が必要で、日本では国会の承認を得なければならない。承認を通知する外交上の公文を交換した日の後30日目に効力を生じ、課税年度に基づく租税については効力発生の翌年1月1日以後に開始する課税年度から適用される。ところが外務省の「国会提出条約」のページを見ると、令和8年10月22日付で更新された第222回国会(令和8年臨時会)の提出条約は「日・バングラデシュ経済連携協定」の1件だけで、日・フィリピン新租税条約は含まれていない。第221回国会(令和8年特別会)の提出条約にも入っていない。

つまり、署名から5か月を経た10月22日時点でも、条約は国会に提出されていない。仮に次の常会で承認されても、公文交換から30日を経て効力が生じ、課税年度に基づく租税への適用はその翌年1月1日以後に開始する課税年度からとなる。企業が新しい限度税率の適用を受けられる時期は、国会の審議日程に左右される。電話会談で確認された「幅広い分野での着実な進展」のうち、税の部分が実際に動くのはまだ先である。