警察庁は10月19日、ストーカー規制法の見直しを議論する「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会」の初会合を中央合同庁舎2号館で開いた。一定の加害者にGPS機器などを装着させて被害者への接近を知らせる仕組みと、加害者に治療・カウンセリングの受診を義務付ける仕組みの導入を検討する。警察庁は初会合で、治療を本人の同意なしに義務付けることの妥当性や、装着の決定に裁判所など第三者機関を関与させる必要性などを論点として示した。
検討するのは「GPS装着」と「治療の義務付け」の2つ
警察庁が示した資料によると、検討会が扱う事項は2つある。1つは「一定の加害者へのGPS機器等の装着等の新たな被害者保護措置の在り方」、もう1つは「一定の加害者に対する医学的・心理学的知見を踏まえた新たな加害者対策の在り方」だ。
1つ目は、加害者が身に着けたGPS機器の位置情報を使い、加害者が被害者に近づいた時点で被害者側に知らせる仕組みを想定している。いまの被害者保護は、被害者が加害者の接近に気づいてから動くことを前提にしている。2つ目は、警察がいま「勧奨」にとどめている治療やカウンセリングの受診を、一定の加害者には義務として課す仕組みだ。
初会合の議事次第によると、会議は午後5時から2時間で、生活安全局長のあいさつと構成員の紹介、座長の選出の後、警察庁が説明し、委員が自由に討議した。警察庁のページには議事次第と資料1〜3が掲載されている。
検討会はこの2つを、7月に政府が決めた緊急対策を受けて取り上げる。警察庁の資料によると、7月28日の犯罪対策閣僚会議が決定した「詐欺及びストーカー被害拡大防止のための緊急対策」は、GPS機器による接近通知について「諸外国の制度、技術上及び運用上の課題等も含め、早急に検討を進める」とした。その際、法務省が検討している、仮釈放中の性犯罪者などの保護観察でのGPS機器の活用も参考にするとしている。治療・カウンセリングについては「受診等を義務付ける仕組み等の導入について、関係省庁が連携し、諸外国の制度等も参考にしつつ、受け皿となる医療機関等の確保等も含めて検討を行う」と明記した。刑事施設などでの処遇プログラムに、ストーカーに対応したものを早期に整備することも盛り込んでいる。
相談2万2881件、禁止命令等は過去最多の3037件
警察庁が初会合に示した統計では、2025年のストーカー事案の相談等件数は2万2881件で、前年の1万9567件から3314件(16.9%)増えた。ストーカー規制法に基づく禁止命令等は3037件で、前年の2415件から622件(25.8%)増え、過去最多となった。
| 項目 | 2024年 | 2025年 |
|---|---|---|
| ストーカー事案の相談等件数 | 1万9567件 | 2万2881件 |
| 禁止命令等の件数 | 2415件 | 3037件 |
| 禁止命令等を受けた人のうち治療・カウンセリングにつながった人 | ― | 147人 |
禁止命令等は、つきまといなどをした人が同じ行為を繰り返すおそれがあるときに、都道府県公安委員会が出す命令で、ストーカー規制法上で最も重い行政措置にあたる。これに先立つ段階として、警察本部長などによる警告もある。
つきまといなどを繰り返す「ストーカー行為」には、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科される。禁止命令等に違反してストーカー行為をした場合は、2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金と重くなる。
警察庁は、2022年7月から2025年6月までの3年間に禁止命令等を受けた6548人のうち、497人(約7.6%)が命令の期間中に同じ被害者に再びつきまといなどをして、ストーカー規制法の罪にあたる行為をしたと説明した。資料は「大多数は禁止命令等によりその後ストーカー行為等を行うことはないものの、1割弱の者については禁止命令等のみでは十分な再発防止効果を得られていない」と記している。ストーカー規制法違反の検挙状況を含む2026年1〜9月の犯罪統計は、刑法犯の認知件数、1〜9月は58万8015件で前年同期比2.3%増 詐欺が7615件増え、増加分の6割は東京都で伝えた。
3月の池袋の事件、命令に違反して殺害
警察庁は、検討の背景となった事件として、2026年3月に東京都豊島区の商業施設で起きたストーカー殺人事件を資料に載せた。
資料によると、被害者と加害者は交際していたが、交際が終わった後に加害者がつきまといを始めた。2025年12月に被害者が警察に相談し、警察が事情を聴いた後に被害者を自宅へ送ると、加害者が自宅を見張って待ち伏せしていた。警察は加害者をストーカー行為罪で逮捕し、待ち伏せの車内に果物ナイフを持っていたとして2026年1月に銃刀法違反でも追送致した。同じ月には性的姿態撮影等処罰法違反の疑いで再逮捕した。
加害者は罰金80万円で略式起訴され、1月30日に釈放された。警察はその前日に緊急の禁止命令等を出していた。しかし加害者は3月、命令に違反して被害者の勤務先に押しかけ、殺害に及んだ。資料は、加害者が治療・カウンセリングの受診なども拒んでいたと記している。
刑事罰と禁止命令等という、現行法で取り得る措置をすでに受けていた人による事件だった。
現行の保護策は「接近に気づいた後」にしか動かない
警察庁は、いまの被害者保護の手段とその限界も資料にまとめた。
現在の保護策は、被害者を安全な場所へ速やかに避難させること、110番通報したときに警察が相談の履歴を把握できる「110番緊急通報登録システム」への登録、ワンタッチで110番通報でき、GPSの位置情報をもとに警察官が駆けつけられる緊急通報装置の貸し出し、緊急時のホテルなどへの公費での一時避難だ。
これに対し資料は、緊急通報の仕組みや装置は「被害者が加害者の接近・接触に気付いた後でなければ機能しない」と指摘した。ホテルなどへの避難も、緊急時の一時的な措置にとどまり、継続して身を隠すことはできないとしている。GPS機器を加害者側に着けさせる案は、この「気づく前」の空白を埋める狙いがある。
加害者への対策では、警察は2024年3月から、治療・カウンセリングの受診を働きかける対象を、禁止命令等を受けた人全員に広げた。地域の精神科医などの助言を受けながら受診を勧めている。それでも2025年に警察の勧奨で治療・カウンセリングにつながった人は147人で、同じ年に禁止命令等を受けた3037人の5%に満たない。資料は「単純な受診等の働き掛けでは治療・カウンセリングの受診等につながりにくい」と書いている。
論点は「同意なき治療」と「装着を誰が決めるか」
警察庁が初会合で示した論点は、強制の度合いが高い措置を、どこまで、どういう手続きで認めるかに集中している。
治療・カウンセリングの義務付けでは、必要性と許容性として、治療を本人の同意なく義務付けることの妥当性と、心理師などの実務家によるカウンセリングを本人の同意なく義務付けることの妥当性を挙げた。義務付けの中身として、回数と内容、実施主体と委託先、義務に従わない場合の罰則、対象者の範囲も論点にした。初会合で警察庁が委員に議論を求めた2つの論点は、いずれも治療・カウンセリングの義務付けに関するものだった。
GPS機器の装着では、装着の対象者、手続き、装着を決める際の裁判所など第三者機関の関与の必要性、「被害者保護と加害者の人権制約のバランスを考慮した制度の在り方」、制度の実効性をどう確保するかを挙げた。
委員は8人で、慶応大の太田達也教授、上智大の大橋真由美教授、京大大学院の曽我部真裕教授、東京都立大の星周一郎教授に加え、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長の久我弘典氏、日本公認心理師協会相談役の信田さよ子氏、弁護士の番敦子氏、逗子ストーカー事件の遺族でストーカー対策研究会議元共同代表の柴田建氏が加わった。法務省刑事局・保護局、厚生労働省社会・援護局、最高裁判所事務総局の刑事局・行政局がオブザーバーとして参加する。
警察庁のページには、同じ名称の検討会として2013〜2014年と2020〜2021年に開かれた会合の資料も載っている。2021年1月にまとまった前回の報告書によると、前回の検討会は、GPS機器を使って相手の動静を探る行為の扱いをめぐる2020年7月の最高裁判決を受けて開かれ、相手の車などにGPS機器をひそかに取り付けて位置情報を得る事案への対処を議論した。今回の検討会は、GPS機器を加害者の側に着けさせ、被害者を守るために使う制度を議論する。
