政府は10月9日、令和8年版の「過労死等防止対策白書」を閣議決定した。令和7年度(2025年度)に、仕事による強い心理的負荷で精神障害になったとして労災保険を請求した件数は4958件で、令和6年度から1178件増えた。過重な負荷による脳・心臓疾患の請求も1254件と224件増えた。長時間働く人は減り続けているのに請求が増えている理由について、白書は今回、その要因の分析を載せた。

精神障害の請求、1年で3割増

白書によると、精神障害の労災請求件数は年々増え続けており、令和7年度は4958件だった。前年度の3780件から1年で約3割増えたことになる。労働基準監督署が業務災害と認めた支給決定件数も1056件から1082件に増えた。

脳・心臓疾患の請求件数は、令和2年度から4年度にかけて減っていたが、その後増加に転じ、令和7年度は1254件となった。前年度は1030件だった。一方、支給決定件数は令和4年度以降増えていたものの、令和7年度は前年度の241件から217件に減った。請求1254件を男女別にみると、男性が1078件(86.0%)、女性が176件(14.0%)だった。支給決定件数は、複数の勤務先の負荷を合わせて判断する「複数業務要因災害」を含まない数字である。

公務員では、令和7年度の国家公務員の認定件数が脳・心臓疾患4件、精神疾患等14件、地方公務員が脳・心臓疾患11件、精神疾患等82件だった。

区分(令和7年度・民間) 請求件数 前年度 支給決定件数 前年度
精神障害 4958件 3780件 1082件 1056件
脳・心臓疾患 1254件 1030件 217件 241件
過労死等の労災請求件数と支給決定件数

出典: 厚生労働省「令和8年版 過労死等防止対策白書」第1章

長時間労働は減ったのに、なぜ増えるのか

白書が今回、重点の一つに据えたのが「労災請求件数の増加要因分析」だ。

長時間労働そのものは減っている。総務省の労働力調査をもとにした白書の集計では、週60時間以上働く雇用者は令和7年に253万人で、全雇用者に占める割合は4.2%だった。前年の269万人・4.6%から減り、平成17年以降、減少傾向が続く。週40時間以上働く雇用者に限ってみても、60時間以上の人の割合は令和6年の8.0%から令和7年は7.7%に下がった。ただし業種別では「生活関連サービス業、娯楽業」「複合サービス事業」「情報通信業」の3業種で前年より上がった。長時間労働の職場に対する国の取り締まりの現状は違法な残業、1万1228事業場で確認 月200時間超の労働者がいた職場も111 厚労省が令和7年度の監督指導結果で伝えている。

それでも脳・心臓疾患の請求は増えている。白書は、労災と認められた事案のうち、発症前の時間外労働が月平均80時間に届かないものに注目した。いわゆる「過労死ライン」を下回る事案で、令和3年度までは年20件前後だったのが、令和4年度以降は40〜50件台に増えた。

そのうえで白書は年齢に着目した。脳・心臓疾患の請求はどの年度も「50〜59歳」「60歳以上」が多いが、令和4年度以降は他の年齢層との差が広がっている。雇用者のうち50歳以上が占める割合も年々上がり、令和7年は41.3%になった。心疾患の患者数も「50〜59歳」が約28万3000人、「60〜69歳」が約60万人と、若い層より多い。白書は、もともと発症しやすい50歳以上の層で請求が増えたことが「全体の増加の主な原因となっていると考えられる」と結論づけた。

精神障害は「上司とのトラブル」が伸びる

精神障害についても、白書は請求増の背景を探った。労災の決定件数を出来事の種類別にみると、「対人関係」が毎年度最も多く、令和7年度は1759件だった。なかでも「上司とのトラブル」の伸びが大きい。都道府県労働局に寄せられる相談でも、「いじめ・嫌がらせ」と「パワーハラスメント」に関する件数が増えている。

白書はこの二つから、上司とのトラブルなどの対人関係で心の不調を抱える働き手が「多数存在することは明らか」とした。ただ、それが請求増の原因であるかどうかは「なお分析の余地がある」として、断定は避けた。自殺以外の精神障害の請求は男女とも増えており、近年は女性が男性を上回っている。

業種別では「医療、福祉」の請求が最も多い。内訳をみると「医療業」と「社会保険・社会福祉・介護事業」がともに増えており、「医療、福祉」でも出来事別では「対人関係」が最も多かった。

国が調査研究の重点に指定する8業種(自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療、建設業、メディア業界、芸術・芸能分野)の分析もある。精神障害の労災認定事案を3年度ごとの平均でみると、「IT産業」「メディア業界」以外は増加傾向で、「医療」は令和3〜5年度の平均が平成24〜26年度の約3倍になった。平成24年度から令和5年度までの事案で、きっかけとなった出来事に「上司等からのパワーハラスメント」が占める割合は、教職員で30.3%、メディア業界で26.5%、外食産業で23.6%だった。「仕事の内容・仕事量の大きな変化」は、IT産業で42.5%に上った。

現場監督とバス運転手、4割超に「うつ・不安の疑い」

白書は今回、建設業、自動車運転従事者、IT産業の3業種で働く人を対象にしたアンケート結果も載せた。調査会社のモニターへのウェブ調査で、建設業は令和7年11月に1400人、自動車運転従事者は令和8年2月にトラック825人、バス207人、タクシー207人、IT産業は令和7年11月に1442人から回答を得た。

心の状態を尋ねる質問で「重度のうつ・不安障害の疑い」と「うつ・不安障害の疑い」を合わせた割合は、建設業全体で31.9%、自動車運転従事者で30.7%、IT産業で24.9%だった。職種や業態別では、建設業の「技術職(現場監督)」が46.3%、自動車運転の「バス」が42.5%と、いずれも4割を超えた。IT産業では「専門的・技術的職業」が26.0%で最も高かった。

うつ・不安障害の疑いがある人の割合(%)

現場監督46.3バス42.5建設業計31.9運転業計30.7IT技術職26.0IT計24.9
「重度のうつ・不安障害の疑い」と「うつ・不安障害の疑い」の合計。IT産業はウェイトバック集計値出典: 厚生労働省「令和8年版 過労死等防止対策白書」
数値で見る(単位: %)
項目%
現場監督46.3
バス42.5
建設業計31.9
運転業計30.7
IT技術職26.0
IT計24.9

ハラスメントを受けた経験では、3業種とも「パワーハラスメント」が最も多かった。建設業は19.2%で、次いで「カスタマーハラスメント」が10.6%、「セクシュアルハラスメント」が6.9%。IT産業はパワハラ14.1%、カスハラ6.9%、セクハラ3.6%だった。自動車運転従事者はパワハラ24.4%、カスハラ23.4%とほぼ同じ水準で、業態別では「バス」「タクシー」で「カスタマーハラスメント」の割合が高かった。全業種の働き手を対象にした別の調査では、パワハラ19.3%、セクハラ7.8%、カスハラ5.7%の順だった。企業にカスハラ対策を義務づける制度についてはカスハラ対策義務化、2026年10月1日に施行 企業規模の例外なく全ての事業主が対象 勧告に従わなければ公表、報告しなければ20万円以下の過料で詳しく伝えている。

白書とは何か 国の目標に届かない指標も

過労死等防止対策白書は、平成26年に成立した過労死等防止対策推進法に基づき、政府が毎年国会に報告する法定の白書で、今回が11回目になる。法律は「過労死等」を、仕事の過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患での死亡、強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺、そしてこれらの病気そのものと定める。国は令和6年8月に閣議決定した「過労死等の防止のための対策に関する大綱」で数値目標を掲げており、白書は毎年その達成状況を示している。

指標 最新値 大綱の目標
年次有給休暇の取得率(令和6年) 66.9% 70%
メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合(令和7年) 63.0% 80%
50人未満の事業場でのストレスチェック実施割合(令和7年) 32.5% 50%

表: 過労死等防止対策大綱の主な目標と現状

出典: 厚生労働省「令和8年版 過労死等防止対策白書〔概要版〕」

年休の取得率は10年連続で上がったが、目標には届いていない。メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合は前年の63.2%から63.0%に下がった。仕事や職業生活で強い不安やストレスを感じている働き手は67.5%に上る。

令和6年4月からは、建設業や自動車運転業務、医師にも時間外労働の上限規制が適用されている。白書は、長時間・過重労働の防止や休日の確保に引き続き取り組むとともに、人手不足への対応やメンタルヘルス対策の強化、ハラスメント対策を含めた職場環境づくりを「積極的に推進していく必要がある」とした。働き手の不足が業種ごとにどう広がっているかは人手不足の全体像 求人倍率1.18倍の裏で、建設躯体8.25倍・一般事務0.29倍にまとめている。

国は毎年11月を「過労死等防止啓発月間」と定めている。白書によると、令和7年度の月間には一斉の無料電話相談などを行った。