厚生労働省は10月2日、旧ソ連やモンゴルの地域に抑留されて死亡した人のうち、2026年9月に新たに12人の個人を特定したと発表した。内訳はシベリア地域が9人、モンゴル地域が2人、その他の地域が1人で、漢字の氏名と出身の都道府県を同省のホームページに追加で載せた。遺族が自分の親族の死亡の経緯を確認できるようにするための掲載で、2007年3月から続いている。
カタカナの「サモシ ヌラ」が「佐藤」と分かるまで
公表された一覧を見ると、この作業が何をしているのかが分かる。
ロシア側から渡された名簿にはロシア語で氏名が書かれており、厚生労働省はそれを日本語のカタカナに起こしている。ところが聞き取って書き写した名前は、もとの日本名からかなり離れてしまう。今回特定された12人でいえば、名簿に「サモシ ヌラ」とあった静岡県出身の人は「佐藤」さん、「ウゴハリャ サッカエ」とあった群馬県出身の人は「小河原」さん、モンゴル地域で「スヤオキ キョウイジ」とあった福島県出身の人は「鈴木」さんだった(本記事では姓のみを記す。漢字の氏名の全体は厚生労働省が公表している死亡者名簿で確認できる)。カタカナだけを見ても誰のことか分からない記録を、日本側に残る軍の資料などと突き合わせて1人ずつ結び付けていく。
死亡の記録そのものにも欠けがある。今回の12人のうち、岐阜県出身の奥洞さんと宮城県出身の引地さんは、死亡した年月日が名簿に書かれておらず、「第6収容所」という場所しか残っていない。福島県出身の小林さんは1948年8月26日に亡くなったことは分かっているが、どこで亡くなったかの記載がない。新潟県出身の福原さんの記録には、1949年3月6日、サハリン州内務局第4矯正労働コロニーとある。
名簿の5万8386人のうち、まだ1万6000人が分からない
厚生労働省が公表している集計では、ロシア連邦政府やモンゴル国政府などから提供された資料に載っている死亡者は、シベリア・モンゴル地域が5万7061人(シベリア5万5403人、モンゴル1658人)、その他の地域が1325人で、合わせて5万8386人である。一部に重複があるという。
このうち個人が特定できたのは、シベリア・モンゴル地域が4万1260人(シベリア3万9710人、モンゴル1550人)、その他の地域が1058人で、計4万2318人。差し引き約1万6000人は、名簿に名前の痕跡はあっても、それが誰なのかまだ結び付いていない。
その他の地域の1325人は、興南地域776人、樺太地域等309人、大連地域188人、満州地域44人、元山地域6人、その他2人という内訳で、特定できたのはそれぞれ725人、196人、99人、31人、5人、2人である。地域によって資料の残り方に差があることが数字に表れている。
抑留されたのは約57万5千人、死亡は約5万5千人
厚生労働省の説明によれば、1945年8月9日以降の旧ソ連軍の侵攻によって旧日本軍人らが旧ソ連やモンゴル人民共和国(当時)の地域に強制抑留され、その数は約57万5000人(うちモンゴル約1万4000人)にのぼる。帰還したのは約47万3000人(同約1万2000人)で、死亡と認められる人は約5万5000人(同約2000人)。病弱のため入ソ後に旧満州や北朝鮮へ送られた人などが約4万7000人いる。
つまり、死亡と認められる約5万5000人に対して、ロシア側から名簿などの資料が届いているのが5万8386人分(重複を含む)、そのうち誰なのかまで分かったのが4万2318人、という関係になる。
1991年のゴルバチョフ訪日から35年
この照合作業は、1991年に当時のゴルバチョフ・ソ連大統領が訪日した際、日本側へ約3万7千人分の旧ソ連邦抑留中死亡者の名簿が提供されたのを皮切りに始まった。その後も名簿だけでなく、抑留者の病床日誌やカルテなどの医療関係書類、死亡証書・埋葬証書といった形式の資料が断続的に提供されている。
厚生労働省は、個人が特定できた場合には遺族に資料の主な記載内容を知らせているが、遺族の所在が分からず伝えられない人もいる。そのため漢字表記の名簿を公表し、心当たりのある人に連絡を求めている。資料の写しの交付も、抑留中死亡者の遺族や抑留経験者とその家族に対して無料で行っている。また、同省が保管する資料から抽出した抑留中死亡者のうち、ロシア側から資料が提供されていない人や情報が足りず消息が特定できていない人について、ロシア連邦政府やモンゴル国政府などに引き続き資料の提供を要請しているという。
戦後の処理として国が続けている業務は、抑留者の特定だけではない。樺太等残留邦人11名が13日に一時帰国 墓参や肉親との再会へ7日間 事業は平成7年からのように、戦争によって離れ離れになった人をつなぎ直す事業もなお動いている。戦後81年が過ぎても終わっていない仕事が、月単位の地味な公表として積み重ねられている。
