総務省情報通信政策研究所の「未来社会を見据えた人とデジタルの関係の在り方に関する研究会」は10月27日、第7回会合をオンラインで開いた。事務局は3月の発足以来の議論をまとめた「これまでの議論の整理」を初めて示した。AIの高度化や、脳の情報を読み取る技術(ニューロテクノロジー)の進展によって、「自律的な意思決定主体としての近代的人間観が問い直される可能性」があると指摘し、人間の認知への影響を考えた情報環境のガバナンスを検討する必要があるとした。会合では脳情報通信と憲法学の研究者2人も発表した。
2050年を見据える研究会
研究会は総務省が3月3日に開催を発表し、3月10日に第1回を開いた。情報通信政策研究所長の研究会という位置づけで、事務は同研究所の調査研究部が担う。
開催要綱は目的について、AIやロボットなどが生活の隅々まで浸透し、人間に「積極的に働きかけを行っていく関係が構築される」と予想したうえで、デジタル技術の進展は便利さをもたらす一方、「人間の意思決定や行動に影響を及ぼし、時には人間の自由を制約する要因にもなり得る」と記す。そのうえで、2050年ごろまでの未来社会を念頭に、人間とデジタル技術の共存を通じてウェルビーイング(幸福度)の高い社会を築く方策を検討するとしている。研究事項には、デジタル技術・人間・社会の未来像、人間とデジタル技術のあるべき関係、人間に求められる能力などを挙げる。
座長は高橋利枝・早稲田大学文学学術院教授、座長代理は辻大介・関西学院大学社会学部教授で、構成員は4月1日時点で大学の研究者や広告会社・シンクタンクの研究員ら計11人。会合は4月15日、5月20日、6月16日、8月4日、10月14日と重ね、今回は第6回から2週間後の開催となった。
「4つのレイヤ」で論点を並べる
事務局の整理は2枚の資料からなる。1枚目は検討テーマを「4つのレイヤ」に分けて並べた。
| レイヤ | 問い | 主な項目 |
|---|---|---|
| 社会システム | 社会の仕組みや構造はどう変わるか | 経済・産業、労働、教育、格差、家族、民主主義(合意形成)、法、行政など |
| 人間 | 人間自身の能力、主体性、関係、在り方はどう変わるか | 認知、身体性、主体性・自律性、責任、アイデンティティ、幸福など |
| デジタルサービス・デジタル空間 | 人間が使うサービスや空間はどう変わるか | Web、SNS、検索、EC・広告、AIエージェント、メタバースなど |
| デジタル技術基盤 | 何が技術的に可能になるか | 生成AI・汎用AI、ニューロテクノロジー(BMI)、ロボティクス、6Gなど |
出典: 総務省 情報通信政策研究所「これまでの議論の整理(事務局資料)」(2026年10月27日)
4つのレイヤは互いに影響し合う関係にあるとし、人間のレイヤには「未来社会における『人間中心』とはなにか」という問いも掲げた。このうち民主主義(合意形成)、Web・SNS・検索・EC・広告、汎用AIの各項目は、今後の有識者ヒアリングで取り上げる予定だと示した。研究会は今年度を第1期として論点の整理にあて、来年度の第2期で各論点を掘り下げる。
「近代的人間観が問い直される」
2枚目は、これまでの議論を踏まえた問題意識をまとめた。AIは情報の生成や処理にとどまらず、自律的な判断や行為を担う方向へ進んでいるとし、これを「知能の外部化」と表現した。
そのうえで変化を2つの方向に分けた。1つはAIエージェントやパーソナルAI、ニューロテクノロジーによる「認知・意思形成の拡張」で、AIが人間の判断に介在し、脳情報の取得・解析や認知機能への働きかけも進むことで、意思形成の在り方が変わるとした。もう1つはロボットや触覚技術(ハプティクス)などによる「身体・行為の拡張」だ。両者が重なる結果、人間とAI、ロボット、環境がネットワークでつながり、「従来の人間と機械の境界や、判断・行為の主体、責任の所在等が変化」するとし、これを「人間の境界の再編」と呼んだ。
結論として資料は2つの検討課題を挙げた。1つは、近代的人間観が問い直される可能性を踏まえ、「人間中心」とは何か、どのような人間とデジタルの関係を目指すべきかを検討すること。もう1つは、AIやニューロテクノロジー、デジタルサービスが人間の認知や意思形成に介在することを踏まえ、「認知的影響を考慮した情報環境のガバナンス」を検討することだ。後者については、人間の認知の特性やデジタル技術による影響を踏まえた「情報通信政策の基本的視点」を検討するとした。
脳の情報を読み取る技術の現在地
会合では、情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センターの西田知史特別研究員が発表した。西田氏は資料で、自身が現在総務省に出向中だと記している。
西田氏は、脳の情報を読み取り、通信機器やAIと結びつけて機械の操作や意思疎通を行う技術を「脳情報通信技術」と説明した。代表例の脳と機械をつなぐ技術(ブレイン・マシン・インタフェース、BMI)については、米大手企業が10年近く前から巨額の投資をしてきた一方、日本は手術で電極を埋め込む「侵襲型」で特に大きく出遅れていると指摘した。
研究の例として、AIの判断を人間の価値観に沿わせる「AIアラインメント」に脳情報を使う研究や、偽・誤情報への対策を挙げた。本物と偽物を混ぜたニュースの真偽を判断させる実験では、判断の個人差に右脳の「楔前部(けつぜんぶ)」が関わっていたとし、この部位の活動を見分けの得意な人に近づける訓練で検出能力が高まる可能性があると説明した。AIが生成した精巧な顔画像は人間には見分けられないが、脳内では無意識に区別されている可能性があるとの研究も紹介した。
2050年の予想としては、BMIが部分的に社会で使われるようになる一方、脳情報の読み取りはできても書き込み(脳の操作)は難しいとし、脳情報への不正アクセスが相次いで「脳のセキュリティ」が重大な問題になると見込んだ。技術の最大の壁は脳の計測法にあり、脳全体を体を傷つけずに細かく測れる手法はまだ無いとした。
「認知過程の自由」をどう守るか
続いて慶応義塾大学法学部の小久保智淳専任講師(憲法、神経法学)が発表した。小久保氏は、神経科学の知見を使った技術によって、測定や働きかけの対象が人の「行動」から頭の中の「認知過程」へ移り始めていると指摘した。プロファイリングや、利用者の特性に合わせたターゲティング広告・政治広告もその延長にあるとし、これまで事実上不可侵だった内心の「核心」を守る防衛線を築く必要があると述べた。
法的な課題は3つの領域に分けた。脳や神経から取った「神経データ」の取得や処理をどう統制するか、神経系や身体への生理的な干渉をどう統制するか、そして科学技術の進展で「内心」(憲法19条)や「人格的自律」(同13条)といった法の基礎的な概念が揺らぐことにどう対応するか、である。
小久保氏は、本人の同意を中心に干渉の可否を決める考え方には限界があるとした。専門性が高く結果の見通しにくい技術では、利用者から適切な同意を得るのが難しいためだ。そのうえで、技術による干渉を絶対的に拒絶すべき領域があるかどうかを検討すべきだとし、「認知過程」への一定の干渉を拒絶する権利や、AIやシステムから切断して影響を逃れる権利、禁止すべき干渉などを議論する必要があると提起した。
ウェブ上の利用者情報の扱いでは、総務省は別の作業部会でも議論を重ねており、Cookieの外部送信ルール、アプリの無いサイトは遵守率43.2% 総務省WGが雛形と定期調査を提言では、サイトが利用者の情報を外部へ送る際の通知・公表の実態が示された。今回の研究会はそうした個別の規律より手前で、技術が人の判断そのものに及ぶ時代の政策の基本的な視点を探る位置づけとなる。第7回の議事要旨は28日時点で掲載されておらず、整理案に構成員からどのような意見が出たかは確認できていない。
