政府は10月16日の定例閣議で、「特定タンカーに係る特定賠償義務履行担保契約等に関する特別措置法」(特定タンカー法)の一部を改正する法律案を決定した。タンカーが加入する船主責任保険の再保険が外国政府などの措置で止まった場合に、再保険に当たる分を国が肩代わりする仕組みについて、対象を原油からLNG(液化天然ガス)と石油製品にも広げる。所管する国土交通省は、日本に欠かせない原油、LNG、石油製品の海上輸送を安定して確保するためだと説明している。法案は国会に提出される。
船主責任保険と「再保険」の仕組み
船を動かすには、事故で第三者に損害を与えたときの賠償に備える「船主責任保険」(P&I保険)が欠かせない。国交省によると、油の流出事故などでは賠償額が非常に大きくなるおそれがあるため、日本の船主に保険を提供する日本船主責任相互保険組合(JPI)は、欧米の船主責任保険組合などから再保険を受けている。
国交省の概要資料は、その分担を次のように示している。1000万ドルまでの賠償はJPIが自ら保障し、1000万ドルから98億ドルまでの賠償は、JPIが加盟する国際P&Iグループや欧米の再々保険市場などが保障する。巨額の賠償の大部分を海外の保険の枠組みに頼っている形だ。
このため、ある国の産品を運ぶ船への再保険を外国政府などが禁じると、日本の保険組合も十分な保険を引き受けられなくなる。概要資料は「再保険が停止すると船主責任保険は実質的に無保険状態となり、当該船舶の航海が困難になる」としている。
法律案の提出理由も、「最近における原油、液化天然ガス及び石油製品の国際海上輸送をめぐる状況」を挙げ、再保険の禁止措置によって、船舶油濁等損害賠償保障法に定める「保障契約」を対象の船について結ぶのが難しくなることへの対応だと記している。国交省の発表は背景を「不安定な国際情勢」と表現し、具体的な国名は挙げていない。
2012年、イラン産原油のためにできた法律
特定タンカー法は2012年(平成24年)に制定された。現行法の第1条は、欧州連合(EU)がイラン産原油を運ぶタンカーへの再保険の引き受けを禁じたことで、日本向けのタンカーが保険契約を結べなくなる事態に対応する法律だと定めている。
仕組みはこうだ。対象のタンカーの所有者がJPIと保険契約を結び、さらに賠償の支払いを担保する「特定賠償義務履行担保契約」を結ぶ。国(国土交通大臣)はタンカー所有者との間で「特定保険者交付金交付契約」を結び、事故で損害が出て保険組合が支払う場合には、本来なら再保険で賄われる部分に当たる額を交付金として出す。タンカー所有者は国に納付金を納める。
現行法では、国が結ぶ契約の担保上限金額の合計は会計年度ごとに国会の議決を経た額の範囲内とされ(第7条)、制定時の附則は2012年度の限度を9兆1322億8767万円としていた。附則にはまた、情勢が変わって民間の保険で十分な契約が結べるようになったときなどは、速やかに法律を廃止するとの規定もある。
これまで対象は「イラン産原油」を運ぶタンカーに限られていた。改正案はこの限定を外し、どの国の、どの物資を運ぶ船を対象にするかを政令で指定する形に改める。
改正案の中身 対象国は政令、題名は「特定船舶」に
改正案の柱は3つある。
1つ目は対象物資の拡大だ。原油に加えてLNGと石油製品を加える。石油製品は全てではなく、「国民の生存に必要不可欠な又は広く国民生活若しくは経済活動が依拠しているもの」で、海上輸送による輸入に頼っている、または頼ることが見込まれるものとして政令で定める「特定石油製品」に限る。
2つ目は対象国の定め方だ。外国の船主責任保険組合の本部がある国や、そうした国が加盟する国際機関(日本が加盟していないもの)の措置によって、その国・地域を原産地または船積地とする貨物を運ぶ船への再保険の引き受けが禁じられた国・地域を、物資ごとに政令で「指定国」とする。原油は指定国を原産地とするもの、LNGと特定石油製品は指定国で船に積んだものが対象になる。
対象の船は、指定国の原油や特定石油製品を含む積み荷を日本に運ぶタンカー(特定タンカー)、指定国のLNGを含む積み荷を運ぶ船(特定液化天然ガス輸送船)、指定国の特定石油製品を含む積み荷を運ぶ船(特定石油製品輸送船)で、いずれも荷揚げを日本でだけ行うものに限る。3種類をまとめて「特定船舶」と呼ぶ。
3つ目は題名の変更で、対象がタンカーに限られなくなることから、法律の名前を「特定船舶に係る特定賠償義務履行担保契約等に関する特別措置法」に改める。
船主が国に納める納付金は、1年当たり、タンカー、LNGを運ぶ船、特定石油製品を運ぶ船の別ごとに、保険料の国際的な水準を考えて政令で定める。
| 項目 | 現行法(2012年制定) | 改正案 |
|---|---|---|
| 題名 | 特定タンカーに係る〜特別措置法 | 特定船舶に係る〜特別措置法 |
| 対象物資 | 原油 | 原油、LNG、特定石油製品(政令で指定) |
| 対象国 | イラン(法律で明記) | 再保険禁止措置を受けた国・地域を政令で指定 |
| 対象の船 | 特定タンカー | 特定タンカー、特定LNG輸送船、特定石油製品輸送船 |
| 初年度の契約限度額 | 9兆1322億8767万円(2012年度) | 27兆2973億7569万6000円(2026年度) |
出典: 国土交通省「法律案・理由」「要綱」、e-Gov法令検索(現行法)
限度額は約27兆円 貨物・船体の保険でも同様の法案
改正案の附則は、2026年度に国が結ぶ交付金交付契約について、担保上限金額の合計を27兆2973億7569万6000円以内とした。国会が第7条に基づいて別に議決した場合はこの限りではない。制定時の2012年度の限度額(9兆1322億8767万円)のおよそ3倍に当たる。これは国が引き受けうる保障の上限の合計で、実際に支払う額ではない。
施行は、公布の日から3か月を超えない範囲で政令で定める日とする。政府は施行から5年をめどに施行状況を検討し、必要があれば措置を講じる。閣議案件では、国土交通省のほか金融庁、外務省、財務省、経済産業省が関係省庁として並んでいる。
海上輸送を支える保険は、船主が第三者に負う賠償に備える船主責任保険だけではない。積み荷や船そのものの損害に備える貨物保険・船舶保険もある。政府は10月13日の閣議で、こちらについても経済産業省などが所管する「特定貨物保険契約及び特定船舶保険契約の履行の確保に関する特別措置法案」を決定している(原油調達多角化など資源3法案を閣議決定 ホルムズ迂回に交付金、再保険停止は政府が肩代わり)。
今回の特定タンカー法改正案と合わせると、外国の措置で再保険が止まったときに、賠償責任の保険と、貨物・船体の保険の両方で国が支える仕組みを整える形になる。
ただし、どの国を指定国にするのか、どの石油製品を特定石油製品に含めるのか、船主が納める納付金をいくらにするのかは、いずれも政令に委ねられており、法案の段階では示されていない。
