米AI企業アンソロピックは10月27日、同社のAI「Claude(クロード)」を新薬の開発に使った研究の途中経過を公表した。過去数か月、製薬・バイオの6組織と共同研究を進め、抗体の設計、候補物質の改良、製造記録の点検、臨床試験の計画づくりなどにClaudeを使った。子どもに多い希少な筋ジストロフィーの治療薬は自社で開発しており、候補が有効性を保てば、早ければ2028年後半に人での臨床試験を始められる見通しを示した。同社は研究の大半が「前臨床」、つまり人に投与する前の段階にあると明記している。

6組織と共同研究、自社でも創薬に着手

共同研究の相手は、米製薬大手ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)、バイオ企業のビッグハット・バイオサイエンシズ、ダイバージェンス・ラボ、エンベダ、ジェネレート・バイオメディシンズ、投資会社のザ・コラム・グループ(TCG)の6組織。

同社は、新薬の開発には多くの工程があると説明する。薬の標的を見つける初期研究、標的に合う薬の種類の選択、性質のよい分子の設計、大量生産に向けた改良、臨床試験に必要な規制当局への書類作成、試験の設計と運営などだ。AIの使い道は新しい分子の設計案を出すことがよく話題になるが、同社は「解くべき問題は一つではなく、開発の工程全体に滞る箇所が散らばっている」とし、実際の開発計画に深く関わることでそれを見つけていく方針を掲げた。

共同研究の狙いは3つあるという。第1に、幅広い創薬の作業で自社モデルの得意・不得意を把握すること。同社は、ここまでに得た知見を基にモデルの具体的な改良点に優先順位を付けたとしているが、改良点の中身は示していない。第2に、生命科学の業界全体に向けた事例とすること。第3に、研究そのものから食物アレルギー、子どもの希少疾患、いくつかのがんの新薬が生まれることだ。

抗体の設計から製造書類まで、各社の結果

各社の取り組みと結果は次のとおり。いずれも各社と同社の発表による数値で、詳しい技術報告を各社が別に公開している。

組織 工程 発表された主な結果
ジェネレート 治療法の改変 がん免疫療法の遺伝子配列の一部を約70%短縮。受容体は約10倍
ダイバージェンス 候補の探索 約1か月で抗体の設計案約3万5000件。有望な候補を計23件確認
ビッグハット 候補の改良 約10週で約1010種の改変体を作製・試験。結合力は10倍超に
エンベダ 製造・申請書類 書類1061ページの点検で、人が見落とした問題も7件指摘
TCG 会社づくり 新会社プレイアデスを設立。標的評価の機能を45組で検証
BMS 臨床試験の計画 初期段階の薬の試験計画と成功の見込みを評価
共同研究先の取り組みと発表された結果出典: アンソロピック「Early progress on accelerating drug development with Claude」

ジェネレートは、血液のがんの治療に使われてきた「CAR-T細胞療法」を固形がんにも使えるようにする研究を進める。遺伝子の指示の一部を短くし、別の種類のがんに合わせた指示を加える余地をつくる狙いだ。同社の研究者6人が開発支援ツール「Claude Code」で新しい設計案を出させたところ、標準より約70%短い設計が得られた。実験では、免疫細胞ががん細胞を見つけるのに使う受容体をおよそ10倍作り、腫瘍細胞をより効率よく壊し、長く活動を続けたという。

ダイバージェンスは食物アレルギーの新しい治療法を開発している。アレルギーを引き起こす「IgE」という分子を免疫細胞から引き離す薬で、IgEに強く結合する部分と、IgEを細胞から外す部分の2つを1つの抗体に持たせる必要がある。Claudeは目標を詳しい設計計画に直し、ほぼ自律的に約1か月で約3万5000件の抗体の設計案を作った。初期の試験で、IgEに結合する3件と、IgEを外す20件が見つかり、20件のうち3件は標準的な薬より多くIgEを外したとみられる。次の段階では2つの部分を組み合わせた薬を作る。

ビッグハットは、がん細胞を狙う抗体の断片と、薬を体内に長くとどめる抗体の断片の2つについて、結合の強さ、熱への安定性、固まりにくさを改良した。Claudeが同社の実験データの管理システムにつながって改変案を出し、同社の実験室が約10週間で約1010種を作って試した。途中で、標準的な安定性の指標が実態を正しく示していない疑いが出たため、Claudeと研究者が生データを分析し直し、別の指標と試験手順の変更を提案した。最良の改変体は元の分子より10倍超強く結合し、がんを狙う断片は溶けた状態を保てる温度が18度高くなり、もう一方は固まる速さが100分の1未満に落ちた。

製造記録の点検は25時間超から3時間未満に

エンベダの事例は、分子の設計ではなく書類の作業だ。臨床試験を行うには、薬の製造の各回が厳しい品質基準を満たした記録や、規制当局への申請書類が要る。同社では製造担当の化学者が最大で勤務時間の75%を書類作業に費やしていた。製造関係の書類をすべてClaudeにつなぎ、問題の可能性を指摘させる仕組みを作り、1061ページの書類で試したところ、人の点検者が見つけた11件の問題をすべて指摘し、人が見落とした7件も挙げた。人による点検の時間は89%減り、25時間超から3時間未満になった。

Claudeは重要な規制書類2本の初稿も書いた。1本は人手で約3か月かかるところを4時間で仕上げ、もう1本は同社の通常の人による点検で軽微な誤りが1件見つかった。

TCGは、Claudeを使って小さな組織でも多くの開発計画を同時に動かす新会社「プレイアデス」を設立している。創薬は時間と費用がかかり失敗も多いため、投資家は実績のある手堅い発想を選びがちで、同社はClaudeで開発の時間と費用を減らし、より挑戦的な研究に資金が向かうかを確かめるとしている。プレイアデスが最初に作った機能は、薬の標的が追う価値のあるものかを評価するもので、標的と病気の組み合わせ45組で検証した。

BMSとは最近、臨床試験の計画で滞る箇所を探す作業を始めた。臨床試験中の初期段階の薬について、試験計画を評価し、成功の見込みを推定させている。両社は2027年にこの取り組みを広げる予定だ。BMSで初期臨床開発を率いるマイケル・ポルデナド上級副社長は「1つの指示から、Claudeはしっかりした初期分析を作り、開発の選択肢を評価するのに役立った。本来なら数日かかる作業だ」とのコメントを寄せた。

1人の会社を買収、希少な筋ジストロフィーの薬

同社は自社でも研究を始めた。2種類の希少な筋ジストロフィーの治療法を開発していた1人だけの会社「ミスリル・メディシン」を買収した。創業者のコーディ・トランバーガー氏は、外部の11の研究機関との契約、物流、実験の調整にClaudeを使い、会社の運営の多くをClaudeに任せた。その結果、1種類の筋ジストロフィーについて、着想からマウスで有望な結果を得るまで18か月かからなかったという。

同社が10月26日付で公開した技術報告によると、対象は「LAMA2関連先天性筋ジストロフィー」。筋肉の線維を包む膜を支えるたんぱく質「ラミニンα2」が失われて起きる子どもの病気で、病気の進行を変える治療法は無いと報告は説明する。この病気の筋肉では似たたんぱく質の「ラミニンα4」が多く作られるが、ラミニンα2の代わりを果たせない。そこで、ラミニンα4と筋肉の細胞膜の分子を橋渡しする抗体を設計した。ラミニンα2を欠くマウスでの予備的な試験では、一方の型の抗体を投与したマウスの最大筋力と握力が、薬を含まない液を投与したマウスの約2倍になった。報告は専門家による査読を受けていないと表紙に記している。

トランバーガー氏は同社に移って研究を続け、新たな開発計画をいくつか始める予定だ。同社は、候補が有効性を保てば、早ければ2028年後半に人での臨床試験を始められるとしている。

臨床段階はこれから、研究者への提供も広げる

同社は、一連の研究は「まだ初期の段階」で、大半は前臨床にとどまると説明した。開発が進むのに合わせ、また臨床段階の計画を持つ組織との提携を増やしながら、臨床試験でのClaudeの役割を広げる方針だ。

今回の研究は創薬を速めるための取り組みの一部だとも説明している。同社はこれまでに、研究者向けの作業環境「Claude Science」を公開し(関連記事「米アンソロピック、科学者向けAI「Claude Science」公開 60超の研究データベースを横断し論文執筆まで支援」)、生命科学の研究者にClaudeの利用枠を提供してきた。信頼できる組織に、悪用防止の制限を緩めた最上位モデルを使わせる「生命科学認定プログラム」も設けた(「アンソロピック、生命科学の専門家にAIの制限を緩める認定制度 審査を通れば創薬や臨床開発の遮断を解除 監視は「その場で拒否」から「後から検証」へ」)。制限は悪用を防ぐのに必要だが、正当な生物学研究の妨げにもなるためだ。さらに、Claudeで創薬などの課題を調べたい研究グループから客員研究の提案を募っている。

生命科学向けのAIをめぐっては、米OpenAIも10月30日に専用モデルをAPIで公開した(「OpenAI、生命科学向けAI「GPT-6 Rosalind」公開 料金は前のモデルの3倍、審査制で提供」)。アンソロピックは今後この研究を「大幅に拡大する」としており、創薬に取り組む組織に共同研究への参加を呼びかけている。