東京大学、理化学研究所、大阪大学、科学技術振興機構(JST)は10月27日、波長の短い硬X線の領域で、時間幅がアト秒(1アト秒は100京分の1秒)単位のレーザーパルスを作り、その時間幅を測ることに成功したと発表した。米国のX線自由電子レーザー施設で実験し、ほぼすべてのパルスの時間幅が100〜400アト秒の範囲にあることを確かめた。研究グループは「アト秒X線レーザーの実現を示す初めての成果」としている。成果は英科学誌「ネイチャー・フォトニクス」に10月20日(英国時間)付で掲載された。
1フェムト秒より短い電子の塊からX線を出す
研究を率いたのは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の井上伊知郎特任准教授(理化学研究所放射光科学研究センターのユニットリーダー、JSTさきがけ研究員を兼ねる)、大阪大学大学院工学研究科の山田純平准教授、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋牧名センター長らの国際共同研究グループである。論文の著者は28人で、責任著者は井上氏とアゴスティーノ・マリネリ氏が務めた。
実験には、米スタンフォード大学が米エネルギー省のために運営するSLAC国立加速器研究所(カリフォルニア州メンロパーク)のX線自由電子レーザー(XFEL)施設「LCLS」を使った。LCLSは2009年に運転を始めた施設で、X線レーザーのパルスを毎秒最大120回、実験装置へ送る。
XFELは、加速器で光の速さ近くまで加速した電子の束を、アンジュレータと呼ぶ磁石の列に通してX線のレーザー光を出す装置である。半導体や気体を使う通常のレーザーと違い、真空中を飛ぶ電子ビームが光を生むため、原理の上では波長に制限が無い。研究グループは加速器を細かく制御し、時間幅が1フェムト秒(1000兆分の1秒)以下という極めて短い電子の束を作った。この電子の束をアンジュレータに通し、時間幅の極めて短いX線レーザーを発生させた。
1フェムト秒は1000アト秒にあたる。今回確かめた100〜400アト秒は、その10分の1から5分の2の長さになる。
2023年のノーベル賞技術が届かなかった波長域
アト秒の光パルスは、2023年のノーベル物理学賞の対象になった技術である。スウェーデン王立科学アカデミーは、物質の中の電子の動きを調べるためにアト秒の光パルスを作り出す実験手法を開いたとして、ピエール・アゴスティーニ、フェレンツ・クラウス、アンヌ・ルイリエの3氏に賞を贈った。
アカデミーの発表によると、ルイリエ氏は1987年、赤外線のレーザー光を希ガスに通すと、元の光の何倍もの振動数をもつ多くの光が生じることを見いだした。この現象は高次高調波発生と呼ばれる。2001年にはアゴスティーニ氏が1つ250アト秒の光パルスを連ねて作り、同じころクラウス氏は650アト秒の光パルスを1つだけ取り出す実験に成功した。発表は、1秒の中には宇宙の誕生から今までの秒数と同じほどのアト秒が入ると説明している。
| 年 | 研究者・研究グループ | 光パルスの時間幅 | 光の種類 |
|---|---|---|---|
| 2001年 | アゴスティーニ氏 | 250アト秒(連続したパルス) | 高次高調波 |
| 2001年ごろ | クラウス氏 | 650アト秒(単一のパルス) | 高次高調波 |
| 2026年発表 | 井上氏ら国際共同研究グループ | 100〜400アト秒 | 硬X線(XFEL) |
出典: NobelPrize.org「The Nobel Prize in Physics 2023」プレスリリース、東京大学・理化学研究所・大阪大学・JST共同発表資料
ただし、発表資料によれば、高次高調波は波長が短くなるほど発生の効率が大きく下がり、軟X線と呼ばれる波長域で光パルスを作るのは難しくなる。今回の研究が扱った硬X線は、軟X線よりさらに波長が短い。高次高調波とは別の仕組みであるXFELを使い、この短波長側の限界を越えたというのが研究グループの説明である。
測るための「ものさし」に日本のSACLAの集光鏡
パルスを作るだけでは実現の証明にならない。時間幅を測る必要があるが、発表資料によると、X線ではこれが難しい。可視光などの領域では、強い光を当てたときに物質の応答が光の振幅に比例しなくなる「非線形光学現象」を使って時間幅を見積もるのが一般的だが、X線の領域ではこの現象が非常に弱く、同じ方法が使いにくい。
研究グループが着目したのは、X線の非線形光学現象のうち、パルス1発だけで明瞭な信号が得られる唯一の現象とされる「増幅自然放出(ASE)」である。物質の中の原子の大半が同時にエネルギーを受け取って高いエネルギー状態になったとき、特定の方向へ強い蛍光が出る現象を指す。
ASEを起こすには、X線を極めて小さな点に集めて光の強さを高める必要がある。ここで使ったのが、日本のXFEL施設「SACLA」で開発された高性能のX線集光ミラーである。研究グループはこのミラーをLCLSに持ち込み、ASEの信号をとらえた。
そのうえで、パルスごとに測った蛍光の強さを、時間幅を100アト秒、400アト秒、1フェムト秒と仮定した理論計算の結果と比べた。エネルギーが2マイクロジュール以上のパルスでは、ほぼすべての測定値が100アト秒と400アト秒を仮定した計算の間に収まった。研究グループは、パルスの時間幅が1フェムト秒より明らかに短く、アト秒のX線パルスが実際にできていることを裏付ける結果だとしている。
集光ミラーを生んだSACLAは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設である。発表資料によると、2011年3月に完成し、同年6月に最初のX線レーザーを発振した。2012年3月から外部の研究者が使える共用運転に入っている。名前は「SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser」の頭文字に由来する。
今回の実験は米国の施設で行ったが、測定を可能にした部品は日本の施設で培われた技術だった。研究はJSTの戦略的創造研究推進事業「さきがけ」と創発的研究支援事業、日本学術振興会の科学研究費助成事業の支援を受けた。
化学反応の最初の瞬間をとらえる観測手段に
硬X線の波長は、物質の中で電子が広がる範囲や原子と原子の間隔とほぼ同じ長さである。このためX線は、電子の分布や原子の並びを目に見える形にする手段として広く使われてきた。X線のエネルギーを選べば、注目する元素の電子の状態だけを選んで観測することもできる。
一方、原子や分子の中で起きる電子の動きの多くは、アト秒からフェムト秒の時間で進む。これを直接見ることは長年の研究課題だった。X線のパルスをアト秒まで短くできれば、物質の中で電子がどう動くかを、元素を区別しながらコマ送りのように追えると期待されてきた。
研究グループは今後、アト秒X線レーザーを使い、化学反応の初期段階で起きる速い電子の動きをとらえることを見込む。物質科学、化学、生物学など幅広い分野での活用を想定している。
