会計検査院は10月23日、中小企業の設備投資を支援する「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」(ものづくり補助金)で、受給した企業が賃上げの約束を守ったかどうかの確認が十分に行われていないとして、中小企業庁長官と独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)理事長に対し、会計検査院法第34条に基づく是正改善の処置を求め、同法第36条に基づく意見を表示した。検査院が抽出した220事業のうち30事業(交付額計2億9063万余円)は、賃上げ要件を実際には満たしていなかったのに、事務局が達成したものとして扱っていた。要件を満たさなければ補助金の一部を返還させるのが原則だが、その手続きに進んでいなかった。

3277億円を交付、賃上げの約束と返還の仕組み

ものづくり補助金は、中小企業等が革新的なサービスの開発、試作品の開発、生産工程の改善のために行う設備投資の経費の一部を補助する事業で、中小機構が国の運営費交付金と国庫補助金を財源に実施している。検査院によると、令和2年度から7年度までに3万7353事業主体が実施した3万8926事業に、計3277億8421万余円が交付された。補助事業の管理・運営は、中小機構が公募で選んだ全国中小企業団体中央会(中央会)が担い、中小機構が中央会を指導・監督し、中小企業庁が両者に指導と助言をする体制になっている。

補助金を受ける企業は、申請時に、事業の完了後3年から5年の「事業計画期間」の目標を事業計画書に書く。賃上げに関する要件は主に2つある。1つは、事業を実施する事業場の中で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を、毎年度、都道府県ごとの地域別最低賃金より30円以上高い水準にすること。もう1つは、営業利益、人件費、減価償却費を合わせた「付加価値額」の年平均増加率を3%以上にすることだ。

達成の状況は、交付後に6回提出する「事業化状況報告書」で確かめる。企業は報告対象年度の3月分について、事業場内の全従業員の賃金台帳の写しと決算書を添えて報告する。事業計画期間の毎年3月の時点で事業場内最低賃金の要件を満たしていなければ、中央会は原則として、交付額を事業計画期間の年数で割った額の返還を求める。ただし、付加価値額の増加率が1.5%に届かない場合や、天災など企業の責めによらない理由がある場合は返還を求めない。中小企業庁は、付加価値額が増えたのに賃上げをしなかった企業には一部返還を求める必要があると判断して、この仕組みを入れたと説明している。

3年度から7年度に提出された事業化状況報告書は、第1次から第18次の公募の3万7015事業主体・3万8565事業について10万1521件にのぼる。新規の採択は8年2月の公募で終わったが、中央会は少なくとも10年度末まで報告書の受け付けを続ける予定だという。

220事業を抽出、30事業で賃上げ未達を見逃し

検査院は、事業規模が大きいなどの190事業主体が実施した220事業(交付額計21億0246万余円)を選び、事業化状況報告書614件を賃金台帳などと照らし合わせた。

その結果、50事業主体の56事業(220事業の25.4%、交付額計5億2932万余円)の報告書91件で、事業場内最低賃金が正しく報告されていなかった。一部の雇用形態の従業員を除いたうえで最も低い賃金の人を選んだり、最低賃金の計算に含めない手当を含めたりしていた。中央会の示す方法では、事業場内の従業員は雇用形態にかかわらず要件の対象となり、時間外勤務手当、休日出勤手当、通勤手当、家族手当、精皆勤手当、臨時の手当は計算から除く。日給制や月給制の賃金は時給に換算して地域別最低賃金と比べる。

検査院が賃金台帳から正しい額を計算し直すと、このうち28事業主体の30事業(220事業の13.6%、交付額計2億9063万余円)の44件は、中央会が要件を達成したものとして扱っていたが、実際には達成していなかった。

検査院が示した事例では、建設業のA社が溶着機などを導入する事業を4年度に実施し、2回目の報告書で6年3月分の事業場内最低賃金を1135円と報告した。地域別最低賃金897円より30円以上高い927円以上の水準を達成したとし、中央会も達成を確認していた。ところが、A社は期間の定めがある労働契約で働く従業員を除いて最も低い賃金の人を選んでいた。その従業員を含めると事業場内最低賃金は900円で、927円を下回っていた。

中央会は、企業から多くの問い合わせを受け、遅くとも5年2月までに、計算方法をウェブサイトの「よくあるご質問」に順次載せていた。しかし、実際には要件を満たしていなかった報告書44件のうち39件(88.6%)は5年4月以降に提出されたもので、検査院は、ウェブサイトによる周知が「効果的なものとはなっていなかった」と指摘した。

確認の体制にも欠けがあった。提出される賃金台帳には、従業員ごとの賃金計算期間、労働日数、労働時間数、基本給などは載っているが、その従業員がどの事業場で働いているかや、月給制などの給与の形態は書かれていない。中央会は、これらを確かめられる別の書類の提出を求めていなかった。事業場の範囲の外の従業員が交じっていても、時給への換算が誤っていても、賃金台帳だけでは見分けられないことになる。

検査院が抽出した220事業で見つかった誤り(事業)

検査対象220賃金報告誤り56未達見逃し30年度未修正77返還判定誤り6
出典: 会計検査院「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進事業等における賃上げ要件に係る達成状況の確認等について」(2026年10月23日)
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項目事業
検査対象220
賃金報告誤り56
未達見逃し30
年度未修正77
返還判定誤り6

基準年度の取り違えで、返還の判定も誤る

もう1つの問題は、付加価値額の増加率を測る起点となる「基準年度」の扱いだ。基準年度は、事業の完了日を含む事業年度の前の事業年度と定められている。申請時は完了予定日をもとに基準年度を決めるが、実際に完了したことになる補助金の額の確定日が予定と別の事業年度にずれ込んだ場合は、1回目の報告書を出す前までに基準年度を直さなければならない。

検査院が調べると、75事業主体の77事業(220事業の35.0%、交付額計7億5384万余円)の報告書228件で、完了予定日と額の確定日が事業年度をまたいでいたのに、基準年度が直されていなかった。このうち、最低賃金の要件が未達のため付加価値額の増加率で返還の要否を判定していた9事業を正しい基準年度で計算し直したところ、6事業(交付額計6555万余円)で判定が逆になった。4事業(同3195万余円)は返還を免除する条件に当たらず、原則として一部返還を求める必要があった。反対に2事業(同3359万余円)は、免除の条件に当たり返還は不要だった。

事例では、家具製造業のB社が4年3月分の事業場内最低賃金を地域別最低賃金と同じ889円と報告し、要件は未達だった。中央会は基準年度を2年2月末を期末とする事業年度として付加価値額の増加率をマイナス0.34%と計算し、1.5%未満のため返還を求めていなかった。しかし、B社の額の確定日は3年7月5日で、正しい基準年度は3年2月末を期末とする事業年度だった。この年度を起点にすると増加率は2.24%となり、返還を免除する条件には当たらなかった。中央会は自ら額の確定通知書を出しているため、基準年度を直す必要があるかを確かめられる立場にあったが、確認していなかった。

最低賃金と基準年度の問題を重複を除いて合わせると、32事業主体の34事業、交付額計3億2740万余円になる。

後継の補助金にも同じ要件、検査院は確認書類の追加を求める

検査院は、こうした事態の原因として、企業側の理解不足に加え、中央会の確認体制と周知の工夫が十分でなく、中小機構の中央会への指導・監督、中小企業庁の両者への指導・助言も十分でなかったことを挙げた。

そのうえで、第34条に基づく是正改善の処置として、中小機構に対し、中央会を指導して、事業場の範囲内の従業員を確かめるのに必要な書類の提出を企業に新たに求め、その確認のためのマニュアルを整えるなどして、報告書の事業場内最低賃金を十分に確かめる体制をつくるよう求めた。額の確定通知書を出す際などに、基準年度を直す必要があるかを確かめる体制も整えるよう求めた。第36条に基づく意見としては、中小機構に最低賃金の計算方法の周知の仕方を見直すこと、中小企業庁にこれらの措置が確実に行われるよう指導・助言することを示した。

対象はものづくり補助金だけではない。中小機構は8年度から、後継の「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」を実施している。検査院は、後継の補助金も事業場内最低賃金の要件を持ち、未達なら原則として一部返還を求めるなど、おおむね同じ制度設計になっているとして、両方の事業で達成状況の確認を適切に行うよう求めた。後継補助金の事務局によると、補助事業の終了後3年から5年の事業計画で、付加価値の年平均成長率4.0%以上、従業員1人あたり給与支給総額の年平均成長率3.5%以上、事業場内最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高くすることを、すべて満たす必要がある。後継補助金の第1回公募の開始は中小企業の新事業進出補助金、第4回で公募終了 応募1499者のうち508者を採択 採択率は第1回の37.2%から33.9%へ 後継補助金は10月30日締切で伝えている。中小企業向け補助金の見直しをめぐる議論は中堅企業向け補助金、採択412者の43%が実質無借金 財務省が財政審で補助から金融支援への転換を提起にまとめている。

賃上げを条件に補助金を出す仕組みは、条件が守られたかを確かめて初めて意味を持つ。検査院の抽出では、220事業のうち30事業で、賃金台帳を見れば分かる未達が見過ごされていた。抽出の対象は全体の1%に満たず、残る約3万8000事業の報告をどう確かめ直すのかについて、検査院の公表資料は触れていない。中小機構と中央会は、確認書類の追加とあわせて、既に受け付けた報告の点検の範囲も示す必要がある。