日本銀行の植田和男総裁は10月16日、全国信用組合大会に挨拶を寄せ、信用組合を取り巻く課題として、取引先が抱える経営課題への支援の高度化、預金戦略の構築、フロンティアAIなどの技術革新に伴うサイバーリスクへの対応の3点を挙げた。挨拶は内田眞一副総裁が代読した。金融政策については、経済・物価・金融情勢に応じて「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」との考えを改めて示した。日銀は挨拶の全文をウェブサイトに掲載している。
景気と金融政策の認識は10月6日の挨拶と同じ
挨拶の前半は、最近の経済・物価情勢と金融政策運営の説明だった。景気については「中東情勢の影響もあって一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています」と述べた。輸出は「グローバルなAI関連需要の堅調な増加など」を背景に緩やかながら増加に転じ、企業収益は高水準で推移しているとした。9月の短観(全国企業短期経済観測調査)にも触れ、企業の業況感は「良好な水準」にあると述べた。個人消費は、家計マインドになお弱さがみられるものの、雇用・所得環境の改善を背景に底堅く推移しているとした。
物価については、原油高や円安、AI関連需要の拡大を受けて企業間で取引されるモノの価格が前年比で高い伸びを続けており、その上昇圧力が消費者段階にも波及し始めていると説明した。そのうえで、消費者物価の基調的な上昇率は「2%に近づいています」と述べた。
日銀は9月の金融政策決定会合で、政策金利を1.25%程度へ引き上げた。挨拶では、引き上げ後も実質金利の水準や企業の資金需要、金融機関の貸出態度を踏まえると「緩和的な金融環境は維持される」とした。今後については、基調的な物価上昇率が2%を超えて上振れるリスクが顕在化しないよう、2%程度の水準で安定させる観点が「これまでよりも重要になってきている」と述べた。
この部分の言い回しは、植田総裁が10月6日に全国証券大会で述べた挨拶とほぼ同じで、日銀の現状認識と利上げを続ける方針が変わっていないことを示している。証券大会での挨拶の中身は日銀・植田総裁「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」 全国証券大会で挨拶 2%超えの上振れを抑える観点が「これまでよりも重要に」で、9月短観の結果は日銀9月短観、大企業製造業の業況判断はプラス24 6月調査のプラス22から上向き3か月前の予測プラス17も上回る 中小企業の借入金利「上昇」超は61から70へで伝えている。
信用組合とは 全国143組合、預金は24兆円
植田総裁は挨拶の冒頭で、信用組合を「『相互扶助』の理念に基づく協同組織金融機関」と位置づけ、中小企業・小規模事業者や地域の勤労者・住民に寄り添い、日本経済の発展に貢献してきたと述べた。
業界団体の全国信用組合中央協会によると、2026年3月末時点の信用組合は全国に143組合、店舗は1516店ある。組合員の集め方で3つの形態に分かれる。
| 形態 | 組合数 | 組合員 |
|---|---|---|
| 地域信用組合 | 101 | 一定の地区内の中小・小規模事業者や生活者 |
| 業域信用組合 | 27 | 同じ業種の人(医師、歯科医師、公衆浴場、青果市場など) |
| 職域信用組合 | 15 | 同じ職場に勤める人(官公庁、新聞社など) |
3月末の預金積金残高は24兆1843億円、貸出金残高は14兆8933億円で、同協会は預金・貸出金とも「年々増加しています」としている。全国信用協同組合連合会がまとめた7月末の速報値では、預金積金は24兆1723億円、貸出金は14兆9145億円で、貸出金は預金積金の6割強にあたる。同協会によると、2025年3月末時点で貸出先の68.5%は1000万円未満の貸し出しで、小口の取引先が中心だ。
信用組合をめぐっては、金融庁の資金交付制度を使った合併などの再編も続いている。その一例は新潟縣信用組合と興栄信用組合の合併計画、金融庁が認定 11月24日を目処に合併で伝えた。
1点目 取引先支援の高度化 企業価値担保権の活用も
植田総裁が挙げた1点目は、取引先が抱える経営課題への支援の高度化だ。地域経済は人口減少や高齢化という構造的な課題を抱え、中小・零細事業者は営業基盤の縮小、人手不足や後継者不足、原材料の調達コストの上昇に直面していると指摘した。取引先が収益を持続させるには、経営改善、DX(デジタル化による業務改革)の推進、販路拡大、事業承継、創業・起業といった多岐にわたる支援が必要だとした。
信用組合はこれまで、コンサルティングやビジネス・人材のマッチングを行いながら資金を供給する「地域密着型金融」で取引先の課題解決を支えてきたと評価した。今後については、業界全体で先進事例や業務のノウハウを共有する枠組みづくりが進んでいるほか、「本年導入された企業価値担保権の活用を検討しているとの声も聞かれます」と述べ、新たな手法も使って支援を高度化するよう求めた。
企業価値担保権は、2026年5月25日に施行された新しい担保の仕組みだ。金融庁の制度概要によると、不動産担保や経営者の個人保証に頼らず、事業の将来性に基づいて融資できるようにするのが狙いで、担保の対象は会社の総財産とし、商業登記簿に登記する。金融庁は、有形資産に乏しいスタートアップや、不動産の担保評価が低い老舗の事業者などが、技術やノウハウ、顧客基盤、事業計画を評価されて融資を受ける場面を想定している。主な活用例には、地域の中小・中堅企業への融資や事業再生・事業承継を挙げている。
預金戦略とAI時代のサイバー対策 「金利感応度」や「技術負債」に言及
2点目は、金融仲介機能を発揮する前提となる預金戦略だ。植田総裁は、信用組合全体の預金残高はひと頃に比べて増えて高水準にあるとしつつ、少子高齢化や他の金融資産への資金シフトの影響を受けていると指摘した。そのうえで、競争環境も踏まえた預金戦略の構築が「これまで以上に重要性を増しています」と述べた。
具体例として、業界で進む共通のバンキングアプリ導入の取り組みを挙げた。さらに、個々の信用組合も、預金が金利の変化にどれだけ反応して動くかを示す「金利感応度」や、預金が他へ流れずにとどまる度合いを示す「粘着性」といった預金基盤の属性を把握し、資産側の運用戦略と一体で考える枠組みを整えることが、適切な経営判断に重要になるとした。
3点目は、フロンティアAIなどの技術革新に伴うサイバーリスクの高まりへの対応だ。植田総裁は、業界全体では共同システムでの対応などの取り組みが進んでいるとしたうえで、個々の信用組合でも重要な経営課題と位置づけ、「技術負債」の解消やBCP(事業継続計画)を整えるよう求めた。中長期的な視点からの検討も進めてほしいと述べた。
10月6日の全国証券大会への挨拶でも、植田総裁はフロンティアAIによってサイバー攻撃のスピードや規模が加速・拡大する脅威に触れ、証券業界にサイバーセキュリティ対策の強化を求めていた。
挨拶では冒頭、令和8年熊本地震や大雨などの災害による犠牲者への哀悼と、被災者への見舞いの言葉も述べた。
