日本銀行の植田和男総裁は10月6日、令和8年全国証券大会で挨拶し、今後の金融政策運営について「経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています」と述べた。9月の金融政策決定会合で政策金利を1.25%程度へ引き上げたあとも、利上げを続ける方針を公の場で重ねて示したものだ。日銀は挨拶の全文をウェブサイトに掲載している。

「2%程度で安定させる観点が、これまでよりも重要に」

植田総裁は、調整のタイミングやペースについて「経済・物価の中心的な見通しが実現する確度やリスクを点検しながら、検討していく方針です」としたうえで、次のように続けた。

「基調的な物価上昇率が2%の『物価安定の目標』を超えて上振れていくリスクが顕在化し、それがその後の経済に悪影響を及ぼすことがないよう、基調的な物価上昇率を2%程度の水準で安定させていくという観点が、これまでよりも重要になってきている」

「基調的な物価上昇率」とは、天候で振れる生鮮食品や原油相場に左右されるエネルギーなど一時的な要因を除いて見た、物価の持続的な上がり方を指す。植田総裁は今回の挨拶で、この基調的な上昇率が「2%に近づいています」と述べ、中長期の予想物価上昇率も「引き続き上昇している」とした。日銀が掲げる2%の「物価安定の目標」は、長く下から届かせる対象だったが、挨拶では2%を超えて上振れるリスクへの備えを「これまでよりも重要」と位置づけている。

植田総裁は9月25日の講演でも利上げの狙いの変化を説明しており、その内容は日銀・植田総裁「政策の局面が変化した」 利上げの狙いは物価を2%へ上げることから2%で定着させることへ 次も「基本的には利上げ」で伝えている。

景気は「緩やかに回復」 価格上昇が企業間から消費者へ

景気の現状について、植田総裁は「中東情勢の影響もあって一部に弱めの動きもみられますが、緩やかに回復しています」と述べた。輸出は「グローバルなAI関連需要の堅調な増加など」を背景に緩やかながらも増加に転じており、企業収益は高水準で推移している。設備投資は建設コスト上昇の影響を受けつつも緩やかな増加傾向にあり、個人消費は「家計マインドになお弱さがみられるものの」、雇用・所得環境の改善を背景に底堅く推移しているとした。

企業の業況感については、先週公表したとして短観(全国企業短期経済観測調査)の結果に触れ、「良好な水準となっています」と述べた。この調査の中身は日銀9月短観、大企業製造業の業況判断はプラス24 6月調査のプラス22から上向き3か月前の予測プラス17も上回る 中小企業の借入金利「上昇」超は61から70へで伝えた。

物価面では、原油高や為替円安に加えてAI関連需要の拡大の影響から、国内企業物価(企業どうしの取引価格)が前年比で高い伸びを続けている。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は「企業間取引における価格上昇圧力が消費者段階にも波及し始めている」ほか、賃金上昇を販売価格へ転嫁する動きも続いており、プラス幅が緩やかに拡大している、との認識を示した。

展望レポートの中心的な見通しは2028年度まで2%以上

植田総裁は、経済・物価が「展望レポート」で示してきた中心的な見通しに「概ね沿って推移しています」と述べた。この展望レポート(経済・物価情勢の展望)は日銀が年4回まとめる見通しで、直近の2026年7月分に載った政策委員見通しの中央値は、生鮮食品を除く消費者物価の前年比が2026年度プラス2.5%、2027年度プラス2.4%、2028年度プラス2.0%となっている。実質GDP(国内総生産)成長率は2026年度プラス0.6%、2027年度と2028年度がいずれもプラス0.8%だ。2026年度の物価見通しは4月時点のプラス2.8%からプラス2.5%へ下がった一方、2027年度は4月時点のプラス2.3%からプラス2.4%へ上がっている。

見通しに対するリスク要因として挙げたのは、中東情勢、AI関連需要の拡大、為替相場の変動の3つ。これらがわが国の経済・物価に及ぼす影響には引き続き留意が必要で、「基調的な物価上昇率が2%の『物価安定の目標』を超えて上振れていくリスクがある」と述べた。

1.25%に上げても「緩和的な金融環境は維持される」

9月17日と18日に開かれた金融政策決定会合で、日銀は無担保コールレート(オーバーナイト物=金融機関どうしが担保なしで翌日返済の資金をやり取りするときの金利)の誘導目標を1.25%程度で推移するよう促すことを決めた。採決は賛成7、反対2。日銀当座預金への付利金利(補完当座預金制度の適用利率)も1.25%、基準貸付利率は1.5%となり、いずれも翌営業日の9月24日から適用されている。決定の中身は日銀、政策金利を1.00%から1.25%程度へ引き上げ 賛成7・反対2 借入金利が同じだけ上がると1社平均で年46万円の利息負担増で伝えた。

そのうえで植田総裁は、金融環境は「緩和した状態にある」とし、実質金利(名目の金利から物価上昇率を差し引いた、借り手が実際に負う負担を示す金利)が「短中期ゾーンを中心になお低い水準」にあると指摘した。企業等の資金需要は増加し、金融機関の貸出態度も引き続き積極的で、CP(コマーシャルペーパー=企業が短期の資金を調達するために発行する約束手形)・社債市場でも良好な発行環境が続いているという。これらを踏まえ「政策金利の変更後も、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をしっかりとサポートしていく」と述べた。

証券業界への3つの期待 こどもNISAとサイバー攻撃に言及

挨拶の後半では、証券業界への期待を3点挙げた。

1点目は、企業の多様な金融ニーズに応えることを通じた企業価値向上の支援だ。企業がコーポレートガバナンス(企業統治)改革をより意識し、成長投資や事業ポートフォリオの見直しなど経営資源の配分を進めるなかで、M&A(企業の合併・買収)や中核でない事業の切り出しといった動きも活発になっている。こうした動きもあって全体としてROE(自己資本利益率=株主が出した資金に対してどれだけ利益を上げたかを示す指標)は改善し、企業価値は向上しているとし、アドバイザリー機能の一段の発揮を求めた。

2点目は、国民の安定的な資産形成の推進と金融リテラシー(金融に関する知識と判断力)向上への支援。新NISA(少額投資非課税制度)の開始から3年弱で「若年層を含めた幅広い年齢層で利用口座数は着実に増加し、資産形成の入口として定着してきています」と述べた。近く引き出し可能年齢などを見直した「こどもNISA」が始まり、企業型確定拠出年金と個人型確定拠出年金でも拠出額の上限が引き上げられる。多くの人がSNSなどを通じて投資や資産形成の情報を集めていることから「インターネット上の正しい情報を見極め、それぞれのリスク許容度も踏まえた適切な投資判断をしていけることの重要性が一段と高まっています」とし、金融経済教育推進機構との連携などによる支援を続けてほしいと要望した。

3点目は、デジタル技術の進展への対応である。証券口座への不正アクセスや不正取引は、多要素認証(パスワードに加えてスマートフォンの確認コードなど複数の手段で本人確認する仕組み)の導入促進といった業界の取り組みが効果を上げ、「被害件数は大きく減少しています」とした。一方で「最近では、フロンティアAIによりサイバー攻撃のスピードや規模が劇的に加速・拡大する脅威が認識され、サイバーセキュリティ対策の一段の強化の必要性が高まっています」と述べた。フロンティアAIとは、開発の最前線にある高性能なAIを指す語だ。オンライン証券取引プラットフォームの普及が家計に資産形成の機会を広げ、オンチェーン化(ブロックチェーン上で取引や権利の記録を処理する仕組み)などの新しい技術活用が企業の資金調達や投資の手段を広げる可能性にも触れ、機会とリスクの両面を視野に入れた対応が重要になると指摘した。

次回の金融政策決定会合は10月29日と30日に開かれる。30日には会合の結果に加えて、展望レポートの「基本的見解」の最新版と植田総裁の記者会見も予定されている。