広島市の松井一實市長と長崎市の鈴木史朗市長は10月30日、首相官邸で高市首相と会い、核兵器禁止条約の第1回再検討会議に日本政府がオブザーバー参加するよう求める要請書を手渡した。要請書は、日本が「一刻も早く同条約の締約国となり」、核兵器廃絶に向けた推進力となるよう「強く要請」している。再検討会議は11月30日から12月4日まで、米ニューヨークの国連本部で開かれる。日本政府は条約に署名しておらず、2025年の第3回締約国会議へのオブザーバー参加も見送った。
要請書「この機会を決して逃してはなりません」
首相官邸の発表によると、首相は10月30日、官邸で両市長の表敬を受けた。広島市が同日公表した要請書は「内閣総理大臣 高市 早苗 様」あてで、題は「核兵器禁止条約に関する日本政府の対応について(要請)」。両市長の連名で、「広島・長崎両市民を代表し」て出したと記している。
要請書はまず、現在の国際情勢について、核保有国が当事者となる武力紛争が続き、核兵器不拡散条約(NPT)の再検討会議が「三度続けて成果文書を採択できず閉会する」など、核軍縮・不拡散体制への信頼が「大きく揺らいでいます」と指摘した。各国の為政者が核兵器の非人道性を軽視した言動を繰り返せば、「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねません」とも記した。
そのうえで、首相がNPT再検討会議に寄せたメッセージで、「核兵器のない世界」に向けた志の原点は被爆者の願いにあると述べたことを引いた。核禁条約の前文には「被爆者の苦しみと被害を深く心に留める」とある。要請書は、政府が再検討会議に出席し、核兵器の使用や実験による被害者の援助を含む議論に加わることは、被爆者の願いを踏まえた対応になるとした。日本が長年積み上げた被爆者援護の経験と知見を共有する意義もあるとし、核兵器廃絶に向けた建設的な議論の「共通基盤の形成に貢献する」と書いている。
条約への参加そのものについては、非核三原則を堅持し、平和国家の道を歩み続ける決意を改めて世界に示すことになると主張した。核兵器を持たない日本が核保有国に強いメッセージを発しても「我が国の国益が損なわれる状況にはないと考えます」と述べ、今回の再検討会議を「その期待に応える絶好の機会」と位置づけた。「この機会を決して逃してはなりません」とも書いている。
要請書によると、両市長が会長・副会長を務める平和首長会議には、国内で1740の都市が加盟している。
4月にもNPT会議を前に同じ求め
両市長が核禁条約の再検討会議への参加を首相に求めるのは、今年2回目になる。4月9日には、同月27日に始まるNPT再検討会議を前に、NPT体制の堅持を求める要請書を首相に出した。その中で、NPTを補完する役割を担う核禁条約について、「本年11月から開催される再検討会議にオブザーバー参加した上で、一刻も早く同条約に署名・批准していただくよう要請します」と書いていた。
4月の要請書は、被爆者の平均年齢が86歳を超え、生の証言に直接触れる機会が「極めて限られたものとなっています」とも記し、首相に被爆地で被爆者の訴えを直接聞くよう求めていた。今回の要請書は、そのNPT再検討会議が成果文書を採択できずに閉会した後に出された。4月の要請書では、過去2回の再検討会議で最終文書の採択に至らなかったとしており、10月の要請書は「三度続けて」と書いている。
広島市の公式サイトに並ぶ「日本政府への要請文」の一覧を見ると、核禁条約に関する首相あての要請は2021年11月から毎年のように出されている。
| 時期 | 要請の題(広島市の一覧による) |
|---|---|
| 2021年11月18日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2022年12月13日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2023年11月20日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2025年1月17日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2025年8月27日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2026年4月9日 | NPT体制の堅持及び核兵器廃絶に向けた取組に関する内閣総理大臣への要請 |
| 2026年10月30日 | 核兵器禁止条約に関する内閣総理大臣への要請 |
出典: 広島市「日本政府への要請文」一覧
条約は75か国が締約、初の再検討会議
核兵器禁止条約は、核兵器の開発、実験、生産、取得、保有、貯蔵、使用、使用の威嚇を禁じ、自国の領域への核兵器の配備も禁じる条約だ。国連軍縮部によると、2017年7月7日に国連の会議で122か国の賛成により採択され、同年9月20日に署名が始まった。50か国目の批准を経て2021年1月22日に発効した。国連条約集によると、署名国は96か国、締約国は75か国に上る。
締約国会議はこれまで3回開かれた。第1回は2022年6月にウィーンで、第2回は2023年11〜12月、第3回は2025年3月に、いずれもニューヨークの国連本部で開かれた。第3回締約国会議では、2026年に開く第1回再検討会議の議長国に南アフリカを選んだ。再検討会議は条約の運用状況を締約国が点検する場で、今回が初めてとなる。
条約は禁止事項に加え、核兵器の使用や実験で被害を受けた人への援助と、汚染された地域の環境回復を締約国に義務づけている。第2回締約国会議は、被害者援助と環境回復のための国際信託基金の設立に向けた作業を進めることを決め、第3回でもその作業を前に進めた。両市長の要請書が被害者援助の議論への参加と被爆者援護の経験の共有を挙げたのは、条約のこの部分を指している。日本の核軍縮外交をめぐっては、国連総会第一委員会での日本の決議案の扱いも「日本の核廃絶決議案、国連第一委で150か国の賛成で採択 中ロなど7か国が反対」で伝えている。
政府は前回オブザーバー参加を見送り 首相は「検討」
日本政府は、2025年3月の第3回締約国会議へのオブザーバー参加を見送った。会議を前にした同年2月18日の記者会見で、岩屋毅外相(当時)は、「核兵器禁止条約の第3回締約国会合に、我が国がオブザーバー参加することは、適当とはいえないとの結論に至った」と表明した。
岩屋氏は理由として、オブザーバー参加したことのある北大西洋条約機構(NATO)加盟国の一部が、締約国会議で核抑止への支持を強調し、条約は自国の安全保障政策と「根本的に相容れない」との趣旨の発言をしていることを挙げた。「核兵器国を交えずに、核軍縮を進めることは難しく」、NPTの下で進めることが引き続きより望ましいと説明した。唯一の戦争被爆国である日本がオブザーバー参加すれば、核兵器国と非核兵器国の双方の参加を得て進めてきたNPTでの取り組みに「広範な支持を得ることが困難になってしまう恐れがあります」とも述べた。
高市首相は、今回の再検討会議への対応をまだ明らかにしていない。8月9日、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列した後の記者会見で、再検討会議へのオブザーバー参加を含む姿勢を問われ、核禁条約を「核兵器のない世界への出口ともなり得る重要な条約であるという認識です」と述べた。一方で、「11月の運用検討会議も含め、同条約への対応については、国際社会の動向ですとか、厳しさを増す我が国周辺の地域情勢を見極めながら、我が国の安全保障の確保と核軍縮の実質的な進展のために何が真に効果的かという観点から検討する必要がある」と答えていた。
同じ会見で首相は、非核三原則を「政策上の方針として堅持している」と述べ、核兵器国と非核兵器国の双方が参加するNPT体制の下で「現実的かつ実践的な取組を進めてまいります」とも語った。政府は年末に向けて安全保障関連3文書の改定作業を進めている。
国会では、立憲民主党の三上えり参院議員が10月9日の参院本会議の代表質問で、再検討会議へのオブザーバー参加の考えを首相にただしていた(立憲・三上氏、日米地位協定の改定交渉を首相に要求 核禁条約の再検討会議へのオブザーバー参加もただす)。
再検討会議の開幕まで、要請から1か月となる。被爆地の両市長は、条約の前文が被爆者に言及していることや、被害者援助の議論に日本の経験を生かせることを、参加の理由として前面に出した。これは、政府がこれまでオブザーバー参加を見送る理由としてきた「核抑止と相いれない」「NPTでの取り組みへの支持を得にくくなる」という論点とは別の角度からの求めになっている。
政府は、核兵器国を交えたNPT体制の下で核軍縮を進める立場をとる。岩屋氏の説明も、首相の8月の会見も、この点で一致している。核禁条約は核兵器の使用の威嚇まで禁じており、オブザーバー参加が核抑止を否定する側への接近と受け取られれば、NPTでの取り組みへの支持を得にくくなるという政府の懸念は、日本の安全保障に照らして軽くない。他方、被害者援助は核抑止の是非と切り離して議論できる分野であり、被爆国として援護の経験を示す場にはなり得る。参加するとしても、関与をこの分野に限ると内外に説明できるかどうかが、判断の分かれ目になる。
首相が8月に示したのは、参加の可否を「検討する」という段階までだった。政府が再検討会議に代表を送るのか、送らないならどのような理由を示すのかが、11月末までの焦点となる。
