情報処理推進機構(IPA)は10月27日、報告書「ソフトウェアエンジニアリングの海外動向調査」(2026年4月付)を公開した。海外の研究機関や学術会議、実務家の団体が出した論文・調査レポート・事例研究を机上で集めて整理し、生成AIやAIエージェントが広がる中で、ソフトウェアの開発を担う組織や人材、工程がどう変わっているかを分析した。報告書は、技術者の価値の中心が「コードを書く量」から、要件を分解し、設計の意図や制約を明示してAIに渡し、出力を検証・統合する「上位の判断」へ移っていると結論づけた。
国内の5つの課題を出発点に
IPAは、国内のソフトウェア開発のあり方を見直すため「ソフトウェアモダナイゼーション委員会」を設けて検討してきた。同委員会は2026年3月で活動を終えている。海外の動向をまとめたレポートは、2024年4月の「国際動向調査」、同年10月の「海外動向調査」に続く3本目となる。
今回の報告書は、国内の課題として、①古いシステムへの依存と知識の属人化②開発の内製化③変化への俊敏な対応④外部との連携・標準化⑤顧客価値の創出への接続――の5つを挙げ、その手がかりを海外に求めた。分析の観点は「組織設計」「スキル体系・人材育成」「開発プロセス」の3つに置いた。
課題の根拠として、報告書はIPAの「DX動向2025」を引いている。変化に素早く適応する開発手法であるアジャイルについて、日本は米国・ドイツに比べて取り入れが大きく遅れ、「全面的に取り入れている」と答えた割合がすべての部門で1割以下にとどまったという。DXの目的も、国内はコスト削減や業務効率化が中心で、売り上げや利益の増加を成果の中心に置く米独と比べ、顧客価値の創出につながっていないと整理した。
コーディングは速くなるが、成果に直結しない
報告書は、AIの導入でコーディングの速度が上がることは「比較的一貫して報告されている」とした。マイクロソフト系の3件の現場実験では、生成AIを使った開発者の完了タスク数が平均で約26%増え、改善の幅は経験の浅い層で相対的に大きかったという。
一方で、局所的な速度の向上がそのまま品質や事業の成果につながるとは限らないとも指摘した。開発の実務を調べるDORAの2025年の報告は、AIは組織の強みと弱みを増幅する「増幅器」だとし、成績の高い組織では強みを、低い組織では摩擦や不安定さを増やすと報告している。要件が曖昧なままだったり、レビューが不足したりすれば、後の工程で手戻りが増え、全体のコストはかえって上がりうる。
このため報告書は、AIの導入効果を測るときに、コーディングの速度だけでなく、レビューの滞留時間、バグの発生率、リリースの失敗率、作業のやり直しにかかる時間を同時に追うよう求めた。開発の単位を小さく区切って何度も繰り返す進め方は、単なるスピード向上策ではなく、AIに起因する品質のぶれを管理する手段でもあると位置づけた。
求められる能力は「書く」から「吟味する」へ
人材の面では、海外の研究・調査に共通する傾向として、技術者の価値が「適切な文脈を与え、出力を評価し、組織の制約に沿って統合すること」へ移っている点を挙げた。
技術者向けの実務コミュニティLeadDevの2025年の調査では、AI時代に最も需要が高まる能力として「批判的思考」が43%、「アーキテクチャ(システムの構造)設計」が34%で挙がった一方、「コードを書くこと」は8%にとどまった。
AI時代に最も需要が高まる能力(%)
数値で見る(単位: %)
| 項目 | % |
|---|---|
| 批判的思考 | 43 |
| 構造設計 | 34 |
| コード記述 | 8 |
フラウンホーファーIESEの研究は、通常の形で書かれた要件は「LLMへの入力として抽象的すぎる」とし、開発者がまず実装できる単位に分け、設計の判断や制約を付け加えてから指示に落とし込む必要があると指摘した。マイクロソフト・リサーチの研究では、複雑で曖昧な実際の作業は、AIエージェントに一度に解かせるより、技術者がエージェントと議論を重ねて段階的に進めた方が成功率が高かった。報告書は、技術者は「実装者」よりも、問題を設定し、文脈を設計し、検証し、決定する役割を強く担うとまとめた。
必要な技能は、上流(問題の設定、仕様化、制約の言語化)、下流(検証、再現性、セキュリティ、採否の判断)、横断(批判的思考、倫理、説明責任)の3層に再定義されているという。育成については、単発のツール研修では「不十分」で、実務に埋め込んだ継続学習へ転換すべきだとし、全員共通の基礎訓練、職種別の育成、実案件に近い演習での振り返り、評価・昇格基準と結びつけたスキル体系の更新という4段階のモデルを示した。
テストやレビューでもAI、採否は人が決める
開発の後工程では、AIの使い道がコードの量産から、レビューやテスト、リリースの判定で危険の大きい箇所を早く絞り込む方向へ広がっていると分析した。
報告書が挙げた例では、メタの研究がプライバシー上の問題を題材に、Android向けに書かれた約1万800のクラス(プログラムの部品)から約570件のテストを自動生成し、メッセンジャーとワッツアップのテストの場では生成したテストの73%が採用された。カリフォルニア大学の研究では、既存の画面操作テストを別のアプリへ移す120件の実験で、成功率97.5%、手作業の削減率91.1%を達成した。シュツットガルト大学の研究では、AIエージェントがビルドとテスト実行の手順を自ら準備し、50件のプロジェクトのうち33件でテストの実行に成功した。
ただし、いずれもAIは候補を出す役割で、重大さの判断と最終的な採否は人が持つ構造が主流だとした。デジタル庁も政府のシステム調達を生成AIの利用を前提に見直す議論を始めており(政府システム調達、「生成AI前提」へ見直し議論 デジタル庁の有識者検討会が初会合)、発注する側の工程の組み方も問われている。
内製化とレガシー対応を一体で設計
組織の面では、海外では古いシステムへの対応、内製化、開発プロセスを個別の施策ではなく「連続した一体の経営戦略」として設計していると結論づけた。グリーン・カーゴ社の事例研究では、開発を外部に委ねる体制を選んだ結果、社内のIT部門が開発の機能を失い、保守だけを担う部門に縮小していたことが報告されている。報告書は、技術的な負債は古いコードの問題にとどまらず、知識の属人化や外部委託への依存とも結びついた構造的な問題だと整理した。
進め方としては、古い仕組みを一度に置き換えるのではなく、既存の資産と新しい仕組みをつなぐ中間の基盤を整え、段階的に移行して依存を少しずつ減らす手法が確認されたという。米国防総省のソフトウェア近代化の実装計画も、刷新を一度限りの事業ではなく、継続的な計画として扱っている。
AI時代の組織については、AI専任の部署を新設すること自体ではなく、人とAIの役割分担や、現場を支える横断的な支援機能、データの来歴やセキュリティを管理する統治機能を再設計する課題だと位置づけた。
報告書は、対象の領域は変化が速いとして、今後も論点を定期的に更新し、動向を追い続ける必要があるとしている。システム全体を対象とするシステムズエンジニアリングの動向は、別の報告書で整理したとしている。
