自民党の国家サイバーセキュリティ戦略本部(本部長・平将明衆院議員)は10月23日、首相官邸で高市首相に「サイバーセキュリティ対策の抜本的強化に関する提言」を申し入れた。提言は現状を「サイバー有事前夜」と位置づけ、官邸主導で「サイバー対処本部(仮称)」を立ち上げて司令塔とするよう求めた。国家サイバー統括室や総務省など11の省庁・機関に個別の対策を挙げ、国内通信情報を被害防止に使うことの検討にも踏み込んだ。藤井総務相は同日の閣議後記者会見で、総務省あての5項目について、省内の検討会と令和9年度予算の概算要求で対応する考えを示した。

「AIのサイバー飽和攻撃に備えよ」

提言は10月20日に党政務調査会の同本部が取りまとめた。副題は「サイバー有事前夜/AIのサイバー飽和攻撃に備えよ!」。党の発表によると、23日の申し入れには平本部長のほか、同本部の大野敬太郎幹事長、小森卓郎事務局長が同席した。

提言は冒頭の「基本認識と危機感」で、企業へのサイバー攻撃で個人情報の流出が後を絶たない事態を、個別企業のガバナンス不全にとどまらず「我が国の経済安全保障及び国家安全保障を根底から揺るがす」危機だと書いた。重要インフラ業種として高度な対応を法律で求められている会社以外でも、大量の個人情報を持つ企業に広く不正アクセスが行われているとし、こうした企業の対応水準を上げることを急務とした。

AIについては、攻撃が「より自律化・高度化しつつある」と指摘した。AIが自動的にシステムの脆弱性を突き、防御側の処理能力を上回る規模で一斉に攻撃する事態を「AIのサイバー飽和攻撃」と呼び、近い将来に現実のものとなると警告した。そのうえで、侵入を外側で防ぐ「境界防御」や、被害を受けてから対処する受け身の手法だけでは不十分だとして、ゼロトラスト(内部も含めて常に検証する考え方)への転換と、平時からの積極的な防衛網の構築を求めた。

取りまとめの会合で平本部長は「地元を周ると不安を訴える声が多く、国民の不安を払拭すべく、急遽提言を取りまとめることになった」とあいさつした。出席議員からは、中小企業の対策能力の向上や、IDとパスワードに加えて生体認証や多要素認証を取り入れるべきだとの意見が出た。同本部は10月9日の会合で一連の漏えい事案について政府から説明を受けており、その内容は「相次ぐ不正アクセスは「有事」 自民サイバー戦略本部、政府から説明受け再発防止を議論」で伝えた。

官邸に司令塔、人材は「トップガン」

政府全体への基本提言は、「サイバー緊急事態」との認識に立ち、官邸主導で「サイバー対処本部(仮称)」を設けることが柱だ。事務局は国家サイバー統括室(NCO)が担い、重大な被害が出た場合には速やかに本部会議を開いて全省庁の対策を急ぐ、という構想である。

これに加えて3点を挙げた。1点目は、能動的サイバー防御を定めたサイバー対処能力強化法に基づく取り組みの加速で、自衛隊・警察の能力構築、官民協議会の活用、通信情報の利用の着実な施行、同盟国・同志国との連携を求めた。2点目は経営層の意識改革で、サイバー対策は「IT部門の業務」ではなく「経営の最重要課題」だとして、上場企業などに平時からの体制づくりを促すよう求めた。3点目は人材で、高度な攻撃に対抗できる「トップガン」人材の不足を「国家的なアキレス腱」と表現した。民間のホワイトハッカーなどの市場価値に見合う待遇を用意できるよう、ジョブ型雇用の本格導入を含む公務員の新たな人事・給与制度をつくるよう求めた。

国家サイバー統括室には、重大な事案のときに各省庁の権限を横断して初動対応を指揮する仕組みの強化や、米国のCISAなど同盟国の専門機関との脅威情報の共有を求めた。OpenAI、Google、Anthropicなど米国の主要なAI事業者と直接の連絡窓口を設け、政府の情報システムの点検にAIを使うことも盛り込んだ。防御側もAIで脆弱性を早く見つける「Project YATA-Shield」の推進も挙げた。漏えいの被害者に企業が連絡する行為がフィッシング詐欺の温床になりかねないとして、安全な連絡方法を個人情報保護委員会や産業界と確立することも求めた。

マイナカード取得の義務付け、国内通信情報の利用も検討を

各省庁への提言には、制度の大きな変更につながる項目も含まれる。デジタル庁に対しては、安全度の高い本人確認手段を普及させる観点から、マイナンバーカードの取得の義務付けを検討するよう求めた。その際、カードを使うサービスの拡充、スマートフォンへの搭載、デジタルに不慣れな人への支援を合わせて進めるよう求めた。ガバメントクラウドを提供する国内外の事業者への厳格な監査も挙げた。

金融庁などには、サイバー対策に関する重要な情報を有価証券報告書に記載する取り組みを進めるよう求めた。経済産業省には、中小企業向けの「サイバーセキュリティお助け隊サービス」の補助の拡充などを求めた。個人情報保護委員会には、大規模な漏えいで企業の初動報告が遅れたり、事態を過小評価したりした場合に、報告徴収や立入検査、勧告・命令をためらわず行うよう求めた。本人確認のために集めた画像などを企業が必要以上に持ち続けないよう、保存期間などの基本ルールを業種ごとにまとめることも挙げた。

提言の結びでは、政府に対し、各項目の予算措置と法令の検討に直ちに取り掛かるよう求めた。そのうえで、サイバー対処能力強化法が認める外国関連の通信情報の利用だけでは不十分な場合に、国内の通信情報を被害の防止に使うことの検討も「辞さずに対応する」よう求めた。党の発表は、この点には触れていない。

総務相「5つの取組」に検討会と予算で対応

提言は総務省に対し、①通信事業者による対策の強化②情報通信研究機構(NICT)による研究開発などの推進③機器の踏み台化などの防止④地方公共団体による対策と国による支援⑤量子暗号通信(QKD)の社会実装の加速――の5項目を求めた。藤井総務相は23日の閣議後記者会見で、5項目は「いずれも極めて重要な取組」だと述べ、それぞれの対応を説明した。

提言の項目 総務相が示した対応
通信事業者による対策の強化 「フロンティアAI時代の通信事業におけるデータの保護・セキュリティの在り方に関する検討会」で対策と制度の在り方を検討
NICTによる研究開発などの推進 令和9年度概算要求で必要な予算を要求
機器の踏み台化などの防止 「巧妙化・複雑化するサイバー攻撃への対策の在り方に関する検討会」で施策を検討
地方公共団体による対策と国による支援 基本的な脆弱性対応の徹底を改めて求め、AIを使った脆弱性診断の実施へ情報提供と支援
量子暗号通信の社会実装の加速 東名阪の広域テストベッドの構築に向け、令和9年度概算要求で予算を要求
自民党提言が総務省に求めた5項目と、藤井総務相が10月23日の会見で示した対応

出典: 自由民主党「サイバーセキュリティ対策の抜本的強化に関する提言」、総務省「藤井総務大臣閣議後記者会見の概要(令和8年10月23日)」

「踏み台化」は、多数の一般利用者の機器が悪用され、攻撃の基盤の一部になることを指す。提言は、攻撃に使われる基盤を特定し、悪用を防ぐ環境の整備を求めた。地方公共団体については、委託先が運用するものも含めてすべてのウェブシステムとその対策を把握するよう自治体に要請し、脆弱性への対応が終わるまで一時的にサービスを止めることも検討させるよう求めている。

提言は、機微な情報の盗聴・改ざんを確実に防ぐ量子暗号通信を、量子コンピューターでも解読が難しいとされる耐量子計算機暗号(PQC)に加える「二重の防護技術」として導入することが急務だとし、東名阪を結ぶQKDネットワークの整備の加速を求めた。総務省の令和9年度概算要求の参考資料では、量子通信・ネットワークの研究開発と社会実装に288億円(令和8年度当初予算は22億円)を計上し、このうち「広域量子暗号通信ネットワークの構築技術・運用技術の実証」に150億円を充てている。

2つの検討会、取りまとめは年内と来夏

総務相が挙げた2つの検討会は、いずれも今回の提言より前に動き出していた。「フロンティアAI時代の通信事業におけるデータの保護・セキュリティの在り方に関する検討会」は、通信事業者で大規模なデータ漏えいが起きたことを受けて総務省が10月16日に開催を発表し、22日に初会合を開いた。高度なAIの登場や、通信サービスのソフトウェア化・クラウド化といった変化を踏まえ、技術面・体制面の対策と規制の在り方を議論する。令和9年夏ごろに取りまとめる予定だ。総務相は会見で、通信事業者が「インフラの中のインフラ」を担うとの認識のもとで、データ保護とセキュリティの制度を検討すると述べた。

もう一つの「巧妙化・複雑化するサイバー攻撃への対策の在り方に関する検討会」は、電気通信事業者などが講じる対策の在り方を検討するため5月29日に初会合を開き、7月までに4回開いた(いずれも非公開)。10月2日には、家庭用のIoT機器を悪用する「レジデンシャルプロキシ」の対策に関する提言を公表している。令和8年内をめどに取りまとめる予定だ。

同じ会見で総務相は、10月21日深夜にプログラミング言語PHPの深刻な脆弱性を修正する更新プログラムが公開されたことにも触れた。国家サイバー統括室を中心に関係省庁が更新の適用を呼びかけており、総務省も所管する電気通信・放送・郵便分野の重要インフラ事業者と地方自治体に通知したと説明した。官邸の発表は申し入れを受けた事実だけを記しており、提言が求めた官邸の司令塔やマイナンバーカード取得の義務付けについて首相がどう応じたかは書かれていない。

提言の柱は、日本の国益に沿う。提言自身が書くとおり、漏えいが続く企業の多くは重要インフラとして法律で高度な対応を求められる業種の外にあり、各省庁が所管の業種ごとに手当てするだけでは、AIを使って一斉に仕掛けられる攻撃に後れを取る。官邸に対処本部を置いて省庁の権限を束ね、防御側もAIで脆弱性を先に見つけるという構想は、攻撃側が自動化を進める以上、これからは必要になる対策だ。

一方、国内通信情報の利用とマイナンバーカード取得の義務付けは、国民一人ひとりの権利と負担に直接関わる。提言はどちらも「検討」を求める段階にとどまっており、政府が実際に制度にするなら、何をどこまで認めるのかを具体的に示すことが、国民の理解を得て対策を前に進める条件になる。