北海道は今年度、北方領土の元島民らを航空機に乗せて北方領土の方面へ飛び、機内から慰霊する「上空慰霊」を新たに始めた。日程は10月31日(土)と11月7日(土)の2回で、中標津空港を発着して知床半島方面と根室半島方面を回る約60分の飛行。公益社団法人千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)と共に行う。ふるさとの島で先祖の墓に参る北方墓参は2020年から実施できておらず、北海道は「ご高齢になられた元島民の皆様方の慰霊事業への参加機会を確保するため」と説明している。
中標津空港から知床・根室方面へ約60分
北海道北方領土対策課の案内によると、飛行ルートは「中標津空港~知床半島方面~根室半島方面~中標津空港」で、各日1回、飛行時間は約60分。参加できるのは元島民と後継者、その配偶者で、「身体的負担などにより船舶による慰霊参加が困難な方を優先」する。申し込みは千島連盟が受け付け、すでに締め切った。
北海道は、北方墓参をはじめとする四島交流等事業について「ロシアによるウクライナ侵略の影響で日露関係が厳しい中、現時点において事業実施の見通しが立っていません」としたうえで、「元島民とその後継者の皆様の四島(しま)への思いに寄り添い」、今年度新たに洋上慰霊に加えて航空機による上空慰霊を行うとしている。
案内の末尾では、事業者に協力を求めている。北方四島交流等事業は「元島民やその後継者の方々にとって四島に立つことができる唯一の機会」だが、その見通しが立たないため別の事業として洋上慰霊と上空慰霊を行うと説明し、従業員から参加のために休暇の申し出があった場合は配慮するよう呼びかけた。
10月31日の第1回の実施結果について、北海道は11月2日午後の時点で公表していない(本紙は確認できていない)。第2回は11月7日に予定されている。
夏は船で6回 洋上慰霊は5年目
空からの慰霊は、2022年に始まった船の「洋上慰霊」を補う位置付けになる。北海道は2022年2月からのウクライナ情勢を受け、四島交流等事業が行えない中、元島民の「せめて四島の近くで慰霊したい」という思いに応えるとして、同年7月23日から千島連盟と協力して洋上慰霊を始めた。この年は隔日で全10回、歯舞群島コースと国後島コースに分かれて実施した。
今年度の洋上慰霊は、千島連盟と独立行政法人北方領土問題対策協会(北対協)と共に7月25日から9月3日まで6回行った。四島交流等事業に使っていた船舶「えとぴりか」を使い、日帰りコースは根室港から納沙布岬沖、標津沖を回って根室港へ戻る。1泊2日コースは根室沖で錨泊し、知床岬沖まで足を延ばす。
北海道庁のブログによると、7月25日の第1回は天候に恵まれ、国後島を望んで慰霊式を開いた。千島連盟の松本理事長、内閣府北方対策本部の調査官、鈴木知事が追悼の辞を述べ、参加者が献花した。一方、9月3日の第6回は強風のため航路を短くし、根室半島のノツカマップ埼の沖で慰霊式を行った。船の慰霊は天候によって航路が変わる。上空慰霊は、こうした船の慰霊に参加するのが難しい人を優先している。
止まったままの3つの枠組み
北方領土は日本政府の立場ではロシアに不法に占拠されており、日本人が島を訪れる道は、日露の間で設けた3つの枠組みに限られてきた。千島連盟の資料をもとに整理すると次の通りだ。
北方墓参は1964年度に始まり、現在は北海道が実施している。これまでに45回(延べ113班)、52か所の墓地を訪れ、元島民ら延べ3,748人が参加した(2017年度からの航空機による墓参を含む)。2020年以降は実施できていない。
自由訪問は、1998年11月の日露首脳会談で署名された「モスクワ宣言」を受けて、翌1999年に枠組みが設けられた。元島民とその家族が対象で、千島連盟が実施主体となり、2019年度までに103回、延べ4,132人が参加した。2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症の影響で、2022年以降は日露関係の悪化で見送られている。
四島交流は、1991年10月の日ソ外相間の往復書簡で旅券・査証なしの相互訪問の枠組みが作られ、1992年4月に始まった。元島民が参加した訪問は218回、参加した元島民らは延べ2,285人。北対協によると、四島交流全体では約1万4000人の日本人が訪問し、約1万人のロシア人を受け入れた。これも2020年以降、実施できていない。
北方四島への訪問の枠組み別、元島民らの参加人数(延べ)(人)
数値で見る(単位: 人)
| 項目 | 人 |
|---|---|
| 北方墓参 | 3,748 |
| 自由訪問 | 4,132 |
| 四島交流 | 2,285 |
「島に立つ」には査証が要るという問題
元島民が島へ向かう手段が特別な枠組みに限られるのは、日本政府が国民に北方領土への入域を控えるよう求めているためだ。1989年9月19日の閣議了解は、日本国民が「ソ連の出入国手続に従うことを始めとしてソ連の不法占拠の下で北方領土に入域すること」は政府の政策と「相いれない」とし、北方領土問題の解決までの間、そうした入域を行わないよう国民に要請した。
この閣議了解は、過去に「我が国の多数の遺族が過去に10年間にもわたり人道上の問題である北方領土墓参の中断を余儀なくされたことが想起されるべきである」とも記している。千島連盟の説明では、ロシアの査証を取って島に入ることは、ロシアの管轄権を前提とした行為となり日本の法的立場を害するおそれがあるため、北方墓参・自由訪問・四島交流は、日露双方の法的立場を害さないという前提で設けた特例の枠組みとして続いてきた。
この3つの枠組みが動かない限り、元島民が自分の足で島に立つ方法は無い。洋上慰霊と上空慰霊は、島に上陸しないまま島の近くで慰霊する、代わりの手段にとどまる。
1945年の島民1万7291人、連盟の元島民会員は501人
北対協によると、1945年当時の北方領土全島の人口は1万7291人だった。千島連盟は、ソ連の占拠によって島から退去させられた元島民とその家族で組織する団体で、1958年に発足した。2026年3月31日現在の正会員は2,218人で、このうち元島民は501人、後継者が1,717人と、後継者が元島民の3倍を超える。
北方墓参が最後に行われた2019年度から数えて、今年度で7年目になる。千島連盟は8月13日、ロシアのプーチン大統領が択捉島を訪れたことについて松本理事長のコメントを出し、ソ連の占拠から「80年余りが経過しました」としたうえで、政府に「強力な外交交渉と四島交流等事業の早期再開」を求めた。北方領土をめぐっては10月にも、外務省、ロシア大使を召致 北海道新聞記者の拘束に抗議、択捉島への中国関係者訪問もの通り、日本政府がロシア側に申し入れをしている。
北海道は今年度の洋上慰霊の最終回を報告したブログで、「北方墓参をはじめとする四島交流等事業の早期再開」と北方領土の返還の実現に向け、引き続き取り組むとしている。
