小規模な農林水産業の事業を労災保険の強制適用から外してきた暫定措置が、2031年(令和13年)4月1日に廃止される。厚生労働省が施行期日を定める政令案を労働政策審議会に諮問し、9月29日に開かれた労働条件分科会の労災保険部会が同日、「厚生労働省案は、妥当と認める」と答申した。対象になるのは、常時5人以上の労働者を使用しない個人経営の農林業・畜産・養蚕・水産の事業である(林業は別の線引き)。
働く人が仕事でけがをしたとき国の補償を受けられるかどうかが、事業主の判断に委ねられてきた分野がある。その線引きが、5年後に消える。
1969年の附則に書かれた「当分の間」
労災保険は、労働者を1人でも使う事業には原則として適用される。例外として置かれてきたのが「暫定任意適用事業」で、根拠は1969年(昭和44年)に成立した「失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律」(昭和44年法律第83号)の附則第12条である。政令で定める事業については「当分の間」労災保険の適用事業としない、という規定だった。
その附則第12条を「削除」すると定めたのが、2026年7月17日に公布された「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第60号)の第5条である。削除が効く日を決めるのが、今回諮問された「施行期日を定める政令」で、資料1-1の政令案要綱には「令和十三年四月一日とする」と書かれている。
厚労省はあわせて、関係政令を整理する政令案も諮問した。要綱では、対象事業を定めている1972年(昭和47年)の政令(昭和47年政令第47号)などから「労災保険暫定任意適用事業に係る規定を削除する」としている。ほかに予算決算及び会計令、沖縄の復帰に伴う労働省関係法令の適用の特別措置等に関する政令、特別会計に関する法律施行令も改正の対象に挙がっている。答申文は政令案ごとに2通出され、労災保険部会(部会長・小畑史子)から労働条件分科会(分科会長・山川隆一)へ、分科会から労働政策審議会(会長・岩村正彦)へ、いずれも9月29日付で「妥当」と報告された。
対象は常時5人未満の個人経営 労働者の過半数が希望すれば申請の義務
現在の対象を定める1972年の政令は、二つの区分を挙げている。一つは「土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業」、もう一つは「動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他畜産、養蚕又は水産の事業」である。このうち常時5人以上の労働者を使用する事業以外が暫定任意適用事業にあたる。ただし都道府県や市町村などの事業、法人が事業主の事業、船員法の船員を使用する船舶所有者の事業、業務災害の発生のおそれが多いものとして厚生労働大臣が定める事業は、この例外から外れて強制適用のままである。労災保険がどのような災害を補償する制度かという前提は、国内外の労働災害の発生状況をまとめたEUの労働災害死亡、2024年は3367人 建設業が23.0%を占める 就業者10万人あたり1.65人、日本は2025年に700人で過去最少で扱っている。
ただし林業はこれとは別の線引きで運用されている。林野庁が部会に提出した資料は、林業で暫定任意適用の対象になるのは「労働者を常時には使用せず」、かつ年間の使用延べ労働者数が300人未満の個人経営の事業だとしている。
加入の手続きは事業主が握っている。1969年の関係法律整備法(昭和44年法律第85号)第5条第1項は、事業主が加入を申請し厚生労働大臣の認可があった日に保険関係が成立すると定める。同条第2項は「その事業に使用される労働者の過半数が希望するときは、前項の申請をしなければならない」として、働く側から加入を促す道も開いているが、申請する主体はあくまで事業主である。
2031年4月1日以降は、これらの事業も労災保険法第3条第1項の適用事業になる。改正法の附則第10条は、保険関係が成立する日を定める徴収法第3条について「開始された」を「同項の適用事業に該当するに至つた」と読み替えると規定しており、それまで加入していなかった事業にもこの日に保険関係が生じる扱いになる。
施行は法律が許す期限の3か月半前 審議会は1月に「順次、強制適用」と建議
改正法の附則第1条は、本則を2027年(令和9年)4月1日から施行すると定めた上で、第2号で第5条などを「公布の日から起算して五年を超えない範囲内において政令で定める日」としている。公布が2026年7月17日なので、法律が許す最も遅い日は2031年7月16日になる。政令案が選んだ2031年4月1日は、その3か月半前にあたる。公布から数えて4年8か月余り、答申の時点からでも4年半先である。
資料1-3で厚労省は、この日を選んだ理由を「円滑な施行に必要な期間を設ける観点から」と記している。労災保険に新たに入る事業主は、労働保険の保険関係の成立届を出し、保険料を申告・納付する事務を抱えることになる。暫定措置の廃止だけが本則より4年遅れて動き出す形である。
猶予の長さの背景には、審議会の建議がある。労災保険部会は今年1月14日、労災保険制度の見直しについて報告をまとめ、労働条件分科会を通じて労働政策審議会の建議となった。その「適用関係」の最初の項目が暫定任意適用事業で、「暫定任意適用事業は廃止し、労災保険法を順次、強制適用することが適当である」と書かれている。
続けて建議は、「強制適用に当たっては、零細な事業主の事務負担の軽減等の対応を農林水産省と連携しつつ検討するとともに、円滑な施行に必要な期間を設けることが適当である」としている。厚労省が今回の資料に書いた理由は、この一文と同じ言い回しである。建議はこの3か月後に法案となり、7月に公布された。
任意で入っているのは農業で約2.3万経営体 林業の死傷年千人率は全産業の10倍
強制適用になる事業はどれくらいあるのか。部会は昨年11月20日の第124回会合で農林水産省・林野庁・水産庁からヒアリングを行い、3者が提出した資料に規模の見積もりが載っている。
農林水産省の資料は、農林業センサスをもとに、常雇いが1〜4人の個人経営体が最大で約2万経営体(個人経営体全体の約2%)、臨時雇いが1人以上の個人経営体が約12万経営体(同約11%)だとしている。個人経営体の総数は106万8049である。一方、令和6年6月時点で暫定任意適用を受けながら任意で保険に加入しているのは約2.3万経営体だった。
水産庁の資料では、2023年の漁業センサスから暫定任意適用の対象と考えられる経営体は最大でも約1.8万で、令和7年9月時点の任意加入は約2千経営体。林野庁の資料では、林業で暫定任意適用の対象になるのは労働者を常時には使用せず年間の使用延べ労働者数が300人未満の個人経営の事業で、最大でも約1千経営体、令和7年9月現在の任意加入は約6百経営体である。いずれの見積もりも、すでに強制適用になっている経営体を含む上限値だと注記されている。
3者の資料は、災害の起きやすさも示している。休業4日以上の死傷者が労働者1000人あたり1年間に何人出たかを表す死傷年千人率(2024年)は、全産業の労働者で2.3。これに対し林業は23.3で10倍を超え、漁業・養殖業は7.6、農業は5.6、建設業は4.2だった。農林水産省の資料は「労働者数5人未満の小規模経営体においても、死亡事故等の労働災害が発生している状況」と記している。
負担の目安も示されている。林野庁の資料にある林業の試算では、労働者1人を雇い年間の賃金総額が361万円の場合、保険料は361万円に1000分の52を掛けた18万7720円、年約18.8万円になるとしている。
改正法の本体は2027年4月施行 遺族補償年金の要件も変わる
今回の政令案のもとになった改正法は、暫定措置の廃止だけを扱うものではない。参議院の議案要旨によると、遺族補償年金などを受けられる遺族の要件から夫にのみ課されていた要件を削る、遺族が1人の場合の額を一律で給付基礎日額の175日分にする、災害補償の事由に該当するかどうかを容易に判断できない疾病として政令で定めるものについては保険給付を受ける権利の消滅時効を2年から5年に延ばす、といった項目が並ぶ。労働者を使用しないで事業を行うことを常態とする者などの団体が労災保険の適用を受けるための承認要件を法律で定め、業務の運営に改善が必要なときは国が改善命令を出し、違反すれば保険関係を消滅させられるようにする規定も入っている。
この改正法は2026年4月7日に国会へ提出され、衆議院本会議で6月2日、参議院本会議で7月10日に、いずれも多数で可決された。所管官庁は厚生労働省と財務省である。
9月29日の労災保険部会では、政令案2件の諮問に加えて「建議を踏まえた対応について」も議題になった。有害な業務に従事した事業場を離れた後に発症する遅発性疾病について、給付基礎日額の算定に発症時の賃金を使う特例を設ける際、すでに支給決定を受けている受給者にさかのぼって適用するかどうかが論点として示されている。
