内閣府の消費者委員会は10月29日、「人工知能(AI)技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」の第13回会合を開き、東京大学大学院の宍戸常寿教授と早稲田大学法学学術院の石田京子教授から意見を聞いた。議題は「消費者によるAI技術の適切な利活用に向けて」。2人はそろって、消費生活センターや消費者団体など、事業者と個々の消費者の間に立つ「中間団体」がAIを使いこなし、苦情の分析や当局への通報を通じて消費者の利益を守る役割を担うべきだと提出資料で示した。
会合は消費者委員会の会議室とテレビ会議を併用し、一般の傍聴はオンラインとした。議事録は11月3日時点で「準備中」となっており、委員とのやり取りは公表されていない。以下は2人の提出資料に基づく。
宍戸氏「消費者はガバナンスの担い手として希薄」
宍戸氏の資料は、専門調査会から受けた問いを「AI開発・提供事業者と業務外利用者である消費者の間の中間組織・中間団体(消費生活センター等)を支援・強化する観点からの、AIガバナンスのあり方」と記し、これに答える形をとった。
まず消費者にとってのAIリスクを、AIの誤用(ミスユース)、誤作動(マルファンクション)、基盤モデルなどに由来するシステミックリスクの3つに分けた。そのうえで、事業者がAIを誤用して消費者に被害を与える場合だけでなく、消費者自身がAIを誤用して被害を受ける場合や、事業者・消費者のどちらかが使うAIの誤作動による被害も想定すべきだとした。
AI法13条に基づいて政府が定めた「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」については、AIを使う事業者や研究開発機関を念頭に置いた作りで、国民には抽象的な「利用者」として責任ある利用とリテラシーを求めるにとどまると指摘した。指針が踏まえる「アジャイル・ガバナンス」の考え方では、企業・国家と並んで「個人・コミュニティ」もガバナンスの担い手とされていたのに、その存在が「希薄」になっているという。
そこで宍戸氏は、AIの助けで消費者が力をつけ、その消費者がAIガバナンスに参画するという「正のスパイラル」を目指すべきだと主張した。その駆動力として、中間団体について3つの取り組みを挙げた。①団体自身がAIを使う環境を整える(相談記録の整理や消費者の声の分析、企業への申し入れやパブリックコメントでの利用、研究開発への資金・データの支援、担当者のリテラシー向上、大学との連携)②団体が消費者のAI利用を支える(チャットボットによる相談、AIを使った注意喚起、事業者と組んだリテラシー教育)③AIガバナンス全体に団体の役割を位置付ける(AIや企業のAI活用の評価への参画、消費者の声から見つけたリスクの国や企業への情報提供、被害が出たときの通報と救済支援、企業のアドバイザリーボードへの参加)、の3つだ。
石田氏「個人のリテラシーだけでは限界」
石田氏の資料は、副題を「AIで『気づく・集める・つなぐ』」とし、海外の実践例を中心に組み立てた。
出発点として、AIによって消費者がさらに弱い立場に置かれるおそれを挙げた。事業者の働きかけは一人ひとりに合わせて継続的に行われ、対話の中で好みそのものが形づくられる。消費者は影響を自覚できず、苦情として相談窓口に上がってこない。被害は少額で分散し、他の被害と比べることもできない。一方の事業者は、組織とデータとAIで売り込みを最適化し、大量の対話記録から学習する「AI版セールスパーソン」を持ち得る。
石田氏はこの非対称を踏まえ、「個人のリテラシー向上だけでは限界」と記し、「事業者がAIを使うなら、消費者側の組織もAIを使う必要がある」と結論づけた。中間団体ができることとしては、相談員の回答をAIが補助する、苦情を自動で分類して急増やパターンを見つける、利用規約やウェブ表示をAIで監視する、兆候を早めに当局へ通報する、といった使い方を並べた。そのうえで、AIの役割は「見つける」「下書きする」までにとどめ、出力の検証や公表・通報といった重要な判断には人が責任を持つべきだとしている。
海外の実践例 38万人分の苦情をAIで分析
石田氏が資料で紹介した海外の実践例は3つある。数値はいずれも同氏の資料が各団体・機関の公表から引いたものだ。
1つ目は、スペイン・イタリア・ベルギーの消費者団体が2023年から2026年にかけて実施した「CICLE-X」。EUが一部を助成し、約38万人の消費者の苦情データをAIで分析して、国や業種をまたぐ不適切な商慣行のパターンを把握したという。ベルギーでは3年間で5万7000件の苦情を扱い、当局への通報は21件にのぼった。格安航空会社ライアンエアーのオンライン予約での販売慣行について、違法と認めて差し止めを命じる判決にもつながったと紹介した。
2つ目は英国の市民相談機関シチズンズ・アドバイスが使う相談員向けのAI「Caddy」。AIが作った回答案を監督者が確かめてから相談員に渡す仕組みで、回答案の約8割は修正の必要が無く、確認を含めて約4分で回答できたとしている。
3つ目はオーストリアの「偽ショップ検知器」。専門家のデータベースとAIを組み合わせ、見知らぬ通販サイトの危険性をその場で評価する。資料は、独立した試験で検出率が90%を超えたこと、1日1万人を超える人が使っていることを挙げた。
通報を受け止める制度、EUと英国に
石田氏は、AIで集めた兆候を生かすには、団体が当局に「届ける経路」と、当局がそれを「受け止める義務」の両方が要るとした。例として資料が挙げたのが次の3つの制度だ。
| 制度 | 根拠 | 内容(石田氏の資料による) |
|---|---|---|
| 外部アラート(EU) | 消費者保護協力規則27条 | 権限を与えられた消費者団体などが、国境を越える消費者保護法違反の疑いを関係国の当局と欧州委員会に通報できる |
| スーパー・コンプレイント(英国) | 2002年企業法11条 | 指定消費者団体が重大な侵害を申し立てると、競争・市場庁などは90日以内に理由を付けた対応方針を公表する義務を負う |
| 信頼できる通報者(EU) | デジタルサービス法22条 | 認定団体からの違法コンテンツの通報を、オンライン・プラットフォームが優先して処理する。2026年5月時点で70を超える団体が認定 |
出典: 消費者委員会 第13回専門調査会 資料2
日本への示唆として石田氏は、相談現場や消費者団体が「気づき」、AIで「集め」、国の調査・分析へ「つなぎ」、注意喚起やリテラシー教育として「返す」循環を描いた。必要な手当てとして、苦情データの共通形式とAI分析ツールの共同利用、中間団体からの通報経路と国の応答ルール、適格消費者団体などへの財政・技術・人材の支援の3つを挙げている。
一方で、中間団体がAIを使うことにも統治の課題があるとした。誤検知が事業者の信用を傷つけるおそれがあるため公表や通報の前に人が確認すること、資金源やAIツールの調達先への依存を避けて独立性を保つこと、何をAIで判断したかを記録することなどだ。個別案件の法的評価や交渉は弁護士らと分担し、役割と責任を明確にすべきだとも記した。
AI法16条の国の分析に団体の声を
2人の提案は、国がすでに持つ仕組みとの接続を意識している。石田氏の資料は国内の基盤として、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号、資料では「AI法」)の16条を挙げた。同条は、国が「不正な目的又は不適切な方法」によるAIの研究開発・活用で「国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析及びそれに基づく対策の検討」などの調査研究を行い、その結果に基づいて事業者らに指導・助言などの措置を講じると定めている。石田氏は、相談窓口の外にいる中間団体の気づきをこの国の分析にどう組み込むかを論点に据えた。
宍戸氏も、政府のAI・デジタル改革推進会議が10月22日の初会合で示した資料を引き、これまで「AI利用者」と一括りにされてきた企業・消費者・市民を、利益の受け方やリスクへの関わり方に応じて分けて分析する必要があるとした方向性を紹介した(AI・デジタル改革推進会議が初会合 改革原則や実装計画、年末に中間整理)。
専門調査会は2026年2月13日に初会合を開いた。10月8日の第11回では、事務局が議論を「検討状況(案)」に整理し、AIが消費者の意思決定に及ぼす影響は「消費者個人での自衛が困難」とした(AIの影響は「消費者個人での自衛が困難」 消費者委の専門調査会、事務局が議論を整理)。宍戸氏の資料は、この案が「多様な主体」の一つに中間組織・中間団体を挙げ、その役割を3つの側面から論じていると引用している。10月22日の第12回では、名古屋市が消費生活相談の窓口でAIを実証していると報告した(名古屋市、消費生活相談でAIの実証 相談員の高齢化で助言案を示す仕組み 消費者委で報告)。
