内閣府の消費者委員会は10月22日、「人工知能(AI)技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」の第12回会合を開いた。議題は「消費者によるAI技術の適切な利活用に向けて」で、地方公共団体として名古屋市スポーツ市民局市民生活部消費生活課、関係省庁として内閣府科学技術・イノベーション推進事務局の人工知能政策推進室から報告を受けた。名古屋市は、消費生活相談員の担い手不足と高齢化に対応するため、相談の通話をAIで文字に起こし、聞き取りの不足を指摘したうえで助言案を示す仕組みを、市の実証事業で試していると説明した。
相談員約20人で年1万3千件 大量退職を懸念
名古屋市の木村元則・消費生活課長が提出した資料によると、名古屋市消費生活センターは1972年(昭和47年)10月に開設された。愛知県内で3番目、政令指定都市で3番目の開設だった。最近の相談件数は年間約1万3千件で、最も多かった年は約2万件。2026年度中に累計50万件を超えるという。消費生活相談員は指導員を含めて約20人いる。
市は課題として「相談員の担い手不足・高齢化」を挙げた。担い手不足については、応答率が下がって「つながらない!」という苦情が増えていること、新人の育成が難しくなっていること、1人当たりの負担が増えて相談員の意欲や使命感に悪い影響が出ていることを示し、「救いたいのに救えないジレンマ」と記した。高齢化については、年齢層の厚いベテランが同時に大量に退職する懸念と、ベテランの経験知・暗黙知が引き継がれない懸念を挙げた。
市が実証事業の募集時に公表した資料も、同じ事情を記している。「消費生活相談員は高齢化が進み、大量退職期を迎えている」とし、相談員の育成には約5年かかり、相談の複雑化・多様化で1件当たりの対応時間も増えているとした。
待遇の面にも触れた。名古屋市の消費生活相談員は会計年度任用職員で、市の制度では職務区分を上位に位置付けているものの、報酬は職務区分ごとの市統一基準で決まり、独自に引き上げることは難しいという。資料は「仕事において『報酬』と『負担』は本来相関関係」としたうえで、「個々の職員の『負担』をできる限り減らす!」との方針を掲げた。そのうえで、ベテランの経験知・暗黙知を組織として蓄積し、誰でも使えるようにすることを目指し、AIの活用を検討して実証事業に応募したと説明した。
通話を文字にし、不足を指摘し、助言案を出す
市が示した相談業務支援の仕組みは、4つの機能でできている。
| 機能 | 名称 | 内容 |
|---|---|---|
| ① | AI通話記録 | 相談者との通話を文字に起こし、通話中も画面で確認できるようにする |
| ② | AI項目分析・登録 | 通話の内容を分析し、相談者名・契約業者・契約金額などの相談情報を自動で登録する |
| ③ | AI質問サジェスト | 聞き取れていない項目を「情報不足」と示し、確認すべきことを相談員に指示する |
| ④ | AI助言サジェスト | 過去の回答や蓄積した知見をもとに、相談者への助言案を示す |
出典: 名古屋市スポーツ市民局市民生活部消費生活課「名古屋市消費生活センター 相談窓口のAI活用について」(消費者委員会 第12回専門調査会 資料2)
資料は、ガス会社を名乗る業者に給湯器を交換された相談を例に流れを示した。相談者が「高額なので解約したい」と話すと、AIは業者名・支払済みの金額・契約書の受け取りと内容を確認するよう相談員に指示する。聞き取りで業者名や契約日、62万円の契約金額がそろうと、AIは訪問販売であれば契約日を含め8日以内はクーリング・オフができること、販売会社の代表者あてに特定記録郵便で送るよう伝えることを助言案として示す。最後に「クーリング・オフを案内した」という処理の概要を加えて記録を更新する。
市はこの仕組みについて、助言を提案することで「経験による差をカバーし対応品質を平準化」すると説明した。AIが学ぶ範囲は市の相談実績などに限り、「完全クローズド」で実現したとしている。
市の実証事業で東京の企業と組む
この取り組みは、名古屋市の先進技術社会実証支援事業「Hatch Technology NAGOYA」の課題提示型支援事業の一つとして進められている。市が庁内から集めた行政課題や社会課題に対し、先進技術を使った解決策を企業などから募り、選んだ実証プロジェクトの費用の一部を負担したり、専門家による管理の支援をしたりする事業である。
市の報道発表(9月1日)によると、今回は行政課題8件と社会課題8件の計16課題に対し、156件の提案が寄せられ、行政課題4件と社会課題4件の計8件が実証プロジェクトに決まった。消費生活課が出した課題名は「『去り行く専門家』をAIで補いたい!消費生活相談窓口の存続危機への挑戦」。実証事業者には株式会社コア(東京都世田谷区)が選ばれた。
市の実証プロジェクト一覧によると、実証の内容は「情報漏洩リスクを排除したクローズドAIと特許出願中の独自技術を活用し、通話内容に基づく助言候補のサジェストや相談記録の自動作成機能など、各種機能の精度を検証する」ものだ。市が負担する費用は、行政課題の場合1件当たり150万円(税込み)が上限となっている。市は2026年9月から2027年2月にかけて実証の調整・実施・結果の取りまとめを行い、2027年3月に成果を発表する予定としている。
市は資料の最後で、相談窓口にAIを導入するうえでの課題を5つ挙げた。聞き取り・助言・入力の補助の精度、過去の相談実績や法令などをどこまで参照させ、どの程度の頻度で更新するか、使いやすさ、機微な情報の保護の徹底、そして費用対効果を明らかにしたうえでの予算の獲得と維持である。
国はAI法と基本計画を説明 安全研究所は61人
内閣府の人工知能政策推進室は、国のAI政策の枠組みを説明した。2025年5月に成立し、同年9月に全面施行された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI法)は、首相を本部長とするAI戦略本部を置き、政府が「AI基本計画」を定めることや、国民の権利利益を侵害する事案の情報収集・分析、事業者への指導・助言を定めている。AI戦略本部は2025年12月、同法第13条に基づく「適正性確保に関する指針」を決め、国民に対しては、AIの責任ある利用者として行動し、AIリテラシーを身に付けて適切に使うことを求めている。
2026年7月14日に閣議決定された「第Ⅱ期人工知能基本計画」については、自律的に業務をこなす「エージェント型AI」への適応や、AIを前提に業務の進め方を見直す「AIトランスフォーメーション(AX)」の推進を柱に据えたと説明した。資料は、AI利用で権利侵害や損害が起きた場合の責任の分担を継続して検討することや、全ての国民のAIリテラシーの向上を施策に挙げている。
AIの安全性を評価する「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」の体制にも触れた。日本のAISIは2024年2月に設置され、2026年9月時点で61人(うち専門家40人)。資料は、高性能AIのモデルを詳しく技術評価できる英国のAISIが約200人以上(うち専門家90人)であることを比較の基準に挙げ、日本でもAIセキュリティの体制を強化するとした。米アンソロピック社と2025年10月に、米オープンAI社と2026年5月に、それぞれ安全性評価などの協力に関する覚書を結んだことも紹介した。
専門調査会、消費者の利活用へ論点を移す
この専門調査会は、AI技術の利用が広がる見込みを踏まえ、現在生じている、あるいは将来起こりうる消費者問題を検討し、必要な対応策をまとめることを目的に設けられた。2026年2月13日に初会合を開いた。
これまでの会合では、海外の法制度の比較(EUのAI法、禁止行為を適用した執行決定も判決も確認できず 消費者委員会の委託調査がEU・米・中を比較 AIに買い物を委ねる場面の規律は三法域とも見当たらず)や、事業者側のAIガバナンスを中心とした議論の整理(AIの影響は「消費者個人での自衛が困難」 消費者委の専門調査会、事務局が議論を整理)を扱ってきた。第12回は、議題を「消費者によるAI技術の適切な利活用に向けて」とし、国の政策担当部署と、消費者からの相談を直接受ける自治体の窓口から話を聞いた。
名古屋市の報告は、AIを消費者を守る側の業務に使う例である。相談員の不足で電話が「つながらない」状態が続けば、悪質な契約の被害を訴える消費者が助けを得にくくなる。クーリング・オフのように期限のある救済では、相談につながるまでの時間がそのまま結果を左右する。一方で、市自身が課題に挙げたとおり、AIの助言案の精度と、相談で扱う個人の機微な情報の保護は、導入の前提となる。2027年3月に予定される成果発表で、精度と費用対効果がどこまで示されるかが、他の自治体に広がるかどうかの判断材料になる。
会合の議事録は10月26日時点で「準備中」となっており、委員とのやり取りは公表されていない。
