宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月20日、火星衛星探査機「MMX」をH3ロケット10号機で打ち上げ、打上げから約1時間11分13秒後にMMXを正常に分離して軌道に投入したことを確認したと発表した。打上げは同日午前4時41分03秒(日本標準時)、鹿児島県の種子島宇宙センター大型ロケット発射場から行われた。MMXは火星の衛星フォボスの砂を採取して地球に持ち帰る計画で、実現すれば火星圏からのサンプルリターンは世界で初めてとなる。
打上げから約1時間11分でMMXを分離
JAXAの発表は、ロケットが「計画どおり飛行し」、約1時間11分13秒後にMMXを正常に分離して軌道に投入したことを確認したとしている。投入先は火星遷移軌道で、地球を回る軌道に衛星を乗せる通常の打上げとは手順が違う。第2段エンジンをいったん止めて慣性飛行をはさみ、もう一度燃焼させて地球の重力圏を離れる速度まで加速する必要があるため、分離までに1時間を超える時間がかかった。
打上げに使われたのは「H3-24L」と呼ばれる機体形態である。主エンジンのLE-9を2基、固体ロケットブースタ(SRB-3)を4本備え、全長の長いロングフェアリングを装着した構成で、H3ロケットの形態のうち打上げ能力が最も高い。ロケットの全長は約63メートル、全備質量は探査機の質量を含めずに約575トン。内訳は第1段が約240トン、SRB-3が4本で約304.8トン、第2段が約28トン、衛星フェアリングが約2.7トンとなっている。
打上げ時刻が「4時41分03秒」と秒単位で決められていたのも、火星を目指す探査機ならではの事情だ。地球から火星へ向かう軌道に乗せられる時間帯は地球と火星の位置関係によって限られ、わずかなずれが到着後の軌道に影響する。JAXAは10月18日の発表でこの時刻を指定し、予備期間として10月21日から11月9日までの20日間を設定したうえで、予備期間中は打上げ日ごとに時間帯を決めるとしていた。
飛行計画と実績がほぼ一致
JAXAが打上げ前に公表した「2026年度ロケット打上げ計画書」には、10月20日に打ち上げる場合の飛行計画が秒単位で記載されていた。計画ではMMXの分離を打上げ後1時間11分12秒と見込んでおり、実際の分離は約1時間11分13秒後だった。
| 事象 | 打上げ後経過時間 | 高度 | 慣性速度 |
|---|---|---|---|
| リフトオフ | 0秒 | 0km | 0.4km/s |
| SRB-3第1ペア分離 | 1分56秒 | 59km | 2.1km/s |
| SRB-3第2ペア分離 | 1分58秒 | 61km | 2.1km/s |
| 衛星フェアリング分離 | 3分17秒 | 131km | 3.3km/s |
| 第1段エンジン燃焼停止 | 4分52秒 | 208km | 6.2km/s |
| 第1段・第2段分離 | 4分59秒 | 214km | 6.2km/s |
| 第2段エンジン第1回燃焼開始 | 5分12秒 | 224km | 6.2km/s |
| 第2段エンジン第1回燃焼停止 | 10分40秒 | 329km | 7.7km/s |
| 第2段エンジン第2回燃焼開始 | 1時間3分57秒 | 322km | 7.7km/s |
| 第2段エンジン第2回燃焼停止 | 1時間10分21秒 | 497km | 11.2km/s |
| MMX分離 | 1時間11分12秒 | 592km | 11.2km/s |
慣性速度は第1回燃焼停止時点で毎秒7.7キロだったのに対し、第2回燃焼停止時点では毎秒11.2キロまで上がっている。地球の重力を振り切るにはこの加速が必要で、第2段を二度に分けて燃やす理由がここにある。ロケットは打上げ後まもなく機体の向きを方位角90度に取り、太平洋上を飛行した。
世界初の火星圏サンプルリターン、フォボスの砂10グラム
MMXは「Martian Moons eXploration」の略で、火星が持つ二つの衛星フォボスとダイモスのうち、主にフォボスを探査する。JAXAのプロジェクトサイトは、フォボスの地形や内部構造、組成、重力などを観測した上で表面の砂や岩石を採取し、「10gの砂」を地球へ持ち帰る計画だと説明している。これまで火星圏から地球に物質が戻ってきた例はなく、JAXAは「世界初の火星圏サンプルリターンミッション」と位置づけている。
計画では、打上げ後およそ1年をかけて火星圏に到達し、2027年度に火星周回軌道へ入る。その後、フォボスの「擬周回軌道」(QSO=Quasi Satellite Orbit)に入って近づき、2027年から2030年にかけて詳細な観測を進め、2回の着陸で10グラムのサンプル採取を達成する。もう一つの火星衛星ダイモスもこの間に観測する。2030年に火星圏を離脱し、約1年かけて地球圏へ帰還して、帰還は2031年度を想定している。打上げから帰還までのミッション期間は5年とされている。
探査機は往路・探査・復路の3モジュール構成で、打上げ時の質量は4,480キロ。火星衛星がどのようにできたのかという問いに答えることが主な目的で、JAXAは、フォボスの起源を明らかにすることで火星圏や太陽系の成り立ち、さらに地球型惑星に水や有機物が運ばれた仕組みに迫るとしている。小惑星からのサンプルリターンでは「はやぶさ2」が実績を積んでおり、同機は今年7月に小惑星トリフネへ接近観測を行った(「はやぶさ2」きょう小惑星トリフネに最接近 午後6時半ごろフライバイ観測)。
8号機の失敗から打上げを立て直す
H3ロケットにとって、今回は旗艦となる探査機を託された打上げだった。JAXAの打上げ実績一覧(10月20日現在)によると、H3は2023年の試験機1号機で打上げに失敗したあと、2024年2月17日の試験機2号機で初めて成功し、以後は2024年7月1日の3号機で先進レーダ衛星「だいち4号」、11月4日の4号機でXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」、2025年2月2日の5号機で「みちびき6号機」、10月26日の7号機で新型宇宙ステーション補給機「HTV-X1」と打上げを重ねた。しかし2025年12月22日の8号機で準天頂衛星「みちびき5号機」の打上げに失敗した。
文部科学省の調査・安全小委員会が今年7月にまとめた報告書の概要は、失敗の経緯をこう整理している。衛星フェアリングの分離開始直後に衛星搭載アダプタ(PSS)に損傷が生じたことが起点となり、「みちびき5号機」はロケットの第1段機体が分離された時点でロケットから離脱したと推定された。主要因は、PSSの製造工程で生じた内部の剥離が、フェアリング分離時の衝撃などで進展してPSSが破損したことと特定された。
対策としては、樹脂を充填する補修方式と、ボルトで結合するファスナ結合方式のいずれも十分な強度余裕を確保できることが確認され、当面は剥離のリスクを排除したファスナ結合方式のPSSを使うとされた。補修方式のPSSは今年6月12日に打ち上げた6号機(30形態試験機)に適用され、そこで取得したデータが原因究明の分析結果を科学的・技術的に裏付けたと評価されている。JAXAは理事長を長とする対策本部を設け、7月30日に文科省の対策本部から原因究明と対策案が技術的に妥当だと了承を得ていた。
8号機の失敗後、H3は6月12日の6号機、8月11日の9号機(「みちびき7号機」)、そして今回の10号機と打上げを重ねた。JAXAの実績一覧で打上げ失敗が注記されているのは、試験機1号機と8号機の2機にとどまる。基幹ロケットの役割をどう定義し直すかは、文科省が10月16日に素案を示した中長期の宇宙開発方策でも論点になっている(文科省、宇宙開発の中長期方策を素案で提示 基幹ロケットの役割再定義、JAXA強化も)。
日米欧の機器を積み、ローバーも搭載
MMXには13の観測・採取機器が搭載されており、国際協力の色が濃い。望遠カメラ(TENGOO)、広角分光カメラ(OROCHI)、レーザ高度計(LIDAR)、ダストモニタ(CMDM)、イオンエネルギ質量分析器(MSA)、惑星空間放射環境モニタ(IREM)、高精細カメラ(SHV)に加え、近赤外分光装置(MIRS)はフランス国立宇宙研究センター(CNES)が、ガンマ線・中性子線分光計(MEGANE)は米航空宇宙局(NASA)が提供した。
サンプルの採取には、JAXAのサンプリング装置(C-SMP)とNASA提供のニューマティック採取機構(P-SMP)の2方式が用意され、採取した試料はサンプルリターンカプセル(SRC)に収めて地球へ持ち帰る。
探査ローバー「IDEFIX」はCNESとドイツ宇宙航空センター(DLR)が共同開発したもので、フォボスの上空でMMXから放出されて着陸し、表面を観測する。JAXAは、このローバーの観測がMMX本体の安全で確実な着陸に役立つと説明している。重力が小さい天体への着陸は難度が高く、先にローバーを降ろして表面の状態を確かめる手順を取る。
なお、JAXAはイプシロンSロケットの2段モーターが地上燃焼試験で爆発した問題も抱えており、原因の調査を続けている(イプシロンS2段爆発、小型試験で同じ圧力異常 JAXAは断熱材の破孔が要因と推定)。今回のMMX打上げは、JAXAが打上げ手段の信頼を取り戻す局面で、最も遠くを目指す探査機を軌道に送り出した一例となる。
