内閣府の消費者委員会は9月24日、AI(人工知能)技術が消費者の意思決定に与える影響への法制度について、EU(欧州連合)・米国連邦・中国の三法域を比べた委託調査の資料を公表した。9月18日に開いた「人工知能(AI)技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」の第10回会合に出したもので、EUが2024年に定めたAI法のうち、人の判断を歪める操作的・欺瞞的な手法を禁じた第5条について、これを適用した行政の執行決定も裁判所の判断も、基準日である9月9日時点でいずれも確認できていないとした。

調査は渥美坂井法律事務所・外国法共同事業が受託し、報告書の作成日は9月15日。三法域の法令・ガイドラインと、その背景にある事実関係を文献に基づいて整理したもので、消費者の個人情報の取り扱いを定める法令は対象外としている。

EUは法律が先行し、適合の物差しがまだ出ていない

EUのAI法は、AIシステムがもたらすリスクの程度に応じて義務の重さを変える単一の枠組みを作った。とりわけ「潜在意識に働きかける技法、意図的に操作的な技法又は欺瞞的な技法」によって人の判断能力を著しく損ない、本来しなかった決定をさせて重大な害を生じさせる行為を、第5条で許容できないリスクとして禁じている。

ただし調査は、この禁止規定が実際に使われた例を確認できないと記す。加えて、高リスクAIシステムや汎用AIモデルについては、欧州標準化機関が作り官報に載る「整合規格」に適合すれば法的要件を満たしたと推定される強い効果(第40条)が用意されているが、官報に参照が公表された整合規格は基準日時点で確認できていない。共通仕様を定める実施行為も同様だという。加盟国の所管当局の設置が遅れるなどして完全施行に至っておらず、高リスクAIに関する中核的な規定の適用日は2027年12月2日と2028年8月2日へ繰り延べられた。

法律の条文はできているが、事業者が「これに従えば適法」と判断できる物差しと、違反を取り締まる体制が追いついていない状態にある。

米国は既存法の解釈、中国は届出988件で行政手続が先行

米国連邦には、基準日時点でAIを対象に横断的に規律する法律がない。代わりに、不公正・欺瞞的な行為を禁じる連邦取引委員会(FTC)法第5条の一般条項、取引類型ごとの個別法・規則、法的拘束力のないNIST(米国国立標準技術研究所)のAIリスクマネジメントフレームワークという三層で対応し、そこに州法の先行が加わる。FTCは2025年、大手AIチャットボット提供事業者7社に対し、キャラクターの設定方法や収益化の手法、児童・若年層への悪影響の測定と緩和策について市場調査を実施した。消費者ごとに価格を変える個別化価格やAIの正確性表示をめぐる政策声明案も出ているが、いずれも提案の段階にとどまる。

中国は、対象を絞った規範を短い間隔で積み上げる方式をとる。2022年3月のアルゴリズム推薦管理規定に始まり、2023年1月の深層合成規定、同年8月の生成AIサービス暫定弁法、2025年9月のAI生成・合成コンテンツの標識弁法、2026年7月のAI擬人化対話サービス弁法まで5本。アルゴリズム推薦規定に基づく届出は2026年6月末時点で988件に達している。当局が事業者の代表者を呼び出して是正を求める「約談」や期間を区切った集中的な取り締まりが規範の追加に先行する構造で、調査は「事例が確認できないことは、執行が行われていないことを意味しない」と注意を促す。

三法域に共通するのは、AIに固有の規律だけで消費者保護が完結していないこと、技術そのものを一律に縛るのではなく用途・機能・リスクに応じて設計していること、そして基準日時点でどこも制度が完成していないことの3点だとしている。

「AIに判断を委ねる」場面を正面から扱う規律は確認できず

調査が日本への示唆として挙げたなかで踏み込んでいるのが、AIが消費者に判断材料を与える段階から、消費者に代わって意思決定そのものを行う段階へ移りつつある点だ。三法域のいずれにも、消費者に代わってAIが自律的に取引を行う場面を正面から包括的に規律する制度は確認できないという。

米国の電子サイン(E-SIGN)法第7001条(h)は、電子エージェントの働きを理由に契約の効力を否定してはならないと定めるが、その行為が誰に帰属するかまでは定めていない。中国の電子商取引法第48条第1項は電子商取引の契約締結・履行の場面に限られる。EUについては、これらと同等の全域規定を確認していないとした。権限を超えた場合や本人の利益と衝突した場合に本人が拘束されるかは、各法域の契約法・代理法といった一般法に委ねられている。

AIが利用者に代わって商品を選び決済まで行う仕組みは、決済業界でもビザ・マスターカードとアント、AIエージェントの身元確認で協業 代行して買うAIを見分ける共通ルールへ 2030年に最大5兆ドル取引の予測のように実装が先行している。調査は、意思決定の「支援・誘導」と「代替」を区別して検討する必要があると指摘した。

日本はAI推進法で「調査研究と指導・助言」を規定

日本には2025年6月4日公布、同年9月1日施行の人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)がある。その第16条は、不正な目的や不適切な方法による研究開発・活用によって国民の権利利益の侵害が生じた事案を国が分析し、その結果に基づいて研究開発機関や活用事業者に指導・助言・情報提供その他の必要な措置を講ずる、と定める。禁止行為と制裁を並べるEU型でも、既存法の執行で対応する米国型でもなく、実態を調べて働きかける形をとっている。

現場で何が問題になっているかを集める作業も進む。経済産業省は経産省、AI契約の「現場で困っている事例」を募集 10月30日まで 誤出力の責任やAIエージェントの取引も論点にとして、誤出力の責任分担やAIエージェントによる取引を論点に挙げて事例を募っている。

なお、三法域の比較と日本への示唆を述べた報告書第4章について、消費者委員会事務局は「調査担当者らの見解であり、その所属する組織及び本調査の発注者の見解を代表するものではない」と明記している。専門調査会は、AI技術の健全な社会実装に向けて現在生じている、または将来起こりうる消費者問題を検討し、課題を整理して必要な対応策を取りまとめることを目的に設置された。第1回は2026年2月13日で、今回が10回目となる。