法令に違反した路線バスや旅客船の事業者に、国土交通相が車両や船舶の使用停止を命じる処分について、政府は10月30日の閣議で決定した答弁書で、使用停止に代えて事業者に金銭的制裁を科す制度については「具体的な検討をしておらず」、制度改正は「予定していない」と答えた。処分によって代わりの交通手段が乏しい地域の住民が困る点については、処分基準のただし書きにより、生活交通の確保などを考えて基準によらずに処分を決められると説明した。立憲民主党の石垣のりこ参院議員が10月19日に提出した質問主意書への回答で、内閣総理大臣の高市早苗氏の名前で参議院議長の関口昌一氏に送られた。
質問主意書が挙げた3つの事案
石垣氏の質問主意書は、最近の行政処分として3つの事案を挙げた。京都府内のバス事業者が、乗車していた女児を車内に置き去りにした事案などを受けて車両の使用停止処分を受けたこと、日本郵便株式会社が点呼の実施義務違反や点呼記録の不実記載などを理由に貨物自動車の使用停止処分を受けたこと、東海汽船株式会社が酒気を帯びた乗務やアルコール検査の不正をはじめとする安全管理規程の不遵守などを理由に船舶の使用停止処分を受けたことである。
主意書は、違反の中身はそれぞれ異なるものの、事業者への行政処分として車両や船を止めると、それを使う住民や旅客に影響が及ぶという共通の問題があると指摘した。とりわけ路線バスや離島航路のように代わりの交通手段が乏しい公共交通機関では、通勤や通学、通院に支障が出ても利用者は他の事業者へ乗り換えにくく、不利益を被る。その一方で、処分を受けた事業者は運行を止めても客を失うことにはならず、運行を再開すれば従来の利用者をそのまま確保できるため、使用停止が事業者への制裁として十分に機能するとは限らないとした。
そのうえで主意書は、車両や船そのものに安全上の問題があれば使用停止が必要だと認めつつ、車両や船に問題が無く運行を続けられる場合にも使用停止を命じることが適切かを問い、違反の重大性や事業規模に応じた金銭的制裁など、事業者に直接負担を課す制度を検討すべきだと主張した。質問は7項目にわたる。
処分の根拠と目的 「輸送の安全の確保」と「利用者の利益の保護」
使用停止処分の根拠は、バスでは道路運送法、船では海上運送法にある。道路運送法40条は、一般旅客自動車運送事業者が法令や許可の条件に違反したときなどに、国交相が「六月以内において期間を定めて」自動車その他の輸送施設の使用の停止や事業の停止を命じ、または許可を取り消すことができると定める。海上運送法17条は、一般旅客定期航路事業者が同法のほか船舶安全法や船員法などの規定に違反したときに、船舶や係留施設などの使用の停止、事業の停止、許可の取り消しを命じることができると定めている。どちらの法律でも、使用停止の命令に違反すると罰則の対象になる。
答弁書は、質問が「道路運送法等の関係法令」と書いた範囲は必ずしも明らかではないとしたうえで、この2つの条文による処分を例に取り、いずれも法律の目的規定に明らかにされているとおり「輸送の安全の確保及び利用者の利益の保護を図ることを目的としている」と答えた。処分の効果については、事業者に「法令違反の是正及び法令遵守の徹底を促し、輸送の安全の確保及び利用者の利益の保護につながる『効果』を有する」と評価しているとした。
車両や船そのものに故障がある場合と、点呼やアルコール検査の未実施、運行管理体制の不備のように車両や船に問題の無い法令違反とで、使用停止の必要性が異なるのではないかという問いには、どちらも「輸送の安全及び利用者の利益に関わる重大な法令違反が含まれ得る」と認識しているとして、必要性が異なるとは「考えていない」と答えた。
処分の重さは違反ごとに「日車」と「点数」で決める
処分の重さの決め方について、答弁書は、違反の内容や態様、輸送の安全と利用者の利益に及ぼす影響などを総合的に考えて、法令違反の項目ごとに目安を定めていると説明した。バスなどの自動車では、2013年9月17日付の国交省自動車局長通達「一般乗合旅客自動車運送事業者に対する行政処分等の基準について」(乗合処分基準)などで「基準日車等」を定めている。日車は、使用を止める車両の数と日数を掛け合わせた単位である。船では、2024年3月29日付の同省海事局長通達「旅客船舶運航事業者に対する行政処分等の基準について」(旅客船処分基準)で「違反点数」を定めている。
| 項目 | 主意書の問い | 答弁書の答え |
|---|---|---|
| 一 | 使用停止処分の目的と効果 | 輸送の安全の確保と利用者の利益の保護が目的。法令遵守を促す効果がある |
| 二 | 車両に問題の無い違反でも停止が必要か | 必要性が異なるとは考えていない。違反ごとに日車・点数を定める |
| 三 | 日常生活への影響をどう把握するか | 利用状況等で様々で一概に答えられない。基準によらず決定できる |
| 四 | 乗り換えられない利用者と制裁効果 | 事業規模や利用状況等で異なる。損失との関係は答えられない |
| 五 | 金銭的制裁を検討したことがあるか | 自動車は2013年の検討会で議論したが導入せず。船は検討したことはない |
| 六・七 | 金銭的制裁への切り替えの考え | 具体的な検討をしていない。制度改正は予定していない |
出典: 参議院 質問主意書・答弁書(第222回国会 第10号)
代わりの足が乏しい路線は「基準によらず」決められる
処分が利用者の通勤、通学、通院や物流に及ぼす影響を政府がどう把握しているかという問いには、影響は公共交通機関の利用状況などによって様々であることから「一概にお答えすることは困難である」とした。
一方で、処分を決める際に代わりの交通手段や利用者への影響を考える仕組みはあると答えた。乗合処分基準などは、処分する車両の数と期間の割り振りは処分権者があらかじめ定める基準で決めるとしたうえで、ただし書きで「地域住民等の生活交通の確保、高齢者、身体障害者等移動制約者の移動手段の確保その他公共の利益に著しい障害が生じるおそれがある場合には、当該基準によらず、これを決定することができるものとする」と定めている。旅客船処分基準も、使用を停止する期間と船舶について同じ趣旨のただし書きを置き、「地域住民等の生活航路の確保」を挙げている。答弁書は、これらの規定に基づき、代替交通手段の有無や利用者への影響などを考えて処分を決めることにしていると説明した。
利用者が他の事業者へ乗り換えられない場合に、使用停止の制裁としての効果が乏しくなるのではないかという問いには、処分が事業に与える影響は乗り換えができるかどうかを含め、事業規模や利用状況などによっても異なると答えた。処分による事業者の実質的な経済的損失と、利用者に生じる不利益との関係を検証したことがあるかという問いには、「実質的な経済的損失」と「関係」の意味が明らかでないとして、答えることは困難だとした。
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金銭的制裁、2013年に「有効」としつつ導入見送り
使用停止に代えて、違反の重大性や反復性、事業規模に応じた金銭的制裁を科す制度を検討したことがあるかという問いに、答弁書は、自動車では過去に議論があったことを明らかにした。2012年4月29日に群馬県藤岡市の関越自動車道で起きた高速ツアーバスの事故を受け、国交省自動車局(当時)に設けた「自動車運送事業に係る監査のあり方に関する検討会」が2013年4月2日にまとめた報告書である。
答弁書によると、報告書は「車両の使用停止等の処分を行うことが利用者利便に影響を与える場合が考えられる」ことから、使用停止などに代えて「金銭的処分を導入することが有効であると考えられる」とした。一方で、「安全確保の観点からは、事業停止や車両の使用停止処分を行うことが直接的である」として、使用停止との関係や、課徴金、放置違反金、刑事罰との関係をどう整理するかといった「様々な課題が存在する」とし、他の対策の効果を確かめながら「引き続き検討を進めることが適当」と結論づけていた。
国交省は、その報告書を受けて実施した他の対策などにより、輸送の安全の確保と利用者の利益の保護が十分に図られていると認識しており、金銭的制裁を科す制度の導入には「至らなかった」と答弁書は説明した。船については、現行の制度でも目的を十分に果たせると考えているとして、使用停止に代わる金銭的制裁の導入を「検討したことはない」と答えた。
違反の重大性や事業規模で制裁額を変える仕組みや、使用停止は安全確保に必要な場合に限り、運行を続けられる場合には金銭的制裁で代えるといった制度改正の考えを問う6・7項目には、現行制度で目的を十分に果たせるとして「具体的な検討をしておらず」、見解を答えることは困難だとしたうえで、「現時点において、お尋ねの『制度改正』は予定していない」と答えた。使用停止で車両や船が止まる間の利用者への配慮は、引き続き処分基準のただし書きを個別の処分でどう運用するかに委ねられることになる。
