最高裁第三小法廷(林道晴裁判長)は10月23日、国が平成25年から27年にかけて行った生活保護の生活扶助基準の引き下げをめぐり、秋田・佐賀・兵庫・熊本の4県の受給者が、引き下げを理由とする減額決定の取り消しを求めた4件の上告審で、引き下げは生活保護法に違反して違法だとする判決を言い渡した。4件とも高裁では受給者側が敗れていたが、最高裁はこれを覆し、減額決定を取り消した。判決は裁判官5人の全員一致だった。

4件とも高裁の判断を覆す

生活扶助は、生活保護のうち食費や被服費、光熱水費など日々の暮らしに充てる部分で、保護費の中心にあたる。厚生労働大臣が告示で定める「保護基準」に金額が書かれており、国はこの基準を平成25年度から3年かけて段階的に引き下げた。受給者は、引き下げに伴って福祉事務所長から支給額を減らす「保護変更決定」を受け、その取り消しを求めて各地で提訴していた。

今回判決が出たのは次の4件で、事件番号・原審はいずれも裁判所の公表による。

地域 事件番号 原審 原審判決 最高裁の結論
秋田 令和6(行ヒ)339 仙台高裁秋田支部 令和6年3月14日 破棄自判(減額決定を取り消し)
佐賀 令和7(行ヒ)205 福岡高裁 令和7年3月13日 破棄自判(減額決定を取り消し)
兵庫 令和6(行ヒ)386 大阪高裁 令和6年4月26日 破棄自判(減額決定を取り消し)
熊本 令和7(行ヒ)310 福岡高裁 令和7年5月21日 破棄自判(自治体側の控訴を棄却)
10月23日に最高裁第三小法廷が判決を言い渡した生活保護基準引き下げ訴訟4件

出典: 裁判所「裁判例結果詳細」、各判決全文

秋田・佐賀・兵庫の3件は、高裁が受給者側の請求を退けていたため、最高裁は高裁判決のうち上告した受給者に関する部分を破棄し、第1審判決も取り消したうえで、自ら減額決定を取り消した。熊本だけは主文の形が違う。熊本では第1審が減額決定を取り消していたのを、高裁が被告の自治体側の控訴を受けて覆していた。最高裁は、取り消しを認めた第1審判決を「正当である」として自治体側の控訴を棄却した。訴訟費用はいずれも自治体側の負担とした。訴訟の相手方(被上告人)は、減額決定を出した福祉事務所を置く市や県である。

秋田の判決に付いた処分目録によると、秋田市福祉事務所長が受給者に出した減額決定は平成25年7月26日、26年3月28日、27年3月27日の3回にわたる。引き下げが3年がかりだったため、1人の受給者が3度の減額決定を受けた例が多い。

違法とされたのは「物価だけ」で一律に減らした点

国の引き下げは2つの柱でできていた。1つは「ゆがみ調整」で、年齢・世帯人員・地域ごとの基準額の差を、一般の低所得世帯の消費支出の差に合わせて直すもの。もう1つが「デフレ調整」で、改定前の基準生活費を一律に4.78%減らすものだった。両方を合わせた減額幅の上限は10%とされた。

4.78%は、総務省の消費者物価指数から、家賃・教育費・医療費など生活扶助以外で賄う品目と、自動車関係費など受給世帯が支出を想定されない品目を除いて計算し直した「生活扶助相当CPI」が、平成20年から23年までに下がった率である。

最高裁が違法と判断したのはこのデフレ調整だ。判決は、生活保護法8条2項の「最低限度の生活の需要を満たす」とは、生活扶助については最低限度の「消費水準」を保障する意味で理解されてきたと指摘した。そのうえで、昭和59年度から採られてきた「水準均衡方式」は一般国民の消費の動きに合わせて基準を改定する方式であり、物価は「消費と関連付けられる諸要素の一つにすぎず」、物価が動いても同じだけ消費水準が動くとは言えないとした。

判決は、昭和58年の中央社会福祉審議会の意見具申が、賃金や物価は「参考資料にとどめるべき」としていた点も挙げた。国が根拠に挙げた平成15年の専門委員会の中間取りまとめについては、消費者物価指数を指標の1つとして使う検討の必要に触れただけだと退けた。物価変動率だけを直接の指標として生活扶助基準を改定した例は、この引き下げの前には無かったとも述べている。

結論として、物価変動率だけを指標にすることが合理的だという「専門的知見に基づいた十分な説明」がされておらず、厚生労働大臣の判断の過程と手続に過誤・欠落があったと判断した。基準生活費を一律に4.78%も減らすもので受給者の生活に大きな影響があることも考え合わせ、裁量権の範囲の逸脱・濫用にあたるとした。

国の主張と、最高裁が認めた部分

被告の自治体側は、平成20年9月のリーマン・ショックに始まる金融危機で物価・賃金・家計消費が下がる中、生活扶助基準を据え置いてきたため、受給世帯の可処分所得が相対的に増え、一般国民との間に不均衡が生じていたと主張してきた。デフレ調整はその是正だという説明である。

この点について、最高裁は国の判断を一部認めている。平成19年の厚労省の検討会報告は、夫婦と子1人の世帯で、一般の低所得世帯の生活扶助相当支出額が月14万8781円だったのに対し、生活扶助基準額は15万408円と「やや高め」だと指摘していた。60歳以上の単身世帯では支出額6万2831円に対し基準額7万1209円だった。判決は、こうした指摘に加え、平成20年度から24年度まで水準均衡方式による改定が行われなかったことからすれば、大臣が「不均衡が生じている」と判断したこと自体は、統計との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるとは「いい難い」とした。

つまり最高裁は、基準を見直す必要があったという判断までは否定していない。問題にしたのは、その是正の手段として、従来の方式との連続性を説明しないまま物価だけで一律に減らした点である。

各高裁は逆に、物価を指標にしたことは不合理ではないとして、この説明を認めていた。兵庫と熊本の原審は、物価を指標にしたのは減額幅が必要以上に大きくならないようにするためでもあったと評価していた。

引き下げ後の平成29年には、基準部会が、夫婦と子1人の世帯の基準額と一般低所得世帯の支出が「おおむね均衡」しているとする報告をまとめている。判決はこの点にも触れたうえで、改定後の検証の結果によって手続の過誤・欠落の評価が左右されることはないとした。

「ゆがみ調整」は判断せず

もう1つの柱のゆがみ調整は、平成25年1月の社会保障審議会生活保護基準部会の報告を基にしている。報告は、検証結果をそのまま基準に反映すると、夫婦と18歳未満の子1人の世帯で8.5%減、子2人の世帯で14.2%減、母子世帯で5.2%減になる一方、60歳以上の単身世帯では4.5%増になると試算していた。国は実際には、この結果の2分の1だけを反映させた(「2分の1処理」)。判決によれば、大臣は2分の1処理について基準部会や委員などの専門家から意見を聴いていない。

高裁は2分の1処理についても合理性があると判断していたが、最高裁の秋田と佐賀の判決は、デフレ調整が違法である以上「その余の論旨について判断するまでもなく」として、ゆがみ調整の当否には踏み込まなかった。今回の4件で違法の根拠とされたのは、デフレ調整だけである。

生活扶助基準の見直しは、基準部会がおおむね5年ごとに検証して進めている。部会は10月6日にも児童養育加算や母子加算の検証方法を議論しており、詳しくは生活保護の「母子加算」、名称の見直しを検討 現行は児童1人で月1万8800円 基準部会が4つの加算・扶助の検証方法を提示で伝えている。

前年の判決と、すでに始まった追加給付

同じ第三小法廷は令和7年6月27日にも、大阪と愛知の事件(令和5(行ヒ)397、令和6(行ヒ)170)で、この引き下げは「物価変動率のみを直接の指標としてデフレ調整をすることとした点において」違法だと判断している。今回の4件は、その判断を、高裁で受給者側が敗れていた後続の訴訟に当てはめた形になる。判決の理由は、前年の判決とほぼ同じ構成をとっている。

厚労省は前年の判決を受け、令和7年8月に社会保障審議会生活保護基準部会のもとに学識経験者による専門委員会を設けた。委員会は11月18日に報告書をまとめ、同省は11月21日に対応の方向性を公表した。資料によると、デフレ調整の4.78%減に代えて、消費の実態に基づく「高さ調整」として2.49%減を採用し直す。2.49%は、平成25年の改定までに使えた最新のデータが平成24年分だったことから、24年までの変動率に基づいて選んだという。委員会は2.49%減のほか、5.54%減、4.01%減の案も示していた。

そのうえで、原告かどうかを区別せず、4.78%減と2.49%減の差額を保護費の追加給付として支給する。費用は「概ね2,000億円前後(精査中)」、1世帯当たりは「概ね10万円」と見込んでいる。ゆがみ調整は判決で違法とされていないとして、追加給付の対象外とした。原告に対しては、紛争を一度で解決する必要があるとして、予算措置で「特別給付金」を支給し、引き下げ前の水準との差額(2.49%分)も上乗せする。

追加給付の対象は、平成25年8月から令和8年3月までの間に生活保護を受けていた世帯である。現在受給中の世帯には令和8年3月から順次支給が始まっており、いまは受給していない世帯は、当時保護を受けていた自治体に申し出る。申出の受付期間は令和8年8月1日から令和9年7月31日までとなっている。追加給付についての問い合わせは、厚労省の委託で設けられた「最高裁判決を踏まえた保護費の追加給付相談センター」が受け付けている。電話はフリーダイヤル0120-179-445で、受付は平日午前9時から午後5時まで(8〜10月は土日祝日も受け付け)。

対応の方向性の資料は、最高裁判決の対象となった原告と、すでに判決が確定した後続訴訟の原告については、判決の効力によって「ゆがみ調整分も含め処分前の状態に戻っている」と整理していた。厚労省が今回の4判決について出したコメントや会見での言及は、10月25日時点で確認できていない。10月23日の大臣の閣議後会見の概要にも、判決に触れたやり取りは載っていない。

問われたのは引き下げの是非ではなく、説明の手順

判決を読むと、最高裁が退けたのは「生活保護費を下げること」ではない。保護基準が一般の低所得世帯の暮らしより高くなっていたという国の認識は不合理ではないと、判決ははっきり認めている。保護費は公費で賄われ、働いて保護を受けずに暮らす低所得世帯との釣り合いは、制度への信頼の土台になる。その見直し自体は正当な政策判断である。

違法とされた理由は、昭和59年度から30年近く続けてきた「消費に合わせる」方式を、専門家の検討を経ずに「物価に合わせる」方式へ切り替え、その理由を十分に説明しなかったことにある。2分の1処理でも専門家の意見を聴いていなかった。国が専門家の会議を設けて基準を検証してきたのは、政策判断に客観的な根拠を持たせるためであり、その手順を飛ばしたことが、10年以上たって敗訴という形で返ってきた。

前年の判決を受けた追加給付だけで、費用は概ね2,000億円前後と見込まれている。手順を省いて得た削減が、10年余りの訴訟と、全国の自治体での追加給付の事務を伴って戻ってきたことになり、納税者にとっても得になっていない。厚労省に求められるのは、判決が示した基準に沿って、今後の基準改定でどの指標をなぜ使うのかを、専門家の検証を経て公の場で説明することである。